24 years ago・・・
今から24年前。西暦2014年。
ある機関から、衝撃のニュースが流れた。
2040年、若年女性の流出によって、全国896市町村が消滅するかもしれないという試算が、はじき出されたというのだ。
無論、単に見れば試算に過ぎない。だが、21世紀に入り日本の少子高齢化問題は、その深刻さを増しながら進行していたこともあり、一層、この試算が現実味を帯びていった。
地方からの人口流出を防ぐため、政府、地方自治体は、あれやこれやと手を打った。
豪華特典付きふるさと納税、農地移住奨励、インフラ設備の増強・・・。
だが、どれもこれも、圧倒的な起爆剤となるほどには至らなかった。
一方で、人口の大量流入が続く首都・東京では、問題が起き始めていた。
国の威信をかけたスポーツの祭典、東京オリンピックが2年後に控えていたのだが、作業員の不足により会場建設や、各種インフラ整備が間に合わず開催が危ぶまれていた。土木関係に従事できる体力的に強く若い人材が、ほとんどいなかったのだ。
政府は、以前から提案されていた「外国人移住者の無差別容認」を限定解除。同時に人口減少の歯止めとなる事も期待した。
開催半年前には、全ての施設の建立が完了し、オリンピックは無事開催された。
しかし、土木バブルの急速な冷え込みによって、多くの外国人労働者が馘首された。さらにオリンピックのどさくさで不法入国した移住者。彼らが、都内各所にスラムを形成。東京の治安、環境は最悪の一途をたどり、巻き返していた景気が後退の兆しを見せ始めて。
日本政府の対応は、そちらの解決策に重きを置く事態となった。
それから約10年。事態は、何も変わらなかった。否、むしろ最悪になったかもしれない。
2014年の試算は、それより早いペースで現実のものとなってしまった。震災で被害を受けた東北地方を皮切りに、住民のいない町が次々とできあがってしまった。
若者は、医療も行政も交通もカツカツとなった地方を出ていった。
では、都市は?
オリンピック後の“東京スラム問題”は、外国人移住者を名古屋、大阪に分割する方針に打って出た。
特に中京工業地帯の中心、名古屋に多くの人が送られた。それによる景気回復を期待しての方針だった。
景気は確かに回復した。だが、各大都市でもスラムが形成され始めた。
政府は責任を取り、内閣総辞職を敢行したが、それは「逃げ」に他ならなかった。
その間にも、国内では問題が山積み。
特に超高齢者社会対策、人口増加と環境問題による食糧危機は、国内でも由々しき事態となっていた。
2038年、これらの問題を解決させるため、日本国内の科学者、有識者を集め、あるプロジェクトが始まったのである・・・。
現在。旧S県K本町。
この街は、半年前に最後の住人が死亡した。
アダムたちがいるショッピングセンターチェーンも、郊外への過剰出店で約3年前に経営破たんしている。
テールローター機が降ろした3つのコンテナ。港に置かれているものよりも、はるかに大きい。
「OKです」
ココアがスマホを使って、ヘリと交信をしていた。
「さて、アダム君。始めて」
彼は、手元のタブレットを動かす。
「ゲートオープン」
コンテナの扉が開き、出てきたのは・・・人間サイズの巨大昆虫だ。
「いつ見ても、気味が悪いぜ」
「そう言うなよ、スバル」
オレンジ色の頭部に三つ編み状の触角、6本の足が支える白い体を持つそれは、黒い顎をせわしなく動かしている。
日本人なら、否、誰でも小さい状態なら、見たことある昆虫だ。
学名をCoptotermes formosanus。節足動物門昆虫網シロアリ目ミゾガシラシロアリ科に分類される人類の天敵。そう、イエシロアリ。
3匹はコンテナから出ると、その場に整列した。
4人が見守る中、アダムは、せわしくタブレットをタップしたり、スライドさせたりしている。
「プログラミング完了。所要時間約27分。
警報を、お願いします」
ユウスケが、小型車の無線を引っ張る。
「町役場班。警報を流し、その場から退避せよ」
―――了解
すると、防災無線が甲高いサイレンを流し始めた。
同時に、プログラミングされた片言の放送が聞こえてくる。
―――マもなく シロアリ業者にヨる 造成作業が 開始さレます。
該当地区に残ッテいる住民ハ 直ちニ避難してくダサイ。 繰り返しマス―――
5分間の放送が終わり、サイレンが鳴りやんだ。
「造成開始!」
アダムのタブレットから、シロアリに指示が出され、巨体がゆっくりと動き始めた。
その様は、まるで戦車だ。
「C-28は北部区域、C-04は南部区域、C-31はショッピングモール跡地及び、O鉄道K本町駅周辺へ向かえ」
言葉では言っているが、あくまで周囲の人間に聞かせるため。
操作は全て、アダムのタブレットで行われている。
C-31と呼称されたシロアリは、スバルたちの前を横切り、ショッピングセンターへと向かっていく。
ガラス張りの正面玄関へ到達した時、シロアリは顎をカッと開き、建物へと突っ込んでいく。
建物が崩れ、ガラスが割れる音と土煙、シロアリの体は、その中へ消えていった。
瞬く間にに土煙は、建物の至る所から噴き出し、轟音が耳を劈く。
「おいおい。大丈夫かよ」
心配そうに、ユウスケが聞いてくる。
「大丈夫です。あれだけの崩壊で死ぬほど、ヤワにはできていませんから」
その言葉は、真実だった。
10分後、土煙は止んだ。
現れたのは、シロアリ1匹。それまで鎮座していたショッピングセンターはガレキ一片、ガラス1枚も残さずに消滅してしまった。
シロアリが、食べてしまったのだ。
「な・・・あれだけの巨大建築を、たった10分で?」
「ユウスケさん。これが、あいつらの実力ですよ」
要塞を取り壊した白い巨体は、向きを変え、地元ローカル線の駅へと向かい始めた。
「行くぞ、アダム」
「ああ」
スバルに呼ばれ、アダムは小型車の1台に乗車し、シロアリの後を追った。
駅のすぐ先には、川が流れており、対岸には旧S田市がある。
ここは人口密集地であるため、シロアリが進入したら一大事である。
その監視のためである。
シロアリの通過した後は、一面更地となり、道路区画がかろうじて、そこに住宅地があったことを証明していた。
その時、ユウスケから無線が入った。
―――今、2体が戻ってきた。
「了解」
スバルが答えた。
―――O鉄道か・・・懐かしいな。
不意に、ユウスケが話し始めた。
「おいおいオッサン。まだ、昔話をするには若すぎるだろ?」
―――いや。もう年だよ。
子供の頃、親父と一緒に、O鉄道に乗ったことがあってな。
「そう言えばユウスケさんって、旧S県の出身でしたよね?」とアダム
―――ああ。夏休みには、SLに乗ってな。沿線の澄んだ川と、新緑の茶畑。大人の言う日本の原風景ってのは、こういう事なんだって、実感したさね。
「SLって、何?」
「知らないのか?スバル」
「SLで浮かぶのは、ファストフードのサイズぐらいだよ。スペシャルラージ、肥満専用サイズ?」
「列車の事だよ、スチームロコモーション。石炭を燃やして―――」
すると、スバルが笑った。
「石炭?あんな黒飴みたいなんで走る列車があるのかよ」
「今から、1世紀前にはね」
「つか、石炭なんて、博物館以外で見たことないぜ」
「ああ。中国の採掘場を最後に、石炭は姿を消しちまったからな」
そんな話をするうちに、車は駅へと着いた。
古ぼけた駅舎は、閉じられずに解放されている。
構内は草が生い茂り、錆びた赤い小さな列車が多数停車している。脇に追いやられている数多の電車や機関車も風化していて、廃車以外の運命は見当たらない。
アダムは、本線を塞いでいる車両を指差した。
「あれが、SLさ」
「あの黒い塊がか?・・・C11。何だ、あれにもシロアリみたいに区分があるのかよ」
「動かなくても、それだけで価値があるのに。これも食われちまうのか」
「上流のダムへ物資を運ぶ、貨物線の基地になるんだ。あれをどかさないとな。
それよりさ、あの黒いのって、どれくらいの金になるんだ?」
また始まった。スバルの金の話。
アダムは、話題を変えた。
「なあ、人の持つ原風景って、なんだろう?」
「どうした。急に」
「俺はな昔、学校の図書館で、ある図鑑を見たんだ。子供の頃ながら、どうしてか今でも、その図鑑の写真を思い出すと懐かしいって思うんだ。
でも、それは澄んだ川でも、新緑の茶畑でもないんだ」
「じゃあ、何だよ」
「街の写真・・・今から半世紀以上前の」
「そう・・・か。
いや、俺も同じもんさ。遠くにそびえる新宿のビル群を見ると、どうしてか懐かしくなっちまう」
「もし、原風景と定義するものが、人々が心の中に持つ桃源郷と同じだったとするならば、俺たちはおかしいのかな?
先人は、自然豊かな風景を原風景と言い、桃源郷にも似たような風景を求めた。
でも、俺たちは古いビルや、角ばった車が走る道路を懐かしいと思う」
「アダムよ。そいつは仕方がない事じゃないか?
北海道だって、ほとんどが工場か、農林水産都市になっちまっているし、東京の大きな公園は、全部スラム街だ。
自然なんて、ホログラフか温室でしか見れないんだから」
「そうだとしたら、俺たちは世界で一番、可哀想な人種なのかもしれない。
アメリカも、内陸部の都市化が進んだが、それでも自然は手の届く場所に残っていた。大学のルームメイトに聞いてみると、原風景はロスやNYじゃない。家族と行った国立公園や、サマーキャンプさ。
・・・いままで、こういう話をしてきたけど、これだけは分からないんだ。
俺にとっての桃源郷って、何なのか」
その傍で、大きな音が響いた。
シロアリの巨大な顎が、SLを掴み、持ち上げた。
鋼鉄製の車体が、ひしゃげていた。
「C-31が、C11を食べる・・・か。まるで、共食いだ」
駅構内に進入し、錆びた電車を食べている合間に、2人は駅を脱出し、安全な場所へと移動した。
いつの間にか、駅は線路とプラットフォームを残して消滅し、シロアリは駅前地区を平らげると、元来た道を引き返していった。
「さあ、戻るか。これから、報告書も書かなきゃならんのだから」
「そうだな」
アダムは、タブレットを操作し、無線を取った。
「こちらアダム。エリア3-218の造成を終了。
これから撤退する。
尚、国道1号で待機中の建設班に、進入許可を」
国家プロジェクト・・・それは、バイオテクノロジーで巨大化させたイエシロアリに、ある企業が作った特殊コントロール回路を取り付け操作し、廃墟と化した集落を食べさせる。その跡地に行政指定の開発都市を建立する、前代未聞の国家区画造成開拓事業だった。
鉄筋コンクリートの家すら破壊し、広範囲を活動する行動力と、社会性規範を持つ彼らに、生物学者が注目。当時最先端の技術を結集。ブルドーザーの何十倍の働きを短時間で済ませ、後にはガレキすら残さない巨大シロアリは、日本の未来を担う救世主と呼ばれた。
そのシロアリを作った人物の1人こそ、当時少年であったアダム。
若干14歳で、MITを卒業した天才神童。
造成開拓を担う作業員メンバー、通称“シロアリ業者”に加わったのも、彼の意志あっての事だった。
コンテナに戻った3匹のシロアリは、再びテールローター機に吊るされ、西へと飛び去った。
旧A県N久手市にある万博公園跡地に、シロアリを管理する“巣”があるのだ。
4人は、飛び去る機体を確認すると、同じ方向へと車を走らせた。