古くも新しく懐かしい
ランドクルーザーはアパートの駐車場へ。
「さあ!」
彼女はアダムに手を差し出す。
「はい?」
「東京から来たんでしょ?今日は遅いから、ウチに泊まりなさいな。この辺りはホテルとか無いから」
「あ、あの・・・」
「自己紹介がまだだったわね。私は伊吹薫。美大に通う画家のタマゴよ」
「アダムだ」
彼女、伊吹は驚く。
「まさか、芸名?」
「いや本名だけど」
「驚いた!そんな名前の人がいるのね・・・あ、御免なさい」
「いいんだ。言われ慣れてる」
「職業は?」
「公務員」
「ふーん。まあ、とにかく部屋に行きましょう?」
2人は車を降りた。
アダムは駐車場を見回す。レパードにシティ、ジェミニにサバンナRX-7。クラシックカーばかり。
アパートもオートロックが無い。
「無防備すぎないか?」
「何が?」
「オートロックが無いじゃないか」
「そこまで高い物件じゃないもの。心配しないで、ドアにはチェーンがあるから」
チェーン?なんだそりゃ?
階段を上り部屋の前に付くと、変な金属の棒を丸い持ち手に差し込み、右へと回す。
「どうぞ?」
ドアを開くと、アダムを中へ。
靴を脱ぐと、そこは見慣れない床。ザラザラと歩くたびに音がするし、変な臭いもする。
「何だこれは」
「嘘っ!東京には畳も無いの?」
「タタミ?」
「怖い所ね。東京って。
今、お茶入れるから」
アダムは部屋を見回した。見たことのないものがたくさん。
テレビは岩の様にデカいし、スピーカーが両端についた訳の分からん機械、キノコみたいな電灯も。
タタミの中央を陣取る、布団が生えたテーブルも意味不明。
とりあえず注意深く足を入れてみた。暖かい。
以前聞いたことがあったが、これが“こたつ”なのか。
「はい、どうぞ」
台所から出てきた伊吹は、アダムの前に暖かいお茶を差し出した。いつも飲む人工的な味とは程遠い、どこか落ち着く味。
「熱くない?」
「ええ、大丈夫です」
再びお茶を一口飲む。
それを見て微笑する伊吹。彼の心も体もあったかくなってきた。
「ねえ。お腹すいてない?」
「へ?」
そう言われると、お腹が鳴ってきた。
「用意するわ。飛び入りだから、あり合わせになるけど」
「どうぞお構いなく」
「時間かかるからさ、テレビでも見てて」
そう言われ、アダムはスマホを取り出しテレビに向ける。
が、反応がない。
「あの、リモコンは?」
「あれ?炬燵の上になかったっけ?」
視線を下へ、黒い大きな箱が置いてある。
これが、リモコン!?
確かに数字や文字が書かれたボタンがある。赤いボタンを押すと、テレビが点いた。
大きな箱の中で、極彩色のロボットが敵と戦っている。
「アニメ、好きなの?」
「アニメーションなんて、ディズニー以外初めてだ」
伊吹はクスッと笑った。
「変なの」
ロボットの戦闘シーン、その音の後ろでジューとフライパンが鳴いている。
「はーい。できましたぁ」
彼女が軽快な声と共にお盆に乗った料理を持ってきた。
デミグラスソースのハンバーグ。千切りキャベツと茹でた人参も添えられて。
そこに炊き立てご飯と豚汁。
ハンバーグなんて久しぶりだ。
2048年では、新型ウイルスの蔓延で、豚肉だけでなく肉類は高級食材となっていた。生姜焼きやハムエッグが高級料亭でしか食べられなくなったと言えば、どれだけか想像はつくであろう。農林水産都市の活躍でバイオテクノロジーで出来た肉類が市場に流通しているが、純正の肉類とは味も食感も程遠い。
「おいしそう」
立ち込める湯気に自然と心躍る。
「さあ、冷めないうちに食べて」
そう言われ箸を取り、ハンバーグを一切れ口に運ぶ。純正の肉そのものだ。添えられた人参も、遺伝子組み換えと全く違う。高級料亭の味だ。
この時代では、こんなにも簡単に高級食材が手に入るのか。これが、おふくろの味なのか。
「どうかな?」
アダムは笑顔で答えた。
「とってもおいしいよ」
「良かった。どんどん食べて!」
箸を止めず食事を食べる彼を、伊吹は優しい眼差しで見ていた。