高校二度目の体験入部
「センパイ、学校の時間ですよー。」
「家の前で叫ぶなっ。」
四月になり学校が始まって以来僕の朝はこのやり取りから始まる。
「全く、今日も先輩のせいで遅刻すれすれじゃないですかー」
「僕は遅刻しても構わないから。」
「そんなこと言ってると早朝から先輩の家に侵入して、ご飯を作って、起こして、風呂に入れて、ご飯を食べさせて、送り出すところまでやりますよ。」
「頼むからやめてくれ、どこの幼馴染だ。」
「じゃあせめて明日からは朝ごはんを食べるぐらいの余裕は持って起きてくださいよ。先輩が転入して以来毎日起こしに来てますけど一度も食べた試しがないじゃないですか。」
「わかったよ。」
「よろしい。まぁ、どうせやらないだろうということは小6以来の付き合いなので知ってますけど。」
「じゃあ言うな。」
「でも心配なんですよ。あんなことがあったから・・・」
「・・・」
「そんなことより部活動の見学一緒に行きませんか。」
「別にいいけど。」
「じゃあ4時に部室集合で。」
「わかった。」
4月の初め僕はこの高校に転入した。だから僕は今から高校生活二度目の体験入部を経験することになるのだ。
教室のある新校舎からいつ建てられたのかもわからない木造の旧校舎(現部活棟)に移り長い何であれば床が抜けそうであり、事実ところどころ床がきしむ長い廊下を抜けた先に生物部の部室はある。
旧生物室そこが生物部の部室であった。
―なんだこれ―
現在学校は体験入部期間中、僕は当然生物部に向かったのだが部員は1人もいない。代わりに服を着たゴリラ、いやゴリラが来た服、いや何かがおかしい、やっぱり服を着たゴリラだ。まぁ、とにかくそんな感じの物体が椅子に座っている。
「一緒に部活をやらないか」
違った野獣だった。まさか114514と返すわけにもいかないので
「あの、生物部の体験入部がしたいのですが部長さんっていますか。」
と、こいつが部長だったらどうしようかと思いつつ言った。最近は理系の女子も増えてるらしいし、某ラノベによると農業高校とかも女子の方が多いらしいし、うん大丈夫、大丈夫、大丈夫?
「うちの部長は今職員室にいるから帰ってくるまで待ってたら?」
セーフ。でも野獣と一緒の部屋は嫌だ。
「あっ、いや一度職員室の方に行ってみようと思います」
と言って再び扉に手をかけようとした時
ガラッ
扉が開き、そこにいたのはとてつもない美少女だった。
「お茶飲むか?」
僕は今現在野獣と同じ部屋にいる。うん、わかってるよ自分がバカだってのは。だってさ、しょうがないじゃん。野獣の対象に女の子が入ってないとは限らない。もしかしたら女の子も男の子も両方ウェルカムかもしれないし、まさかとは思うけど男には興味のないノーマルな方かもしれない。もしそうなら女の子を見捨てて逃げるなんて行為は男としてすべきだはない。うん、そうだ男として正しいことなんだ決して下心ゆえのことではない。
「あっ、はいお願いします。」
「コクッ」
女の子の方も頷いている。まぁ喋りにくいよね。今の所「やらないか」は来てないけどゴリラだもん。
しばらくして出て来たのはなんだか白濁した液体である。なんかドロっとしてるし何かの暗喩にしか見えない。
「俺が作った葛湯だ。」
今出すものとしては普通お茶とかじゃないの?なんでそんなにマニアックなもの出すの?ほら、女の子の方も顔の前に湯呑みを持って来てにらめっこしたまま微動だにもしていない。
「どうした飲まないのか。遠慮しなくてもいいんだぞ?」
空気読めよ野獣
「・・・・」
やっぱ無理だよね。
しょうがないので覚悟を決めた。
「ゴクッ」
うまっ
なんとなく懐かしい柔らかな甘みの中にゆずの爽やかな風味があり濃厚な味わいながら、くどく感じない絶妙なバランスを保っており、それがまた滑らかな舌触りとマッチしている。
「ほら、君も飲みなよ。これすごく美味しいよ。」
「・・・鳳来このは・・・・」
少女は顔を朱に染めながら集中していなければ聞き逃しそうな声で確かにそう呟いた。
「え?」
「名前、、鳳来このは」
「えっと、鳳来さん?顔が赤いけど大丈夫?」
「・・ちんちん、・・」
もしや痴女?こんなに可愛いならウェルカムだけど。
「え?もう一回言ってくれる。」
「だから・・・ちんちんだもんで」
だもんで?まさかの方言女子?
よし、ちょっと実験してみよう。
「ほっか、鳳来さん猫舌だら?」
これで気付けば三河人、気づかなければ痴女である
「あっ」
まさかの初の大声、痴女じゃなかった残念。でも元々朱に染まってた顔がさらに赤くなって体もプルプル震えてて可愛い。
「違くて、、、標準語喋るのはわけなくて、、ただちょっと緊張してただけで、、、」
また方言混じってるよ。と、からかいたい衝動に駆られたがそれをすると顔から血を吹き出して悶絶死するのでは?と疑いたくなるほど顔が赤く、体も生まれたての子鹿並に震えていたのでとりあえず我慢。
「ほら、ちょっとこれでも飲んで落ち着いて」
彼女にほっかほかの葛湯を手渡すと
「ありがとうございます。」
それだけ言い焦りで冷静さを欠いていた彼女は葛湯を飲み、盛大にむせてその反動で湯飲みの中までぶちまけたのである。
その結果がこちらである
紅潮した顔にパニックゆえの虚ろな目、口からはドロっとした液体が滴り(葛湯である)服の所々にも白い液体(葛湯だからね)が染み込み揃えられていた足も双方ともにあさっての方向を向いている。
完全に事後である。こんなもの他人に見つかれば確実に誤解。相手が悪ければ退学確定である。
「先輩!」
とりあえず責任を丸投げしようと野獣先輩を呼ぶ。
「いない。」
机の上には
部長探しに行ってきます。あと、僕の性癖はノーマルです。
と殴り書きされた生徒手帳の切れ端
完全に逃げられた。というか今そんな割と重大なネタぶち込むな。
―もうこうなれば証拠を消すしかない―
僕は決意した。必ず誤解を生む要素をこの場から取り除かねばと。僕には対処法がわからぬ。僕はまだ童貞である。リア充を恨み男友達のみと遊んできた。けれども、いやだからこそ、誤解されそうな状況については人一倍に敏感であった。
心を支配する王が冷酷な声で言い放つ
「願いは聞いた。ここで既成事実を作ってしまうがよい。そうしてしまえばお前は今後非リア充として生活することはないそうしてしまえばきっとリア充になれるぞ。ちょっと放置してしまうだけでいいあとは永遠の幸福が味わえるぞ。」
良心が叫ぶ
「なに、何をおっしゃる。」
「はは、彼女がほしくば遅れろ。お前の心は分かっているぞ。」
良心は悔しく地団駄を踏んだ。
―本当にそうなるならそうしてるよ。―
だが、前頭葉は冷静な判断を下し、計画を立てていた。
―ここで放置してしまえばそれだけで終わりだし、彼女に何かあった場合責任を問われかねない。であれば彼女を保健室に運び窮地を救った運命の王子様面してるのが一番だ。―
僕は彼女を救う。救うために走るのだ。この少女を窮地から救うために走るのだ。リア充どものパートナーの質にこだわらず人をバカにした態度を打ち破るために走らなければならぬ。そうして僕は報われる。若い時から貞操は捨てよ。
少女の華奢な体を抱きかかえ、白濁した液体にまみれた沼を渡り、少女を抱えふらついた体に容赦なく襲いかかってくる机のと椅子の攻撃を掻い潜りやっとの事で扉の前にたどり着いたその時、ピクッと少女の体が跳ね上がった。僕は呆然と立ちすくみ泣きながら仏に懇願した。
「ああ、沈めたまえ彼女の覚醒を!時は刻々にすぎていきます。太陽も既に夕時です。あれが沈んでしまわぬうちに保健室にたどり着くことができなけえれば、部活も終わり人の往来が激しくなる。僕の社会的生命が死ぬのです。」
少女の動きは僕の心の叫びをせせら笑うように多くなっていく。少女の頰はサバンナの夕日のように熱くなる。心臓の鼓動も早くなる。そして少女は恐る恐る目を開けた。
今僕は覚悟した。罵られ、殴られることを。
だが、少女はその覚悟の想定外の方向に動いた。一撃目から手への噛みつきである。
僕の体はその瞬間少女もろとも床へと崩れ、まるで抱き合っているかのような格好となった。
少女は目に涙を浮かべて言った。
「いやっ・・ちょっと待って・・・」
その瞬間扉が開き王が入ってきた。
「誤解だ鳳来さん!これの原因は俺じゃない。鳳来さんを救おうとした男がここにいる。」
僕は周囲に群がる群衆に向け叫んだつもりであった。群衆は誰一人として変態(仮)の言葉に耳を傾けない。既に体に縄を打たれ部屋の壁に高々と掲げられている。
群衆はどよめいている。口を開くな。許すな。私の妹に手を出すなど万死に値する。と口々ににさけんだ。その時である
「僕だ部長、その事件の犯人はここにいる。」
ゴリラが言葉を叫びながら近づいてくる。
そこから先の記憶は僕にはない。
目を覚ますと。目の前にゴリラがいた。
「おい、大丈夫か。」
なんだろう心配してもらえて嬉しいはずなんだけど全く嬉しくない。てかあんたさっき逃げたよね。
「事情を知らずに済まないことをした。」
胸が大きく凛々しい顔立ちをした創作においての典型的な生徒会会長みたいな女性が言った。
「えっと・・・」
「鳳来このはの姉でこの部の部長の鳳来咲羽だ。本当に申し訳ない。」
部長であることより姉であることが先なんだ。
「ホントn・・・」
文句の一つでも言おうと思ったが、なんだこのプレッシャー。
「あはは、大丈夫ですよ誰にでもそんな時はありますm・・・よね。」
気づいたら言わされていた。威圧的な態度でもないのに一体なぜ。せめて睨みつけて威嚇でもしようかと思ったが首より上を見られない。胸だ圧倒的に突き出た胸が僕にこのプレッシャーを与えてるんだ。この道の力はボインの力、ボイン力・・・胸に引き寄せられる・・・引き寄せられる・・引力・・よしボイン力と呼ぼう。決してボイン力により胸に視線が釘付けになってるからではありますん。
「本当に大丈夫か、この原色昆虫図鑑の角で30回ほど頭を殴ったんだが。」
そう言って顔を頭に近づけてきたが、ぶっちゃけ顔より胸の方が密着してるもしかしたら神はこの時のために俺を生き延びさせたのかもしれない。というかよく生きてたな俺。
「どうした、呼吸が荒いぞ。」
呼吸が荒いのは原色昆虫図鑑が原因じゃなくてあんたの胸に溺れかけてるからだ。と、言いたいところだが本気で窒息しそうで喋れない。ああ、ここが天国なのか。もうこのまま死んでもいいかな。
「ちょっと離れてやれ部長。」
そう言って僕から胸を遠ざけた。今までは複雑な心境に陥らせるゴリラからの言葉だが今回ばかりは完全に嫌な言葉だ。
「なぜだ、人が心配しているというのに。はっ、まさかやはりお前はそうゆう趣味を。」
そうだそうだ、ノーオッパイ・ノーライフ。
「いや、その言いにくいんだが・・・・・・お前の胸で窒息しかけてる。」
「あっ」
そう言って俯きながら僕の理想郷は離れていった。
「ゴホン、えっとじゃあ部員の紹介を始める。」
「3年の西芦だ。改めてよろしく」
苗字までゴリラなんだなこの人。
「2年で部長の鳳来だ。虫をよく嗜んでいる。」
まさかの虫屋なんだね。哺乳類好きで趣味はホルスタインの牧場を巡ることとかかと思った。
「2年の鈴木です。趣味はバードウォッチング。」
普通、次。
「2年の逢妻です。お休みの日は牧場とか動物園とかによく行きます。」
慎ましい胸をしている子が答えた。
「あとは今来てない2人と保健室にいる妹とお前を含めて活動している。」
もう一度確認しておこう今は体験入部期間である。
「あれ、s」
「どうした?」
クッソ、ATフィールド(アンチ童貞フィールド)によりなぜ新入生がすでに入部しているかが聞けない。
「その、なんだ。また今度今回の件のお詫びもかねて一緒に食事でもと思うんだがどうだ。」
この件に関しては胸から放たれるプレッシャーによる影響など関係なく
「はい喜んで」
と答えた。
「で、君は虫はいけるクチか?」
「えっと、主にやるのは虫なんで多分大丈夫だと思います。」
この選択がのちに悲劇を生むことを僕はまだ知らない。ちなみにアホはしっかりと〆ました。
あの人が帰って来た
セミをとるのが誰よりも上手くかったあの人、誰よりも頭がよかったあの人、農家の友達が多かったあの人、あの日誰よりも泣いていたあの人、私のヒーローだったあの人、大好きだったあの人
私たちを捨てたあの人が。