α-10 クロキバケモノ
精霊王を名乗る少女が手を横に振る。
それだけで、辺りの景色が一変する。
多数の部屋の扉は消え去り、周囲の壁が迫る。そして、床が沈んでいく。
「風だけじゃなくて、地属性もあるのかよ。流石は精霊王ってことか⁉」
精霊は一つの属性しか持たない。
故に、精霊士は一つの属性を習得する。
それは精霊神であっても例外ではない。
風神カリアは名の通り、風属性しか扱えないし、闇神は闇属性しか扱えない。
だが、目の前の精霊王はありとあらゆる魔法を使っていく。
気づくと、水球が浮かび上がり、地上の景色が映る。
『ああ――これ程とは……歓迎甲斐があるではないか』
地上の様子を見るに、どうやら朝のようだ。
そして、多数の人影が見える。その中にはヒートを追いかけていた精霊士も居る。
「いくら精霊王といえ、契約者の居ないアンタにどうにかできるのか?」
思わず本音が零れる。
確かにヒート達は手も足も出ず、精霊王の前に敗北した。
だが、地上に居るのは精霊士の中でも死地を潜り抜けた精鋭らだ。
反逆者であることを除けば、欠点など無い。
「いくらアンタが精霊王だって、無数の精霊士を相手にできるのか?」
『ああ恐れるな、人の子よ。たかが、数十年の技量で勝とうなどおこがましい』
だが精霊王は落ち着いた表情でヒートを宥める。
そして、床の落下が収まった先、そこには絢爛豪華な装飾が施された杖が浮いていた。
鍛冶師であるヒートは武器を見れば性能を予想できる。
そして、杖の知識は姉弟子が作り出してきた数々の作品により養われている。
だが――
「見たこともねえ、宝石も凄いが、なんだ、これは⁉」
『宝石の中に魔力があるの?』
宝石が自ら光を放ち、杖は神々しい。
魔石の純度により、魔力効率は高められる。鍛冶師であれば、少しでも純度の高い魔石を埋め込むのが常だ。
師匠でさえ、魔石を加工する際には工房に何週間も閉じこもっていた。
故に――鍛冶師にとって完璧といえる魔石にヒートは眼を離せない。
「何年掛かるか、いや、そもそも人の手に生み出せるのか?」
『ふふっ……そうだろうな』
精霊王が小さく笑みを浮かべる。
かつての光景を思い出すように、慈しむように。
その姿を見たリアは困惑する。
リアから見れば、精霊王は異常だ。自分の力が仮初だと疑う程に。
『――では行くか』
杖を取った精霊王が魔法を発動する。
僅かの浮遊感を味わい、それは突然現れた。
「なっ――⁉ いきなり地上に居るだと!」
困惑を隠せないヒート。
転移魔法の存在は噂される程度だ。まさか実現するとは思いもしなかった。
「だけど、最悪だ。この場所は――!」
「居たぞ! 鼠だ! 囲いこめ!」
ヒートらが出現したのは窪地だ。
そして、辺りは灯に照らされたテントが多く点在する。
そして、誰もが武器を持ち、魔法を発動させようと動く。
――――反逆者の根城。
そこにヒートは飛ばされたのだと気づくも、手遅れだ。
カンカンカン――――――
侵入者を告げる音が鳴り響く。
そして、精霊士たちが囲い込む。
「何が数を減らしておくだ! あの野郎!」
口約束で敵を減らしておくと告げた闇神。
だがその気配は無い。
「敵だ、アレを持っているかもしれねえ」
「囲い込め、魔法発動準備開始」
「へへっ、美少女が二人も居るぞ!」
「おいおい、天使か」
反逆兵がジリジリと詰め寄る。
だが――
『失せろ雑魚』
尊大な返答に周囲はあざ笑う。
こんな少女に何ができるのかと言わんばかりに。
「おい、どうするつもりだ」
『まあ、見ていろ』
精霊王の身体が少しばかり浮かび上がる。
そして、金色の魔力が輝く。
『ラグナロク』
――後に“金色の週末”と呼ばれた伝説。
それは反逆兵を残虐の淵へと誘う
「な、何が起きた――おい、答えろ精霊王っ!」
『ん――?』
ヒートの問いに対し、精霊王はツマラナイ視線を向ける。
まるで、指示に従ってやったのに何故文句を言うのかと。
「確かに倒せと言った。その過程で、敵が死ぬのは構わん。だが、あれは、アイツは何だ!」
『あれは、生きているの?』
二人の視線には黒い闇が映る。
それは人のような姿をしてはいるが、そのサイズは天にも届きそうな程に畏怖を感じさせる。全身が黒く染まり、表情は見えない。
だが、それが逆に恐怖を高めていた。
「あんな化物見たこともねえ――人と精霊を食らう存在なんて、神獣だけだろうよ。だけど、あの大きさは何だ! そもそもアレは人なのか――?」
『これも消えたのか――全く嘆かわしい』
「アレも旧文明じゃあ、当たり前だとでも言うのか? あんなおぞましいものは、闇神ですら生み出せねえ!」
闇神。
人々が忌み嫌う精霊神。彼は、民を切り刻み己の実験体としたことで、あらゆる国から悪魔と称される。もしも精霊神で無ければ即刻投獄されるだろう。
だが、彼ですら、ここまでおぞましいモノは創らない。
それは彼が人としての常識を僅かだが持っているからだ。
だが、精霊王はそんな気配を感じ取れない。
まるで、ゴミ箱に捨てるような軽い気持ちで、悪魔を生み出し、ヒトとセイレイを吸い込む。
「まるで、“悪魔の食事”だ」
思わず零し、リアも首を振る。
同じ精霊といえ、リアは到底信じられない。
それ程までに、二人には壊れているように見えた。




