気づいたら、ここはどこ?
本編はじまります。
プロローグの前輪とは時系列的には数ヵ月後ということになります。
昨日は疲れたな~。
そう思って俺は目を覚ましたときにふと気づいた。
あれ、ここどこ?
ようやく正式リリースしたSEPO(Second Earth Projection Online)をやる暇も無く、すぐに次のコンテンツの企画会議の準備などをしている。確か、昨日は終電間近に何とか帰宅して、風呂に入ってからすぐにベッドにもぐりこんだ・・・はずだよね?
ここ、どこをどう見ても俺のうちじゃない。
俺は石造りの祭壇のような大きな台の上で仰向けで横になっていた。
あたりは比較的暗い。そして12月だというのにやけに暑い。
暖房が効いているという感じじゃなくて、日本の夏の熱帯夜みたいな感じだ。
「姫さま~、気づかれましたか?」
そういってSEPOのナビゲーターであるレナそっくりの女の子が俺の視界の反対側にひざまずいていた。
「え?レナ?」
「姫さま。良かった、このまま目を覚まさないかと思いました」
そう言ってレナが俺に抱きついてきた。
「!」
触感がある!
レナの肌の感触、体温、着ている服のテキスチャーといい、ゲームのデザインまさにそのままだが、ゲーム内では見ること、聞くことはできても触ることはできなかった。
しかし、目の前にいるレナはどう見ても実物だ。
そこに実際に居て、しゃべっているようにしか見えない。
俺はそう言って自分を見て初めて異変に気づいた。
あれ、俺の手にしては何だか細い。それに爪が長めでマニキュアされている。
上半身を起こすと、長い前髪が顔の前にかかった。
さらりとした艶と張りのある金色の髪だ。
え?これはどういうこと。俺、先日床屋にいったばっかりだし、そもそも俺の髪の色じゃない。
それにさっきの俺の声も何だか高い。もともと男性の声というにはかなり高い、一般的には「甲高い」声だとは思うが、明らかに女性の声だ。つまり、俺の声じゃない。
俺の寝ていた祭壇のような台座は石造りで、直径3メートルくらいの円柱形の形をしている。高さは1メートル程度だ。室内は広い。ちょっとした体育館くらいの広さだ。天井が高くて小さな窓がついていて陽の光が差し込んでいるのが見える。
室内の感じから、建物はとても自宅とは思えない。
過去に自分が見た建物で一番近いのはアメリカ、ニューヨーク市にある聖パトリック大聖堂のような石造りの建物だ。壁にはあちこちにタペストリーのようなものが色とりどりの色合いでかけられていた。また、正面には暖炉のようなものもある。
俺がきょろきょろしていると、心配した顔のレナが涙をこぼしながら言った
「ユウキさま。本当に良かった、このまま目を覚まさないかと思いました」
「目を覚まさないってどういうこと?」
「はい、ユウキさまはもう2ヶ月近く眠っていたのですよ?とても心配しました」
「2ヶ月も・・・眠っていた・・・?」
いや、2ヶ月も眠っていたら、そもそも体中の筋肉が弱ってそう簡単には動けなくなってるでしょう。
俺は身長に自分の状況をまずは確認する。
髪の毛は、かなり長い。
腕は細いし、胸のところはあきらかに女性特有のふくらみがある。
幸い手も足も、普通に自分の意思で動かすことはできそうだ。しかし今は何も衣類を身につけていない、つまり裸の状態だ。
え?とりあえず自分で胸をもんでみるかって?いや、嫁さんの胸ならともかく、自分の胸ですよ?そんなことするかっての。ちなみに嫁さんは日本人にあるまじき、けしからん胸の持ち主なのだが、自分のこの胸は日本人女性の一般的な普通サイズだね。
「なんだか肌寒い」
俺のつぶやきにレナがすぐに表情を引き締めた。
「すぐにお召し物をお持ちします」
レナが視界から去ると、俺はとりあえず体を起こして祭壇から降り、自分の足で立ち上がった。
正直なところ混乱していてどうしていいのか良くわからなかったからだ。
大気のにおいからして、少なくとも日本ではないように思われる。
遠くのほうから、聞いたことのないトリの鳴き声のようなのも聞こえるしね。
レナはすぐに戻ってくると、ギリシア・ローマ時代のトーガみたいな服を着せた。まるでレナはメイドのような感じで甲斐甲斐しく世話をしてくれる。俺はされるがままに着せてもらう感じだ。
「レナ」
「はい」
俺はレナの表情を見ながら、ゆっくり言った。
「ここ、どこ?」
すると、レナはちょっと困ったような表情になりながら言った。
「ここはアレクサンドリアの中央神殿の奥の院ですよ?」
アレクサンドリアというの名前は聞き覚えがあった。SEPOで最初に選ぶリージョンの一つだ。
確かにモチーフとしてはギリシア・ローマ時代の巨石文明的な感じではあった。
中央神殿とか奥の院という言葉にはまったく聞き覚えが無い。
「中央神殿って?」
「中央神殿って言ったら中央神殿ですよ。アレクサンドリアの最高府じゃないですか」
レナは本当に心配そうに、自分のおでこと俺のおでこを交互に触って、まるで熱でもあるんじゃないかって顔をしながら言葉を続けた。
「その奥の院は姫様と一部のおつきのものしか入院が許されない聖域です。やんごとなき『光の女神』様の御所として、そしてアレクサンドリアの最高権力府として、中央神殿がアレクサンドリア全国民の上に訓練しているのではありませんか?」
レナはそう言ってから、俺の表情を伺うように言った
「そういえば食欲はいかがですか?何かお持ちしましょうか?」
俺はそこそこ腹も空いているし、のども渇いていることに気づいた。
「えーっと、お願いします」
「はい、それじゃすぐにご用意しますね」
レナはそう言うとすぐに視界から消えた。
ふむ、とりあえず衣食住は供給してもらえるようだ。
俺は壁際に姿見の大きな鏡があるのに気づいて、それに近づいた。
しかし、その鏡に近づいてくる人影は、この俺、ユウキサトシではない。若い女性だ。日本人にも見えない。どちらかというと白人女性っぽい。
どこかで見たような気がするが・・・・。あれだ、SEPOで俺がテスト環境で最初に引いたLRの『美と光の女神 ユウリ』のグラフィックに似ている。髪形がちょっと違うのと、衣装がちょっと違うけど、それ以外は本当に良く似ている。
ユウキサトシだと言い張ってもこの格好では、ユウキサトシを知るヒトからはまったく信じてらうことができないだろうと思う。アレクサンドリアというのがどこにあるのか知らないが、どうがんばっても出社するのは無理だろう。
レナが5人ほどの若い女性を連れて戻ってきた。
手には果物が盛られた器やら何やら色々と捧げもたれている。5人とも顔は伏していて俺のほうに視線を向けようとしない。
レナと一緒に手早くテーブルが整えられた。白いクロスがひかれ、その上にさまざまな食材が用意されると、レナを残して5人は一目散に姿を消した。
あっちが出口なのかな?と俺は彼女らが去っていく方向を見ながらも、テーブルに盛られた食事に視線がいく。果物は日本で見たものとよく似たものが並んでいる。りんご、オレンジ、バナナ、ブドウ。そしてパンのようなもの。金の水差しと金のゴブレットなどだ。
レナは私の手を引いて椅子に座らせた。
とりあえず食べるか。
****
とくに食事の作法などは知らないが、日本で普通に生活するのと同様に、普通に食事をしているだけで、とくにレナが眉をしかめるようなことは無かった。
テーブルに並べられた食べ物も、果物などは若干すっぱかったりする場合はあるものの、日本で口にしていた馴染みある果物と同様だ。
そして、この味覚が明らかにSEPOとは根本的に異なるということを告げている。
完全に人間の五感すべてを外部からコントロールするようなシステムは、自分の知る限り開発されていない。SEPOに使う網膜投影デバイス、いわゆるRPDに関しても、視覚のコントロールと、聴覚くらいだ。
いくら、俺でもそろそろ信じたくないこの状態を認めるしかなかった。
「いわゆる、異世界トリップってやつか?」
そろそろ廃れてきている感じはあるが、異世界に迷い込んでしまうという題材は昔からある。
だが、どう考えてもフィクションだから許されるわけだし、現実に起こるということが論理的に見て考えられない。それも、ゲームの設定などを引き継いでいるというのも不可解だ。仮に並行世界という概念が実在したと仮定しても、ゲームの設定通りの世界観の並行世界が存在し、さらにそこにピンポイントにそのゲームの開発側の人間が、こうして転移するというのがありえない。
しかし、ゲームで使えた能力はどうやら使えるようだ。
最初にLRの『美と光の女神 ユウリ』を呼び出そうとしたのだが、それは呼び出すことができなかったが、ためしにSR『博愛の天使 アリエル』を呼んでみたら、普通に呼び出せた。
呼び出したとたん、レナが涙を流しながらガクガクブルブル震えだしたのですぐに解除した。基本的にゲームのときの音声入力コマンドはそのまま使えるようだ。ゲームの音声入力コマンドが使えても、もちろんメガネをかけているわけではない。
インベントリの機能も、ゲームのときと同様に視界の中にウィンドウがオープンして中に何が入っているか一発でわかる。
とりあえずインベントリの中からUC『クラウディオスのたまご』を取り出してみた。
これはイベントアイテムで、たまごを温めて一定の期間が過ぎるとUC「クラウディオス」という、戦士の姿をしたゴーレムのファンタズマが現れる。このクラウディオスは育てるのが容易で簡単にSRに育てることができるのだが、取り出すことができたわけだから、当然しまうこともできてしまった。
そして、試しにテーブルの上のリンゴをインベントリに、しまってみたら、やはり出来てしまった。
これは色々と試してみないといけないな。
次回は2017年1月18日更新の予定です。