中央神殿での会談
さて、レナによる奥の院ツアーの後は、さすがに環境が突然変わったために非常に緊張していたのか、すぐに眠気が来て不覚にも早々に眠ってしまった。
ちなみに、最初に俺が目覚めた部屋の奥には、いわゆるベッドルームがあった。木枠の箱に藁のようなものが大量に入れられたベッドだった。ちょっとほのかに太陽の香りがする草花の匂いがするので、気持ち良く感じた。
薄い綿入れがかけられてとりあえずおやすみなさいと言う感じにあっという間に眠ってしまったのは自分でもびっくりしてしまった。
そして、実はこれは夢で、目覚めたら自宅のベッドで目覚めるのではないかという淡い期待も見事に打ち砕かれた。
翌朝、俺は目覚めとともに風呂に連れていかれた。
十名以上の侍女に傅かれ、アカスリされて、マッサージされて、香油を塗られ、簡単にメイクまでされてから豪華な生地の薄手の衣装を着せられた。
気温が暑いから生地自体の厚さはない。薄くてどちらかというとレースに近いような生地を何枚も重ねたものだ。
文化程度から考えて、生地をたくさん使っている衣装ほど、身分の高さを示しているのだろう。
袖は長く、何枚も重ね着しているが、暑さを増長するような重ね着ではない。
髪の毛は複雑に結い上げられ、両耳の上のところで団子状にまとめられた。花飾りのようなものを頭につけられられる。
レナが色々と金属の装飾具をつけようとしたが、いくつかのインベントリの中から自前のR装備の装飾品をいくつか取り出すと、レナはそちらをつけると言い出した。
R『紅真珠の腕輪』炎属性 全ステータス+5
R『プラッキオの首飾り』命属性 HP+10% MP+10% 召喚コスト軽減
どちらも実用性が高く、見た目も装飾品として問題無い。
結構朝早く起きたのだが、全ての用意が整ったのはおそらくお昼にはまだ届かない、10時くらいだろう。
ちなみにレナに教わったのだが、こちらもニ時間ごとに時間の観念がある。中央神殿が中央の尖塔にある鐘を鳴らすことで市民に時刻を知らせるらしい。そういえば、先程鐘の音が五回鳴ったということは十時を過ぎたということらしい。
俺の身支度がやっと整ったところで、レナに連れられて奥の院の一番端っこにある部屋に通された。
見るとそこは、薄暗く、幾重にも薄いレース生地のような吊るされた部屋だった。どちらかというと、平安時代などに日本の平安京の貴族の屋敷にあった几帳に似ているだろうか。
玉座のような、装飾を施された金の一人がけのソファーがあった。それ以外には取り立てて何も無いようだ。とりあえず、そこに腰掛けることにする。
レナは俺を通すとすぐに下がった。
俺は生地の隙間からあたりを覗き見て合点がいった。
ここは玉座の間だ。間違いない。
隙間から覗くと一段どころか3段くらい下がったところにお歴々がズラリと並んで跪いていた。
十人以上のおっさんぽい人影がズラリと待っていた。何人かは戦士のような鎧を着ているやつもいる。
みんな髪の毛の色も、服装もマチマチだ。特に髪の毛の色合いは地球とは明らかに異なるのがよくわかる。オレンジ色や赤色、金色、銀色、黒髪、茶髪の他に、青色や藍色、緑色の髪の色までいるのには驚いた。
ただ、服装に関しては、奥の院で働くお仕着せの女官達とはあきらかに服装が違う。みんな様々なアクセサリーを身につけていて、凝った服装だと思う。おそらく特権階級なのだろう。
段差があることからも、相手からはおそらくこの小部屋の玉座の中の様子はシルエットくらいしかわからない。みんな跪いて俯いているので顔色はこちらからもわからない。
玉座で珍しそうに色々とキョロキョロしていると、レナが小さな机をそばに置き、その上に飲み物とつまみがわりの果物の盛り合わせを置いていった。
果物が一番口にあうんだよね。
どうしても薄味のものばかりで食事はタンパクなものばかりなので、甘みとはいえ味の濃い果物は悪くなかった。
さて、俺がどうしたものかと思って様子を見ていると、レナが玉座の一段下のところに姿を見せた。
その瞬間、待っていたおっさんたちの空気が変わった。
レナが告げる。
「諸兄面をあげよ」
レナが一旦言葉を切ってから続けた。
「女神ユウキ様のご降臨です。諸兄はまずは官職名と名前を告げなさい」
何度か女神発言に関して、レナに訂正しようとしたが、笑ってレナが取り合ってくれないため、もう、いちいち訂正する気にすらなれなくなっていた。
レナが告げると、そこに畏まっていた連中が一人ずつ、顔を上げて自己紹介を始めた。
教皇アナスタジウス
親子らしいがレナとは身体的特徴があまり似ていない。年齢は50歳くらいだろうか。頑健な容貌だ。
筆頭枢機卿グレゴリー
アナスタジウスに比べれば気持ち若いが十分こちらもオッサンだ。
第一軍団長フレデリカ
戦士の格好をした3名のうちの一人で、この人だけ女性だったので覚えられた。
他にも何とか省の大臣とか、何とか地方の代官とか、どこそこの大使だとか、色々いたが、さすがにこの人数の顔と名前と官職名までは覚えきれん。
だが、顔は覚えた。営業職なめんな。
でも、できたら次からは名刺くれるとありがたいな。
自己紹介が終わったことでレナが口を開いた。どうやらレナが議事進行役のようだ。
「ユウキ様におかれましては、我ら光の女神の下僕たるアレクサンドリア教皇庁とその臣民に慈悲ある導きをお示しくださいますよう、切にお願い申し上げます」
ふむ。
「まずは私めより奏上申し上げます。魔王の軍勢は現在ドラッケンの西部とチェルシーの東部国境付近に陣を敷いています。そしてドラッケンとチェルシーからはそれぞれ、我がアレクサンドリアに援軍派兵の要請が来ております。
フロンスやイーデルハイトなどは跡形もなく蹂躙されたと聞いております。このままではドラッケンやチェルシーも同様の運命をたどることは確実。ならば早々に援軍の手はずを整えたいのですがつきましてはユウキ様の女神の宣旨をいただき、一刻も早く派兵したく存じます」
随分長いが一息で言い切るあたり、早く言いたくてしょうがなかったのか。グレゴリーさん。
そして、現在の戦況はそんなに切羽詰まっているのかね?
「アナスタジウスの意は如何か?」レナによって話が次々と居ならぶ重鎮達に振られていく。
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簡単にまとめると、派兵したい派と、防御を固めるべきだという派の二つに別れているようだ。
たしかに、魔王軍がここまで攻めてくるかどうかは不明瞭だし、神権政治をおこなっているアレクサンドリアはそもそも大した武力を持っていないらしい。
対して魔王の軍勢というのは大量の魔獣を率いた悪魔のような軍団らしい。
宣戦布告してくるわけでも無いし、コミュニケーションが取れないから戦争というより災害と考えているものもいるようだ。
こうしていわゆる「御前会議」は段々と白熱していった。
魔王の軍勢は推定の歩兵数が大体五千くらい。
これだけならば、チェルシーの兵力五千と、ドラッケンの兵力八千が、力を合わせれば撃退できそうな兵力差だ。
だが、実際にはそんな簡単にはいかないらしい。
魔王軍というのは、どうやら、一人一人がいわゆるSEPOのプレイヤーと同じ能力をもっていて、一人頭、三頭から、多ければ百頭くらいの魔獣、魔物を従えていて、これら一匹ずつがかなり強い。
このため兵力五千の魔王軍だが、実際の兵力は少なく見積もっても五十万と考えるのが妥当だという。
この世界の兵力差は知らないが、確かSEPOのファンタズマのレア度CとSRだと、SR一体に対してCのみが相対する場合、四十から五十体は少なくとも必要になる。
一方、聞いていたところ、こちらの戦力は普通に歩兵、戦車隊(といっても、騎馬が戦車を引いて走るいわゆるチャリオットというやつだ)、槍隊、騎馬隊、弓隊といったいわゆる古代から中世の軍隊的な普通な陣容だ。魔法使いと呼ばれる存在はいるが、軍団を形成できるほどの人数もいないし、力もない。
魔王というのは、中原藩国、いわゆるゲームで言うところの選択可能なリージョン八州とは異なり、その版図の外側の辺境と呼ばれる地域で生まれ、辺境の存在を束ねて軍団を形成する。
魔王自身、人間とは異なる種族なのだそうだ。
魔族と呼ばれる種族のリーダーで、魔法の力に特に長け、魔獣を手懐け、魔法の力で田畑を焼き、敵を蹂躙する。
そして中原藩国での略奪が終わると、また版図の外の辺境に去っていくらしい。
大体300年に一回、このようなことが繰り返されてきていて、記録にある限り今回は三回目だそうだ。過去におこった二回はいずれも中原藩国殘らず蹂躙され、一年ほど略奪され尽くしたらしい。
そして、俺はどうやら二ヶ月ほど前に魔王軍侵攻が本格化した際に対抗手段として神に祈ったところ降臨したが、全く目覚めないまま二ヶ月近くが過ぎたということらしい。
つまり、最終決戦兵器(俺)が、二ヶ月役に立たない間に友邦が次々と陥落していったという状況で、ようやく目覚めた最終決戦兵器をどう使うかというのがこの会議の趣旨のようだ。ちなみにそこには俺の意思は一切考慮されていないようなのが中々腹立たしい。
小一時間が過ぎて、全く進展しない議論に俺は段々とイライラしてきた。
仕事でも、会議中に同じことをループして繰り返し発言する奴がいて頭にきたことは何度もあった。ここも同じだ。
もし、これが軍議ということなら、周辺の地理情勢が不明な今の俺には会議の内容の判断すらできない。
俺は退屈だったこともあるが、おっさんたちの会話を聞き流しながら、まずは俺自身の状況をもう一度整理していた。
ファンタズマのガチャはできる。ガチャ券の残り枚数がガチャの後に何となく頭の中に示されるが、10連ガチャも、通常ガチャも、全く枚数が減る気配がない。
俺自身のステータスも、念じればレベルなどが頭の片隅にモヤモヤと示される。
俺は現在の召喚可能なファンタズマの状態を確認した。
SR『灼熱の赤竜 マグナ』炎属性 強化レベルMAX
SR『博愛の天使 アリエル』光属性 強化レベルMAX
SR『不死の王 ディス』命属性 強化レベルMAX
SR『成層圏の覇者 アクロス』風属性 強化レベルMAX
SR『深淵の勇者 リヴァイアサン ・リュージュ』水属性 強化レベルMAX
SR『慈愛の天使 ガブリエル』光属性 強化レベル12
SR『血煙の支配者 クリスティー』命属性 強化レベルMAX
SR『蜘蛛の女王 クイーン・アラクネ』木属性 強化レベル48
SR『雷光の韋駄天 ソリューシ』光属性 強化レベル47
相変わらず言い合いを続けているオッサンたちを見て、俺は静かに決断した。
よし、わかった。
取り敢えず俺は俺のやりたいようにやろう。