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俺 VS 脳  作者: 雨夕美
1/5

第1話  対立



「よ~し寝るぞ~」


 誰かに話しかけた訳ではない。何故ならここは自室だから。その自室を塞ぐ扉を開けると、廊下と判断するには微妙なるスペースを超えるとすぐ玄関だ。いわゆるワンルームマンション。


 都内中心地から離れてはいるが、紛れもなく都内。家賃は管理費込みで七万三千円。もちろん、妻どころか彼女さえいない自由な独身貴族。だが俺は再度いい聞かせるように声を出す。


「よ~し寝るぞ~」


 既に布団は敷いてあり、明日の仕事の用意はおろか、掃除に洗濯も済ませている。後は目の前にある、大変気持ちよさそうな布団に侵入し、電気を消せば本日の人生は終了である。


(寝るよ?)


 今までとは違い、俺は語りかけるように彼女に話し始める。勿論のこと、布団をかぶり体勢を作り、これから就寝するという事を盛大にアピールする。


(聞いてるのか? ……まぁいい。明日も早いから寝るな。おやすみ~)


 もし俺の心の声を誰かが聞いていたら、悲しい人生を送っているんだろうなと慰めてくれるだろうか。それとも頭のおかしいヤツと蔑むだろうか。


(良かった…… 今日は大人しく寝させてくれそうだ…… はぁ……)




(……)

(……)

(……)




 安心なる就寝。布団に入ってから、どれほど時間が経っただろうか。もう一時間は経過しただろうか。明日も仕事なのだが、全く寝れない。実は昼寝をたっぷりとってしまって寝れないんです……という事は全くもってない。むしろ昨日もこのような状況でバリバリの睡眠不足である。


(なんで寝させてくれないの……? 俺…… もう寝たいよ……)

(「だめです」)


 すると今まで黙りを決め込んでいた、俺の脳である彼女がコミュニケーションに応じる。


(なぁ…… 俺…… 疲れてるんだよ…… 寝ようよ……)

(「いやです」)

(なんでだよ…… お前だって疲れてるんだろ? 俺とお前は一緒だろ?)

(「違います」)


 彼女……いわゆる俺の脳は俺のものだが、彼女が言うには俺の意思と俺の脳である彼女は別々だと言う。科学的に考えれば俺の意識もまた脳であると思いたいのだが、彼女はそれを否定する。


(昨日だってこんな感じでさ、俺は眠りたいのに、お前が全然寝かしてくれなかっただろ? だから絶対、脳であるお前だって疲れてるハズなんだ。だから寝よう。な?)

(「寝ません」)


 全くもっておかしい。いつもこうやって早めに布団に入るのだが、全く寝れない。むしろ寝かせてくれない。


(なぁ…… 明日さ、日帰り出張なんだよ。知ってるだろ? しかも遠方で朝一到着だぜ? そのくせ夜は会議ときたもんだ…… 分かったか? 分かったな? よし! 寝るぞ!)

(「眠たくありません」)

(眠たいんだよっ!? 分かるっ!? 眠いの! 俺!)

(「いやです」)

(いやです…… じゃねぇ~んだよ!? オラぁ! 寝るんだって言ってんだろっ!? あっ!? コラぁ!?)

(「あっ……」)

(……なんだよ)

(「怒ったので意識がハッキリしてきました」)

(くっそぉ~! 寝れねぇ~!?)


 俺だけなのだろうか。それとも、この世界に住む全人類が、同じ状況で苦労しているのだろうか。昔の人は言った、心は胸にあると。そう言われると、俺の意識という名の心が胸にあり、こいつが脳で存在しているという考えも、あながち間違いではないのかもしれない。


(なぁ~ 頼むよ~ お前だって知ってるだろ? あの課長の会議の長さをさ…… お前だって明日キツイ思いをするんだぞ?)

(「その時は寝ます」)

(オラぁ!? じゃあ今なんで寝ないんだよっ!?)

(「眠たくありません」)

(眠いんだって! 本当なんだって! なんで…… 信じてくれないんだよ……)

(「信じていない訳ではありません」)

(ならどうして……)

(「あなたも私の嫌がる事をするからです」)

(嫌がるって…… 酒の事か?)

(「はい。私はあの状態が好きではありません」)


 彼女は俺がビールを飲んで酔っ払うとものすごく嫌がる。どうも脳が酩酊状態になり、彼女自身の判断が鈍るのがお嫌らしい。


(でも…… 今日は飲んでないだろ…… 昨日だって……)

(「先週末にさんざん穢されました」)

(穢していません)

(「穢されました」)

(だから仕返しをしてんのか?)

(「はい。絶対眠りません」)

(んがぁ!)


 こうなったらもう彼女を止める事は出来ない。だが俺も明日の仕事の為に引く訳にはいかない。


(なぁ…… 頼むよ…… 確かに先週末は飲み過ぎた…… 二日酔いにもなったし、俺も後悔したよ……)

(「……」)

(悪かった。もうあんな飲み方しないよ)

(「……」)

(分かってくれたか? 良かった…… じゃあな、また明日…… おやすみ……)


 彼女も色々と言いながらも疲れているのだろう。先ほど述べたように昨日も同じ状況だ。だが俺にとっては好都合だったので、そのまま意識を闇へと向かわせた。


(……)

(「……」)


(……)

(「……」)


(……)

(「……」)


(「やっぱ寝ません」)

(えっ!?)


 そうして俺と脳である彼女は、そのまま二時間ほどコミュニケーションを続けていくのであった。











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