???
「・・・きなさい・・・丈か」
どれくらい寝ていたのか。いや、寝ているってことは、生きているのか?
目を開けると、大木の手前で車が止まっていた。
どうやら突っ込んだのは駐車場で、縁石に乗り上げて事なきを得た。そんなところだろう。
周囲の霧も晴れているみたいだし・・・だが、どうしてだろう?
「赤い光?」
ちらちらと、赤い光が周囲を照らしている。車のテールランプじゃない。
不意に聞こえた、窓ガラスをノックする音で、意識が戻った。
そこには初老の警官。
「君、大丈夫かね?」
おかしい。この街に、人はもういないはず。
「あの・・・どなたですか?」
警官は不審な目で、彼を見た。
「頭でも打ったのかい?」
アダムは状況がわからない。だが
「・・・あれ?」
周りの木々が、さっきより青々としている。
そんな馬鹿な!!
車から降りると、2台のパトカーが後ろに停車し、人も数人。
「どうなっているんだ?」
よく見ると人々が着ている服は、どこか時代遅れで、パトカーも角ばってボンネットからサイドミラーが生えている。
明らかに2048年じゃない。
「まさか・・・タイムスリップ?」
もう一度言おう。そんな馬鹿な!!
古い映画みたいに、車に電流が流れたってか?
「ここは・・・どこ?」
「何を言っているんだ?F市中央公園だよ。
君の車は、ハンドル操作を誤って、テニスコート駐車場に突っ込んだんだ。縁石に乗り上げていたからいいものを、間違えていたら人を轢いていたかもしれないんだぞ」
やはり、ここはF市。
警官は不審な顔をしながら、アダムに聞いた。
「とりあえず、君の名前と住所を教えてもらえる?」
「あ、あの・・・」
恐らく、彼らに言っても通用しない。信じてもらえないだろう。
「言わなくても、車のナンバーで分かるんだよ」
まずい!
ナンバー照会されれば、この車が市役所の車であることがバレる。そこから身元照会されれば、自分は存在しないはずの人間になっちまう。
狼狽するアダム。
そこへ―――
「兄さん!!」
こちらへ走ってきた女性。アダムと同い年くらいの若さで、ショートヘアーと綺麗な黒い瞳が印象的だ。
「大丈夫?だから言ったじゃないの、明日にしなさいって」
「あんた、この人の身内かい?」と警官
「ごめんなさい。兄さん、風邪をひいて具合が悪かったんです。風邪薬を飲んでもよくならないもんだから、自分で運転して病院に」
女性は話を進めるが、何が何だか・・・。
彼女は、アダムの体をさりげなくつついた。演技しろと。
「ええ、そうなんです。
でも、衝突のショックで気付いたら、どうも具合がよくなったみたいで」
警官は、溜息をつき、続ける。
「あかんよ、風邪薬を飲んで運転しちゃ。具合が悪くなったら、救急車を呼びなさい」
「救急車って、有料じゃあ・・・」
「はあ?」
「いえ、何でもありません」
アダムは確信した。ここは、俺の知るF市でも、日本でもない。
2048年には市販薬から副作用は無くなり、イタズラ増加や民間企業参入で救急車は有料になっている。
じゃあ、ここは一体?
「兎に角、今回は見逃すから、帰ってすぐ寝なさい。今、車を引っ張るから」
警官は4WDのウインチをパトカーにつないだ。
縁石から脱出したランドクルーザー。アダムは、その女性を乗せて公園を去る。
しばらくして、女性が話す。
「あなた、ここの人間じゃないわね?どこから来たの?」
「東京だ」
「へえ。どうして、こんな辺鄙な場所に?」
「それより、どうして俺を助けたんだ?」
「困ったときはお互い様。それに、バスを逃しちゃって・・・ここから家まで歩くのは骨が折れるわ」
車はそのまま、住宅街へと向かう。
その光景に、アダムは驚いた。
かつて図書館で見た、昔の住宅街と全く同じなのだ。
塀で囲われた欧州風の住居に、白い団地群。屋根にはソーラーパネルは無い。
「済まん。頭を打ったみたいだ」
「大丈夫?」
「今、何年何月何日だ?」
「え?198X年X月X日でしょ?」
おい、何て言った?198X年?
半世紀以上前じゃないか!?
「あ、ああ。そうだったな」
平然を装い、ラジオを付けた。
もし198X年にいるなら、作動してくれるはず。
ザーというノイズ音の後、ニュースが流れた。
―――次のニュースです。NASA、アメリカ航空宇宙局は、スペースシャトル・ディスカバリー号が無事軌道に乗った事を発表しました。チャレンジャー爆発事故後初となったスペースシャトル打ち上げ成功に宇宙科学界のみならず・・・―――
やはり、ここは2048年じゃない・・・。
あんな時代遅れの飛行機が現役だなんて。
アダムは絶望に浸っていた。これからどうしようか、と。