表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

クラスタニア平原の戦い 前編

クラスタニア平原と呼ばれる広大な平野がチェルシー領の北部からドラッケン領のほぼ中央にかけてまたがる地域に存在する。


肥沃なその平原はチェルシーとドラッケン双方の穀倉地帯でもある。主な産物は小麦、大麦などだ。点在する農村はあるが、人口もまばらだ。穀倉地帯ということは、農業を営むための広大な土地が広がるということになり、多少の起伏はあるもの、まっすぐな肥沃な土地が広がっている。


バルト王國の王子に遅れること二日、チェルシーとドラッケンを支援するための遠征軍部隊がバルト王國から到着し、時を同じくしてアレクサンドリアからもアレクサンドリア国軍のほぼ半数以上となる遠征軍が到着した。


その数はどちらも二千ずつだから、合計四千の大所帯となる。


アレクサンドリアの光の竪琴の旗印と、バルトの角笛の紋章が仲良くはためく混合軍は、整然と整列していた。


バイオレットヒルの陣地を引き払ってから三日。

急がずにチェルシー領内を進んで、バルト王國と共同で遊撃軍として魔王軍の駆逐を行って来たが、魔王軍はドラッケン側のクラスタニア平原に集結しているという報告が配下のファンタズマから多数寄せられ、その一方でチェルシー領内からは事実上撤退しているという連絡が来た。


チェルシーは、国軍のおよそ三分の一を魔王軍との戦いで失っていた。領民の数も同様だそうだ。常識的にみて、壊滅状態と言える。


魔王軍はチェルシー領内の領民を捕らえて奴隷にしたり、場合によっては食料としていたらしい。

なので、申し訳程度の軍勢がチェルシーから別途こちらに合流する予定になっていた。しかし、正直なところ略奪され、掠奪の限りを尽くされた国内は、他国に兵を派遣できるような状況では無いのだろう。定めし、第二次世界大戦直後の敗戦国日本が、いくら戦勝国であるアメリカから要請があったとしても朝鮮戦争に出兵する国力が無かった事と同様だ。チェルシーの領土解放とドラッケン領に居座る魔王軍を撃退する際に、チェルシー軍が参加していないというのは、おそらく政治的によろしく無いのだろう。



チェルシー領内を進むにあたって、俺はアレクサンドリアの軍人たちだけでなく、デブハゲ王子とその取り巻きのバルト王國の軍人たちとも積極的にコミュニケーションを図った。


そして俺の印象として受けたのは、アレクサンドリアから合流したアレクサンドリアの軍人たちは、バルト王國の軍人たちと比べると、どことなく頼りない感じがしたということだ。


総じて神権国家として巫女の宣託で全てを決めて来たこのアレクサンドリアには、そもそも軍隊が戦うという概念があまり強く無い。軍隊はどちらかというと警察権の行使に使われる場合が多く、餓えた村民の暴動を鎮圧したり、はぐれの邪妖精や野盗の討伐が主たる任務なのだそうだ。


対してバルト王國は中央集権国家としてまとまるための武力を背景に栄えた国らしい。


もっとも、その武力というのも攻城用の投石機が数台あるだけだ。ちなみにその投石機は俺の命令一つでファンタズマたちが簡単に破壊できる程度でもある。


但し、バルト王國の軍人たちだけでなく、アレクサンドリア軍人たちも同様に驚いていたのは、ファンタズマから情報を逐一受け取る事で、敵の場所がほぼリアルタイムでわかるということだった。


「ユウキ様がいれば、生きて帰れるに違いない」

「そうだな、お美しいだけでなく、頭脳も明晰であられ、さらに千里を見通すその千里眼・・・」

「軍の統率も卒なく、こちらの都合や理由も一々聞いてくださる、慈悲深く憐れみ深いお方だ・・・」


というのが、兵士たちの感想らしい。


俺としてはそれほど大それたことはしていないつもりだったが、会社勤めの時と同様に、効率的かつ「WINーWIN」な関係が築けるようにと、調整してしまう性なので、自然と「聞く耳を持つ」リーダーという定評が付いているようだ。


但し、偵察に出ているファンタズマたちから報告を受けると、クラスタリア平原で待ち受ける魔王軍は決して弱卒ばかりの与し易い敵ではないようだ。


少なくとも敵にはSRクラスの敵が三体はいるようだ。


総合的に判断したところ、敵にいると思われるのは以下だ。


SR「炎鱗の毒蛇 グラム」炎属性 タイプ:ヒドラ

SR「蒼炎鱗の大蛇 ハーケン」水属性 タイプ:ヒドラ

SR「闇と抱擁の剣士 ダリル」闇属性 タイプ:冒険者


三体ともどういう仕組みか、属性のオーラを纏っておりダリルの戦いも、ヒドラタイプの攻撃力もかなり高い。


明らかに敵、特に魔王軍には俺と同様の力を持っていると思われるものがいるのではないかと予想していたのだが、今回魔王軍の先遣部隊の本体と言える部隊の中に、三体のSRがいることを確認して、俺は予想を確認に変えていた。


苦戦が予想されるのは、想定内だ。そこは地の利や戦術でカバーするしかない。


チェルシー領内の地図はあまり詳細な地図が無い。


魔王軍の場所とこちらの位置を把握しながら慎重にゆっくりとチェルシー領内を進みながら、はぐれの魔王軍を殲滅したり、空戦能力の高いファンタズマを派遣して魔王軍に空から攻撃を仕掛けさせることで心理的なプレッシャーを与えていくことにした。


そして、力を蓄えながら進むこと四日。


ついにクラスタリア平原のに流れる川を挟んで、アレクサンドリアとバルトの混合軍は魔王軍と相対したのである。


***


私の名はギジェルモ・ガルバルディ・チェルシー。

チェルシー王家の第十三王子である。


王位継承権は低いが、私はチェルシーからアレクサンドリア・バルト連合軍に派遣された作戦参謀という位置づけだ。チェルシーは魔王軍との戦闘で現状では新たに派兵する国力は残念ながら残ってはいない。

だが、私の父であるギョーム・ガルバルディ・チェルシー三世陛下は永年のわだかまりを振り捨ててドラッケンに集結している魔王軍との戦いに多少でも戦力を派遣することでドラッケンだけでなく、アレクサンドリアとバルトに影響力を残しておきたいというお考えのようだ。


父上にはたくさんの子供がいて私はその中の一人。

もともと一等武官として今までも魔王軍と戦っていたのだから命令とあらば参戦することに問題があろうはずもない。


そういうわけで私がアレクサンドリアとバルトの連合軍本部に到着したのは昨晩遅くであった。明日にはドラッケンとの国境に到着するクラスタニア平原へと続く街道沿いの宿場町でのことだ。


まず、遠くからでもわかるのはかなりの大部隊であることだ。ざっと見て三千人から四千人程度。アレクサンドリアとバルトの比率は半々というところか。


噂によると、アレクサンドリアは彼の地の守護神である女神召喚に成功し、その女神が今回魔王軍と戦うべく部隊を率いているらしい。


私はあまり神話の神々を信じたことは無い。もちろん乳母や教育官たちから一通り神話と神事については教育を受けているし、知っていると言えるだろう。しかし、神話の中の神々を召喚するなど、想像力に乏しい私には想像がつかない出来事だ。


私が本陣に到着した時は、すでに先発していたチェルシーの作戦本部の設営も終わり、その近くに野営用の天幕も設営が終わっていた。私は天幕に入ると中には私の子供の頃からの友人でもあるアリサ・ガルシア一等神官がいた。彼女には子供の頃は憧れに似た恋心を持っていたこともあって、今でも私のお気に入りだ。


「ギジェルモ様、無事な到着何よりです」

「ありがとう。道中は全く魔王軍の部隊どころか野盗や野生の猛獣の類にも出会わなかったよ」

「魔王軍の徘徊を許していた際に狩られていたのでしょうね」

「そうだな」


魔王軍の徘徊を許してしまったのは、国力が足りないチェルシーの、ひいてはそのような事態を招いた王族の責任であるとも言える。だが、彼女はこの厳しい戦局の中にあっても、困難を憂うような表情は全く見せない。

彼女は夫と家族を魔王軍に殺されていたはずだ。彼女が生き残っていたのは、魔王軍が進行してきたちょうどその時に、王都に使いに出されていたから。彼女の住む街は瓦礫の山となって誰一人住むものも残っていない。その街、パルムを救出に行ったのは私の率いる部隊だったから彼女の夫が亡くなったのを確認したのも私だ。


「パルムのことは残念だったな」

「ギジェルモ様こそあの時はありがとうございました。我が夫パトの遺品までお待ち帰りいただきました。ご恩は一生忘れません」

「そのことならむしろ、私の方がパルム陥落前にたどり着ければと今でも悔やまれるよ」


もっとも、本隊がすでに移動した後で掠奪部隊が少数残っていただけだったからこそ、再侵攻できたともいえるので、私の手柄でも何でも無い。


アリサは悲しそうに私に頷いてから、神に祈りを捧げた。目からは長い睫毛の間から涙が一筋溢れていた。


彼女が結婚して王都を去って三年、しばらく会っていなかった間に彼女も変わったし、私も変わった。彼女は何だか大人しくなった。以前は勝気で、美しく活発な令嬢だったが今は家庭を持ったことで落ち着いた印象だ。もっともつい先日家族を亡くしているんだ。落ち込んでいるのも当然か。


私も、家族や親しい友人や臣下に多大な被害を受けている。例えば私の婚約者だったハリス家のエディア嬢もハリストン陥落時に亡くしている。


アリサは私に向き直って言葉を続ける。


「明日、魔王軍本体に攻撃をかけるそうです。チェルシーの私の部隊は神官戦士団ですから、後方支援に着くように指示を賜っております。チェルシーの国力は正直なところアレクサンドリアの女神様には悟られておられますからあまり無理はしないようにとのお言葉まで頂いています」

「確かに、魔王軍を追い払っても、ドラッケンも我が国と同様に疲弊している。ここで何とか終わりにしないと・・・」

「目の前に展開している部隊は魔王軍の本体では無いそうです。魔王らしき敵将はいないそうです」


アリサはため息をついて言葉を紡いだ。


「明日の戦が終わっても、まだまだ戦いは続くのです」

「我々は勝てるだろうか?」

「まずは明日の戦いからです」






翌朝未明、連合軍と魔王軍との間に戦端が開かれた。




次回更新は3月8日ごろの予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ