霧の街、暗転
各駅停車の新幹線でO駅へ、そこからT本線に乗り込んだ。
約1世紀前は国の大動脈として貢献した主力本線も、今では廃止寸前。
動く遺産と言っても過言でない赤い2両のディーゼルカー。その車内の吊り広告には脅し文句。
「皆が乗らないと、残りません・・・か」
アダムが周りを見回しても、乗客は彼だけ。
自分の置かれた状況を恨みながら外を見ていると、いつの間にかK平駅に着いた。
「アナウンスくらい流せよ」
駅にはちゃんと大勢の人がいる。だが、彼らは新幹線のホームに流れ込む。
コンコースの下を除くと、錆びた国鉄時代の機関車が、その体を酷使して貨物車を引きながら走り去っていく。
旧A県R市は、地方都市でも“大規模”な部類に入る。
空きテナントビルが並ぶ駅前には、ちゃんと人がおり、大通りを数台の車と空っぽのLRTが走り去る。
歩いてすぐの役場。2台の窓口マシーンの前には、行列ができていた。
地方役場にあるこのマシーンは、市民の事など全く考えられずに作らている。ATMよりも膨大なタッチパネルの選択肢を選び進めた後は、担当者が出てくるまで最低1時間の待ち時間。
日本電信電話株式会社へ問い合わせる手間と時間の方が、ものすごく楽で簡単に思えてくる。
公務員であるアダムは、そのまま関係者出入り口へ。
中には15人の職員。無論、仕事なんてしていない。ある者は昼寝。ある者はゲーム。ある者は面倒臭そうに、市民に対応する。
アダムは担当者に、F市の視察の旨を伝える。
「F市の視察?ああ、もう?早いね」
「それで―――」
「はい。後は1人でやって。F市の事は分からないし、役場の人間もどこへ行ったのか分からないからさ」
担当者は鼻毛を引き抜きながら、SDカードと車の鍵を渡した。
「あの・・・」
「車は214号車を使って。終わったら、そこらへんに置いておいてよ」
こんなやる気のない人に聞いても、埒が明かない。
アダムは早々に役場を出ると、裏手に駐車していた「214」とナンバリングされた白い2ドア4WDを見つける。
「冗談だろ?」
1986年型トヨタ ランドクルーザー。この時代、見られるのは自動車博物館くらいだと思っていたが。
やかましいエンジン音のするそれに乗り込み、F市へと向かった。
渡されたSDカードには、ニュースを見れば分かる内容だけしか入っていない。
F市はかつて、某大手企業の拠点となる巨大工場があった。しかし21世紀初頭に起きた世界的な不景気で工場の規模が縮小。リストラと事業撤退が進み、やがて人口流出が始まった。
他の企業誘致などを行って、何とか歯止めをかけたものの、2年前に起きた工場群の大規模火災が原因で再び人口流出が始まり、ついに3日前、最後の住人との音信が途絶えたことで、隣接するR市は、F市の自治体消失を中央に伝えたのだ。
国道を走るワンボックス。やがて車の数が減り、ついにアダムの車以外、動くものが見えなくなった。
風景も家が減って、落書きだらけのガソリンスタンドを最後に、自然ばかりに。
その上、どうしたものか霧まで出てきた。
アダムは車のヘッドライトを点ける。
「畜生。何て場所だ・・・」
走り続けると、頭上にF市を表す標識が。
「ようやく着いたか」
その先にオレンジ色の光。トンネルが見えてきた。
ナトリウムランプに照らされた空間を抜けると、車内が揺れ始める。
草の生えたアスファルト。トンネルの出口は障害物で閉ざされていた。
車から降り、その障害物を取り除くアダム。再び乗車した彼は、霧に閉ざされた街を走り回った。
廃車の転がる大通り、幌の破れた商店、窓のない住居、変色したビルの壁面。
国道沿いのスーパーにも、大きなターミナル駅にも、校門を閉ざした小学校にも、もう誰も来ない。
ウイルス感染したゾンビが飛び出してきたってジョークも、ここなら本当になりそう。
だが、アダムは別の事を考えていた。
「もし、この街が生きていたら・・・」
他の人が来たら即答するだろう。そんな事、考えても無駄だ、と。
一通り街中を走り回ったところで、車は湾岸にあるF市工場群にたどり着いた。
焼失した工場がそのまま残され、海にはタグボートが寂しく係留されている。
「これだけの都市が廃墟になるなんて・・・俺が老いる頃には、もっと大きな街が消えるのか」
相変わらず霧に閉ざされた周囲。
調査はほとんど終わった。後は最後の住人の所在を確認するのみだ。
亡くなっていたら、身元確認をして亡骸を葬ってやらねば。
車は港湾地区を離れ、住宅街へ。
両脇に枯れ木並ぶ森林公園を走りぬける。
公園を横断するバイパスとの立体交差に差し掛かった。刹那!
「うおっ!」
橋が崩れ始めた。
アダムはアクセル全開で、橋を渡りきろうとする。
後ろに迫る崩落。落ちれば命は無い。
何とかわたりきったものの、今度はコントロールが利かない。
4WDの車体は柵を突き破り、公園内に突入した。
「もうダメだ!」
生きることを諦めた彼の視界は、静かにフェードアウトしていったのだった。