いつもの通勤風景
―――・・・山市中央公園で、昨日深夜に発生した炊き出し会場での銃乱射事件は、現在までに14名の死者と42人の重軽傷者を出す事態となっており・・・―――
―――・・・も、宇宙戦争も、幻想的な恋模様も思いのまま!インスマス社が開発した、新型リアルホログラフ、「アザトースver2.0.5」は、今までの五感に訴えるシステムだけでなく・・・―――
―――・・・文部省は、公立高校の生徒約20パーセントは、「九九が言えない」、「漢字が書けない」などの深刻な学力低下がみられるという調査報告を発表しました。これに対して・・・―――
―――・・・でした!肉声の歌手が、最新ボーカロイドのトップ3を82週ぶりに崩し、21世紀のJ-POP史に、新たな1ページを刻んだぜ!ミュージックシャンプーTVでは・・・―――
―――・・・新聞社第17回囲碁五目新人杯は、ジャスティン初段の勝利となりました。それではロー先生と共に、この対局を振り返っていきましょう。ジャスティン初段のケイマを利用した3石並べは・・・―――
どれもこれも、退屈だ。
アダムは、肘掛に内蔵されたリモコンを操作し、目の前の画面を切り替える。
耳につけたイヤホンは、備品だが、外の音を完全にシャットアウトしている。
仕事を終え、報告書を片づけた彼らは、名古屋駅から東海道リニアに乗車した。
東京品川行「ひばり」318号。名古屋を出ると、品川駅まで停車しない。
小型旅客機並みに狭い車内に、1人席と2人席の3列構造。車内放送サービスは、全ての座席に装備されているが、ほとんど見向きもされない。手元のスマートフォンをいじくるか、寝るか。
それにしても、40分というのは、どうしてこう長く感じるのだろうか。狭い車内のせいか?乗客の対人距離のせいか?はたまた、今や時代遅れのメディアとなったテレビのせいか・・・。
「面白くもない」
そう呟いたアダムに、目をつぶっていた隣席のスバルが言う。
「大人しくニュースでも見ていろよ」
アダムは、イヤホンを外しながら言う。
「何だって?」
「ニュースでも見とけって」
「バッドニュースの羅列を、ただでさえトンネルを走っていて暗い中で見ろと?
品川に着く前に、鬱になる。
音楽はアンドロイドの歌声だけだし、アニメチャンネルの内容は、見たやつばっか」
「そう言えば、来週金曜日に、また放送するらしいぜ。ポカホンタス」
「半月前も放送してなかったか?これで通算200回ぐらいか?」
「それは、ビアンカの大冒険だな。ポカホンタスは、143回目だ」
「どうでもいい。何か面白い番組ない?」
「無理言うなよ。
インターネットが最先端メディアになって半世紀。テレビはと言えば視聴率が低迷するどころか、表現規制が厳しくなって、民放やケーブルテレビすら、国営放送と大差ないクオリティだ。
そこまで退屈なら、伝道師チャンネルでも見てろよ」
「あんな番組見ている奴、いるのかよ」
「俺の知り合いで、1人な」
「まともな奴じゃ、ないだろ?」
「ああ。チャールズ・マンソンが今でも生きているって、本気で信じている狂信者さ」
「もし生きていたら、ただの妖怪だろ?」
そんな話をしている間に、アナウンスが流れた。
―――間もなく、終点東京品川駅です。どなた様もお忘れ物と、足元にご注意ください。
乗り換え案内は、座席肘掛に記載されていますQRコードを参照ください。
今日も、東海道リニアをご利用いただきまして、ありがとうございました。
車両が完全に停車してから、移動していただくよう、お願いいたします。
続けて、車掌の肉声でのアナウンス。
―――ご案内いたします。
先程、JR渋谷駅前及び新宿歌舞伎町で、大規模な暴動が発生いたしました。
そのため、山手線外回り、埼京線、湘南新宿ラインは運転を見合わせています。
暴動の発生を聞いても、乗客たちに動揺は起きない。むしろ、「またか」とでも言いたげな諦めの表情を浮かべている。
「また暴動か。おかげで、遠回りして帰る事になったよ。
にしても、最近多いな」
「どうやら、不法入国者の新たなグループと失業した若者グループの抗争が起きているらしい。
建設途中で廃墟になった、渋谷駅街区ビルの住処を巡る縄張り争いだそうだが・・・。仕事して、おまんま食っている俺たちには、関係のない話さ。
まあ、俺も同じ方向だから、話し相手はいるぜ。その点、さびしく帰るよりいいだろ?」
「そうか。例のアレか」
気が付くと、列車は車両が数本止まるだけの無人ホームに到着した。
ドアが上へとスライドし、乗客はホームへ一列に歩き始める。その手にはスマートフォン、耳にはイヤホン。下を向き、誰ともぶつからず前へ歩く芸当は、この列車に乗っている全員がサーカス団員であるかのように錯覚しそうな程、正確かつ鮮やか。
それも、その筈。ホーム足元には、LEDライトによるガイドラインが、上りエスカレーターまで伸びているのだから。
エスカレーターを上ると、まるで国際空港のような風景が広がる。
下りエスカレーターの前には、アテンダントのいるボックス。その前で、乗客たちが列車への乗車を待っていた。
―――お待たせいたしました。只今より、18時37分発「ふじ」113号新大阪行きの乗車手続を開始いたします。足元のガイドラインに従って、お並びください。この列車は、新大阪までの各駅に停まります。尚、途中の奈良生駒駅で・・・―――
アナウンスが響き、待合室に座っていた乗客が、下を向いたまま移動し始めた。これまた足元で光り始めたLEDライトのために。
手持ちのスマートフォンをボックスの光る部分にかざし、次々と地下へ。
スマホのながら歩きは、かつて大きな社会問題となった。しかし、衝突防止のアプリやガイドラインの敷設によって、今ではながら歩きが主流の社会となった。
それによって、駅の天井や壁から、案内標識が消えた。
足元の液晶パネルと専用アプリが、その役割を担っている。
アダムの足元でも、「東口改札」や「山手線ホーム」といった文字や記号が、水槽の中の熱帯魚の如く浮遊している。
人々は、ガイドラインに沿って、列を成して歩いている。
等間隔に、同じスピードで。
しかし、アダムはこの日常が嫌いで仕方ない。
彼は液晶を長時間見ると目が痛くなるという、この時代の人間にしてみれば珍しい人種だった。
歩くときはスマートフォンを見ないし、イヤホンもしない。
ただ、頭で考え、等間隔に歩いている。周りの人間は、彼の様子など知りもしない。
(まるで歩兵みたいだ。いつ見ても、反吐が出る)
やっと地上に出ると、周囲のビル街はやや薄暗い。夜間節電令、高層ビルでも空きテナントが目立つご時世のせいか。
遠くで爆音がする。距離からして新宿だ。過激派が、爆弾を使ったみたいだ。
その方向を見る人もいるが、すぐに画面へ目線を戻す。
山手線ホームでは、外回り電車の運転見合わせの知らせを、延々とがなっている。そうでもしないと、聞こえないからだ。逆にイヤホンなしで普通に聞こえる声で放送したら、「利用者にやさしくない」と苦情が来る。
音に耐えられずアダムがイヤホンをした時、ホームに電車が流れ込んできた。
正面上部だけ緑に塗装された、往年の京王井の頭線車両を彷彿とさせるステンレスカー。
ホームドアで車体が隠されているので、路線カラーを示せる方法はこれしかない。
並走して、同じ車両が駅に入ってきた。こちらは上部を水色に塗装した京浜東北線だ。
正確にドアの位置で停車すると、ホームドア、車両ドアの順に開かれ、これまた列を成して乗客が降りてくる。
正確に操作され、誰ともぶつかることなく乗降する乗客たち。
アダムらが乗り込んだのは、最後尾の車両。運転台から開けた車窓が見えるが、車掌はいない。
ドアの扱いは、運転手が駅のカメラとリンクしたモニターを見ながら行っている。所謂、都市型ワンマンという扱い。
ドアが閉まり、電車が動き出した。
依然として、スバルはスマートフォンでゲームをしている。
話し相手にもならない。彼の両手の動作を見ていても退屈なだけ。
アダムは、車窓を眺めることとした。
広告が一切なく、座席と吊り手、手すり、LEDの電光表示だけの殺風景な車内は、彼にとって拷問そのものだからだ。