α-8 アラタナカゼ
自分以外誰も居ない。
それはヒートにとって、久しい感覚だ。
幼き頃、孤児だったヒート。
だが、数か月で師匠に出会い、数年で三宝の二人と研鑽を積む日々を送った。
だから、寂しいと思うのは必然だ。
だが、同時に、目の前にはリアが居る。
同じ仲間であり、姉のような存在を失った精霊は最後まで抵抗した。
ヒートの魔力回路が焼き付くのでは無いかと思う程に、リアは魔力を維持しようと全力で拒んだ。それはルウから貰った姿を大事にしようという心意気からだ。
「すまねえリア、だけど、ここで俺たちが死ぬのをルウは望んでねえ」
何を考えているのか、ヒートには分からない。
自分を恨んでいるのか、絶望しているのか、はたまた自分の弱さを嘆くのか。
――それはリアが決めることだ
――リアが認めることだ
「恨むならそれでもいい、だけど、今だけ……リアの危険が過ぎ去るまで、協力させてくれねえか」
『――ヒートはひどい……だけど、わかった――ヒートも……なかま、だから』
幼き精霊は大事な姉を失った。
だが、もう一人居るのだ。
――お父さんのような存在が
……今もなお、悲劇に囚われ、それでもリアの為に前を先導しようと足掻く存在が
――それだけで、リアにとっては十分だ。
◆
「何もねえな、洞窟にしては整っているが、どこにも出入口がない」
幸いにして、光苔が壁を覆っている為、灯に困ることはない。
だが、それ以外何も見つからない。
「ここが精霊区だとして、何かの部屋かもしれねえ。リア、ここに精霊の痕跡はねえか?」
『あるかもしれない……だけど、なにか分からない』
生まれながらの精霊の知識量は乏しい。
微精霊から精霊に至るまで、周囲を漂い、知識を光景として得る。だが、リアは精霊区で生まれたらしい。それも本来、精霊として覚醒するには早すぎるタイミングだ。
恐らくは、爆炎による魔力がリアの存在力を高めたのだろう。
ルウが居れば、他にも有益な情報を聞き出せたかもしれない。
だが、ルウは二人を助けるために、精霊力を失った。助ける為には、精霊としての存在力を回復させるしかない。
だが、ヒートはそんな荒唐無稽なほら話を聞いたことが無かった。
「何か――何でもいい。ここは、明らかに誰かの手が加えられているはずなんだ」
そう零すヒートの姿にリアは困惑を隠せない。
何故、そう断言できるのか。
そう不思議に思ってしまう。根拠のない自信はどこから来るのだろうかとも……。
だが――――
『あるよ……だけど、この先』
リアの言葉は確証が無いのか、不安げだ。
目の前には、壁しかない。
「隠し扉でもあれば……いや、信じるだろ、俺を」
痛む足を引きずり、壁へと近づく。
近づけば、何か見つかるかもしれないと思ったが、何もない。
光苔があるだけ。
『あれ、何だろう?』
と、ヒートに訪ねるリア。
目の前には、何もないはず。だが、リアは告げる。
『このさき、だよ」
「壁しかねえが……やるか!」
腰に差していた短剣を抜き、壁へと突き刺す。
そして、リアと契約したことによって得た“風の力”を纏わせる。
火炎とは違う感覚、だが、壁に魔力を走らせる。
「これが、風か。壊すだけが取り柄の俺には不向きだ——だが、見つけた」
風を操り、周囲の壁を探す。
眼には見えずとも、魔力が教えてくれる。
これは壁なんかじゃない。これは、障壁だ。
「――魔力の障壁だと……それも、高位精霊の力に似ているな。師匠の精霊がこんな魔力を使っているのを見たことがあるぜ」
『ヒートのししょう?』
「ああ、三宝と呼ばれた鍛冶師の師匠。名工とも呼ばれた師匠だ。その精霊が似た力を使っているのを見たことがある。あれは確か……精霊壁」
精霊壁。
師匠が一度だけ使っていた。
それは全ての魔法を防ぐ。
名もなき精霊使いが生み出した万能魔法の一つ。
「だが、こんな濃い壁なんてあるのか……?」
かつてヒートが見たのは、透明な障壁だ。
それに比べて、目の前の壁は暗い。それこそ、光苔が無ければ、存在すら視覚できないほどに。認識などできるはずがない。
「これを壊す。その為には、リア。お前の力が必要だ」
『なにをすればいい?』
「剣に魔力を込めてくれ」
ヒートは魔石が埋め込まれた長剣を抜く。
それは鍛冶師として、三宝と呼ばれるに至った剣。
ガナルスの破壊光線に匹敵する程の宝剣。
名を“神聖剣”
「いくぞ、リア!」
『――――全ての風よ、従え』
リアの声が凛々しく、幼さが抜けた発声が響く。
それは、未知な精霊が成長する瞬間であり、ヒートにとっては二度目の光景だ。
七色の閃光が宝剣から散る。
それは目の前の障壁を切り裂き、雷光のごとく轟音を立てて突き進む。
「これが――到達点なんて、おこがましかったか……すまねえ」
ヒートの宝剣が砕ける。
魔石は塵とかし、刃も粉々に粉砕する。
鍛冶師にとって、武器の破壊は不名誉だ。
それは三宝のヒートにとっても変わらない。
だが――
「――先は見えたな」
障壁にぽっかりと開いた先。
そこには、神殿のような建物が佇んでいた。




