バルト王國の王太子
「喜べ、そなたをわが妃に迎えてやることにした」
ヨロコベ、ソナタヲワガキサキニムカエテヤルコトニシタ。
一体何の暗号?
それとも俺のわからない未知の言語??英語ではないよね?中学校でも高校でも英語の授業でこんなフレーズ聞いたことないよ。
ああ、わかった。ドラゴ◯ボールのナ◯ック星人の言語だよね。うん、きっとそうだ。
俺は絶句して、その言葉に盛大に大きく身震いしてから、耳を疑って聞き返した。
「えーっと、どういうことですか?」
「喜べ、我が妃として迎えてやると言ったのだ。バルトの次代の王の妃となれば、栄華は欲しいまま。それにそなたの力も我が物にできるバルトはますます繁栄するであろう」
デブハゲのユリウス王子は、俺や日本の一般常識の『王子様』とはかけ離れたルックスで、男性目線で見てもなかなかの嫌悪感を醸している立ち居振る舞いだ。
加えてそもそも俺が男に抱かれるとか、想像すらつかないわ。
いやー、無いでしょ。
マジでないない。
それもこんなハゲチャビンのオッサンに、物理的にはともかく、心は男の子のこの俺が抱かれるとか、生理的にすら受け付けないから。
え?イケメンだったら良いのか??
良いわけないだろうが。
俺はこう見えて、おっぱい大好き、お尻大好き。女の子大好きなんだ。
「そうかそうか、嬉しくて言葉も無いか。それもそうであろう。我の魅力に抗うものなどあるはずもないしな、ワッハッハ・・・」
俺が嫌悪で絶句しているのを良いことに、このデブハゲが嬉しそうに言葉を続けた。
楽しそうに笑いやがって、ちょっとイラっときたぞ。
左右を見ると、怒りで戦慄いているレナがいた。小刻みに震えているだけでなく、目の奥が爛々と殺気を蓄えている。
周りの兵士たちも同様だ。
俺のいわゆる『現代的な常識』が、このデブハゲを受け付けてないだけかと思ったが、俺だけでは無いようだ。
キモイものはキモイということか。
とりあえず、一発ぶん殴っていいかな?
俺は無理矢理、自制心と精神力を試される会談を終わらせた。
決してブン殴ったりはしなかったが、デブハゲのおっさんには丁重にお帰り願った。
どうしても結婚してれくれと食い下がるため、仕方なくバルト王國を訪れて欲しいという要望に関しては検討することを約束した。結婚なんてしないけどな。そもそも俺、嫁も娘もいるし。
とはいうものの帰れと言っているのに陣地に勝手に天幕を設営してしばらく逗留すると言い出す始末。
それに関しては臨時の大使館ができると自分を言い聞かせることにして許諾した。
そのようなことをしていると、魔王軍の 大部隊がチェルシー領内に相次いで侵入してきていることを斥候に出していたファンタズマたちから順次連絡が入ってくる。
各個撃破されている魔王軍もおそらくバカばかりではないはずだ。チェルシーまでの兵站線がうすく細く伸びている状態ではチェルシーの戦線に影響が出るのは必至。そうなればいよいよ魔王軍の本体が現れてもおかしくはない。
そもそも、俺は今までの快進撃が決してこちらに一方的に有利だから勝てているとは考えていなかった。
すでにアレクサンドリアからは第一師団と近衛騎士団の精鋭部隊が出陣しており、こちらにむかってきているはずだ。
***
吾輩の名はユリウス・バルト。バルト王國の第一王子だ。
バルト王國の王太子であり、王に何かがあった時はこの吾輩が王となる。
吾輩には妃が二人、妾が五人いる。それぞれバルト国内の有名名家、貴族家から王家との縁を結ぶためという政略結婚によるものだ。
こう見えて、吾輩は女性にもてる。
卓絶した弁舌と爽やかな話術は、令嬢、貴婦人の心を捉えて止まないのだ。
先日、アレクサンドリア大使として赴任していた吾輩の第二夫人の兄の従兄弟から連絡が入った。
アレクサンドリアが秘術に成功して女神を降臨させたと言うのだ。
中原藩国の八州は知っての通り、女神族が建てた国だ。アレクサンドリアとバルトは今でこそ政治体制も異なるが、本来は兄弟国と言って良い。どちらも女神によって建てられた国であるし、建国後にその女神は国を去っている。
もちろん我がバルト王國においても陰陽省や科学省の学者どもがバルトの女神を降臨させるべく日々研鑽しているらしいが、魔王軍がドラッケンやチェルシー領内にまで侵入してきている現状を鑑みれば、もちろん成功して欲しいとは考えておるが、長年研究してきてできなかったことを考えれば、魔王軍が到来するまでにそれが成功するようになるかと考えれば、ちょっと知恵の回る童でも答えはわかると言うものだ。
アレクサンドリアの光の女神といえばユウキ=ユウリ。
美と光の寵愛を受けた絶世の美女と神話には謳われている。
我がバルトの王宮には、藩国八州の女神が一堂に会して八州設立の際に立ち会った伝説の円卓会議の様子が高さは十メートル、幅は十八メートルの巨大な絵画で現されている。
その絵画は過去に魔王軍によって犯された際も、修復されて、あるいは描き直されてはいたが、建国時からそこにかけられているもので、宮廷画家になるには、この絵がいつでも、どのような大きさでも模写できるようになって初めて任用されるようになるという、我がバルトでもっとも由緒正しい絵画なのだ。
そして、我が第二夫人アリスの兄の従兄弟であるシュナウザーからの手紙によると、アレクサンドリアのユウキ=ユウリはその海外に描かれた左から三番目のまさしく光の女神様に瓜二つだというのだ。
確かにそれが本当であるならば、絶世の美女というのは頷けると言うものだ。かく言うこの吾輩も五歳の時にあの絵を見て最初に一目惚れしたのがあの八人の女神たちなのだ。
美しく、知性に溢れた容貌。あるものは歌い、あるものは奏で、あるものは弓をひき、あるものは剣を愛でるその姿はその女神たち一人一人の美しさとその特長を表していた。
我が光の女神に会えば、きっと我が魅力で惚れさせることができるに違いない。
吾輩は早速僅かな供を連れてアレクサンドリアの本陣に向かった。
アレクサンドリアの光の女神は勇敢にも自ら魔王軍に対応すると、出陣したと言うのだ。
吾輩はもちろん、剣も振るえれば、槍も使える。乗馬も国では随一であるし、バルト一の剛の者と言っても過言ではない。もちろん、吾輩はバルト王家の紋章をつけた馬車での出陣だ。
「殿下!お待ちください」
と、供の者たちに追われるように馬をかけさせながらアレクサンドリアとチェルシー国境の丘陵地帯に向かって吾輩は進んだ。
そこに十数匹の魔物の軍勢が現れた。緑色の皮膚の色。このワシの胸くらいの背丈で、粗末な皮の鎧や槌、棍で武装したそいつらは、小鬼族だ。
「ゴブゴブ〜〜」
うっほ〜。
魔王軍の斥候部隊がもう、こんなところまで来ているのか?油断した。
吾輩は腰に下げている宝剣『コシヌッケー』を抜いた。バルト王國には珍しい片刃の剣だ。
吾輩の姿に恐れをなしたのか、先頭にいたゴブリンが吾輩に向かって手に持っていた石の槌を振り上げる。
吾輩は宝剣コシヌッケーで軽やかにゴブリンの攻撃を受け流した。
完璧に訓練通りのフォメーションで、傍の部下たちの槍がゴブリンを貫く。
吾輩が初撃を避ければ、あとは配下の護衛騎士たちが始末をしてくれるのだ。まさにいつもの訓練通りだった。
「フォーメーション、楔の型」
筆頭護衛騎士のカメロンの指示で私を守るように護衛騎士たちが守備陣をひいた。
こちらの方が人数も多く、訓練された護衛騎士が一対一でゴブリンと戦えば、まず遅れをとることなどない。
「フン」
「ハッ」
「南無」
護衛騎士たちの一振りごとに次々とゴブリンたちの息の根が止められていく。
半刻ほどの死闘の後に、残っていたのは吾輩と吾輩の護衛騎士たちで、ゴブリンたちはみな斬り伏せられていた。吾輩と吾輩の護衛騎士たちはとても優秀なのだ。
そして、ゴブリンたちの屍をその場に残し、吾輩と吾輩の護衛騎士たちは道を急いだ。
ようやくたどり着いたアレクサンドリアの本陣には驚いた。
陣地には少人数しかいないにもかかわらず、空堀が掘り巡らされ、堅牢な石の城壁が築かれている。このあたりには石切場なども無いにもかかわらずだ。大規模な工兵部隊がどこか別の場所に隠されているのだろうか。
吾輩は慎重に陣地に駐屯するアレクサンドリア兵たちの様子を確認した。騎兵が十騎程度に槍兵が少数。あとはこのような前線基地には場違いな中央神殿の側仕えと思われる女性たちが少なくとも十数名程度しかいない。
しかし、この陣地の堀や壁を見れば、あきらかに千人規模の工兵部隊が昼夜を疾して作り上げたとしか思えない。この少人数で作り上げるなど、壁の内側の天幕を建てる程度だろう。
幸い気候は寒くなる季節ではないから、簡単な天幕程度でも十分に雨露さえ凌げれば、長期間露営するのもそれほど難しくはないだろう。
吾輩は、本陣にいるはずの女神にさっそく面会を申し込んだ。
なかなかの時間待たされたが、それでも先触れを出していなかったことを考えれば早い方だ。
そして吾輩は本陣の天幕の中に、確かに女神がいるのを見た。
白銀のように輝く美しく滑らかな肌と、黄金の豊かな髪は複雑に編み上げられている。
膨よかな双丘を包む豪華な衣装の胸元にはアレクサンドリアの国宝であろう装飾品が煌めいて、淡い魔力の輝きをたたえている。
意思をもった双眸は凛とした空気を貫いて吾輩を見つめるが、吾輩の姿に感嘆のあまり息がつけないでいるのは一目瞭然だ。
美しい。
もちろん吾輩は妃も妾も、愛しておる。
だが、この美しさは人のものとは思えない。
確信した。
今、確信した。
吾輩は、この女神と出会うために今まで生きて来たのだ。
予定ではこの回でこの物語のヒロインが登場する予定だったのですが、登場できませんでした。
おかしいです。プロット通りに進んでいるはずなのに・・・。
次回の更新は2017年3月1日ごろの予定です。




