クラスタニア平原の戦い 後編
仕事がまじで、忙しすぎる。
誰か助けて・・・。
高らかな角笛の音色が響いた。
一斉に鬨の声が明け方の靄の立ち込める平原に響き渡る。
「全軍突撃ーー!」
先制攻撃を仕掛けることに関しては、連合軍の幕僚会議で自然と出てきたものだった。
負け越している今こそ、主導権を得られるよう先に攻撃を仕掛けるべきだということだ。
実際に俺自身もそう思っていたからそれに関しては問題はない。
戦闘開始の合図が鳴り響いた途端、重装歩兵大隊が盾と大槍を構えて密集隊形で進軍を開始する。
対する魔王軍からも、応じるかのように部隊が動き出した。
「魔王軍を各個撃破しなさい。なるべく味方に被害が及ばないように注意を払うように」
俺の指示とともに一斉に俺の配下のSRのファンタズマたちが向かって行く。
特に俺の配下のファンタズマたちの攻撃力は苛烈を極める。
あっという間に魔王軍のゴブリン歩兵大隊の歩いていた場所が焦土と化し、コボルドの槍兵たちが骸となって大地に横たわる。
「フフフ、圧倒的ではないか、我が軍は・・・」
どこかのロボットアニメで戦闘中に妹に暗殺された総帥のようなセリフを言っているのはバルトから派遣されてきている将軍の一人だ。たしか、あのバカ王子の取り巻きからも煙たがられている、家柄と金で地位を買ったらしいおよそ軍人にすら見えないやつだった。
とはいえ実際、俺の目から見ても確かに圧倒的に見えた。
支配下にあるファンタズマのうち今回の戦いに投入しているのは8体。
SR『雷光の韋駄天 ソリューシ』光属性 強化レベル47 麒麟タイプ
SR『血煙の支配者 クリスティー』命属性 強化レベルMAX 吸血鬼タイプ
SR『血脈の支配者 アイリーン』属性 強化レベル10 吸血鬼タイプ
SR『鮮血の支配者 アレン』属性 強化レベル1 吸血鬼タイプ
SR『焦熱の大精霊 イフリート・クロス』炎属性 強化レベル1 幻獣タイプ
SR『成層圏の覇者 アクロス』風属性 強化レベルMAX 東洋竜タイプ
SR『深淵の勇者 リヴァイアサン ・リュージュ』水属性 強化レベルMAX 海竜タイプ
SR『蜘蛛の女王 クイーン・アラクネ』木属性 強化レベル48 昆虫タイプ
しかし、アレンとイフリート・クロスは俺のそばに待機しているので実質的に現在戦いに参加しているのは6体だ。なぜ8体しか参加していないかというと、視界に広がっている各ファンタズマたちの視点ウィンドウがこれ以上呼び出すと、視界の中いっぱいに広がって鬱陶しいからだ。
それに、奥の手はとっておくもの。余剰戦力は隠しておくものだ。
だが、俺たちのいる陣地から見ても、ファンタズマの戦闘力は圧倒的だ。
まるで怪獣大行進状態だ。
アイリーンが手を振るたびに血煙がたなびき、アクロスの咆哮とともに大地ごと魔王軍の部隊が宙を舞う。
クイーン・アラクネがお淑やかに淑女の嗜みがどうこう言いながら次々とその虹色の蜘蛛糸で敵を斬殺していく姿はハッキリ言って映画館ならお子様入場お断り指定がでるに違いない。
おそらく俺のファンタズマの戦闘力に魔王軍の中で対抗できると思われるのは、魔王軍の本陣にいる二匹のヒドラたちだろう。そしてその横にいる明らかに英雄と一目でわかるあの戦士。
彼らが戦闘に参加すると、戦局は変わるかもしれない。
俺がそんなことを考えていると、大剣を肩に担いで重甲冑を着込んでいる魔王軍本陣近くにいるあいつが叫んだ。
*****
SR「炎鱗の毒蛇 グラム」炎属性 タイプ:ヒドラ
SR「蒼炎鱗の大蛇 ハーケン」水属性 タイプ:ヒドラ
SR「闇と抱擁の剣士 ダリル」闇属性 タイプ:冒険者
そういえば、このうち闇と抱擁の剣士 ダリルは、ゲームのクローズドテストの際に、それの持つ特殊能力故に弱体化されたという経歴をもつ個体だった。弱体化された特殊能力とは、同じ配置されたファンタズマユニットが同タイプであった時に、は配置されているユニット全体の能力値にプラスの補正が入るというものだ。
聞いただけでは大したこと無さそうだが、ここには3体のヒドラの他に多数のゴブリンやコボルド、オークやオーガがいるのだ。
そうだ。こいつはザコと一緒に並べた時にこそ効果を発揮するヤツだった。
「魔王軍先遣部隊大将軍ダリル、推参」
低く朗々たる響の芯の通った雄叫びをヤツはあげると、剣を抜き払ってこちらに向けて突撃を開始した。
一振りが唸りとともにソニックブームを呼び、友軍に襲いかかる。
「あれ、やばいな」
遠目に見ても、際立って異常な戦闘力を保持しているのが一目でわかる。
そして、地響きをたてながら二体のヒドラが援護の猛毒のブレスを撒き散らす。
アレンが素早くそばに寄ってきて、魔法の障壁を展開した。
どうすればいい?何かしらの手を打たねばならない。前衛の歩兵部隊が文字通り木っ端微塵になって宙を舞った。このままでは本陣まで到達されるのは時間の問題だ。とりあえず呼び出せるファンタズマは全部呼び出した。魔王軍自体はすでに軍勢としての機能を果たしていない。散りじりになって逃げていくゴブリンたちを追うことはせず、まずは前面にいるダリルに集中する指示をだした。
こちらの前衛部隊を切り裂くようになぎはらいながら2体のヒドラを両脇においてダリルが剣を振る。剣先からは次々と衝撃波のようなものが放たれて、行く手を薙ぎ払っていく。向かっているのはまっすぐこっちの本陣だ。
味方がいるせいでこちらは逆にブレスのような大量破壊兵器的な攻撃ができない。
今はファンタズマが入れ替わり立ち替わり、立ちはだかっては弾き飛ばされては次のものが食らいつくというような感じで時間を稼げているが、疲弊しているのは相手ではなくてこちらのようだ。
強力な竜巻による攻撃をうけて、右のヒドラの行軍が鈍る。
炎の壁が行く手を遮り、吐き散らしていたブレスを遮ったのを見て、怒りの咆哮を上げている。
その瞬間、ダリルがこちらを見た。明らかに俺を目指しているのがわかる。狙いは俺だ。視線がぶつかったのがわかった。
すでに中衛部隊の七割ほどまで切り込まれていて、ダリルの表情も見える。正直なところ足が竦んで動けない。怖い。これほど明確な敵意を向けられたのは初めてだ。
ドクン!
《う・・・》
若い女の声がどこからか聞こえた。
《あれ、わたし・・・》
若い女の声だ。そういえばウチの嫁の若い頃の声そっくりだ。
というか、口調も若い嫁の声そのものだ。しかし、辺りには誰もいない。レナたちはとっくのとうに下がらせたし、俺以外の人影といえば、防戦に回っている兵士たちと、ファンタズマのアレンくらいしか見えない。
それに鼓膜から聞こえてくる声ではないことは俺にも理解できた。どちらかというとファンタズマたちの念話に近い感じだ。
ヒドラの咆哮とともに毒のブレスが辺り向けて吐き出される。
今度はアレンの張った魔法の結界がブレスの侵入を防いだが、本陣近くの兵士たちには甚大な被害が出ていることだろう。
《あら、なんなのかしら・・・》
《手足が思うように動かない・・・っていうか》
《どうゆうこと、わたしの身体に別の魂がはいっているって!》
いきなり状況を理解したかのように俺の頭の中で嫁の声そっくりの声が悲鳴をあげた。
えーっと、わたしの身体って、ひょっとしてこの身体のことですかね?
《そうよ、わたしの、この身体のことよ。あなただれ?》
ユウキ サトシ、会社員ですが・・・。
《カイシャインというのは・・・・まぁいいわ。覗かせてもらうわ》
その瞬間、この世界に来てからのことが一瞬で目の前を走馬灯のように駆け巡った。
《なるほど、なるほど。だいたいわかったわ》
そしてその瞬間、彼女が言った。
《各ファンタズマに通達。戦闘リミッター解除、すみやかにあの3体の敵対的ファンタズマを排除もしくは行動不能にしなさい》
その言葉は俺を通して各ファンタズマに一斉に伝わったうようだ。その瞬間、各ファンタズマの姿がオーラのようなものが大きく迸り始めた。気のせいかファンタズマによっては身体の大きさもかわっているものもある。
その光景にダリルとヒドラはあきらかにたじろいだのがわかった。
《じゃ、つぎはわたしの番ね》
そう言うと頭の中に響く彼女のイメージが見えた。
物静かな少女といっても良い小柄な女性だった。力を持った双眸があきらかに権威と畏怖を感じさせる。
《付き従うは、我が僕
暗きを照らすは、天の盾
天鎖と焔 聞き届けませ》
彼女の祈りのような言葉のあと、俺の身体からもあきらかにオーラのようなものが迸り始めた。脈動感とともに大きな力が感じられる。まるでなんでもできそうな感じだ。
《そうね、あとはイメージ次第で何でもできるわよ・・・笑》
くすりと彼女がわらって言った。
《さぁ、やっておしまい!!》
やっておしまいって・・・ドロ○ジョ様かよ。
じゃぁお言葉に甘えて・・・まずはダリルとヒドラたちを閉じ込める光の壁というか、檻のようなものをイメージした。すると光の壁が一瞬で出来上がり、ダリルたちを閉じ込めた。あわててダリルが剣を振るい、ヒドラたちがブレスを吐くが、光の壁はそれらを全て遮った。
「お見事です」
いつの間にか後ろにはアレンが立って賞賛するような眼差しでこちらをみていた。
周囲の兵たちや士官たちがこちらを呆然とした眼差しで見ている。あきらかな畏怖の念がこめられているのがわかる。
「ぐおおおおお・・・出せぇぇぇ!!」
ダリルが叫びながら手当たりしだいに光の壁に攻撃を行なっているが、ビクともしないようだ。
捕まえるのはできたけど、無力化しないとダメだよな。例えば高重力で押さえつけるとか?
そう思った瞬間、捕らえた3体が地面に倒れ伏した。
思った瞬間に実行されるのは便利だが、ヒドラはともかく、ダリルは白目を剥いている。高重力とおもった時にイメージしたのがブラックホールに吸い込まれている宇宙船をそうぞうしていたせいだろうか。
こうしてクラスタニア平原の戦いは終わりを迎えた。
お仕事が決算期ということもありまして、ちょっと立て込んでおります。
なるべく早い段階で再開する予定ですが、しばし休載することになってしまいそうです。




