仕事
―――SF・・・つまり、サイエンス・フィクションって事かい?
―――いや、少し・・・すぐ先の未来(Future)かもしれないな。
「ある読者と作者の会話」
曇天の空の下、それは要塞の如く鎮座していた。
ガラス張りの横長の巨大な建物は、自然豊かな周囲の景観に全く馴染めていないし、そのくせ出入り口はたったの3つ。
だが、この建物は軍事施設でも、華やかなコンサート会場でもない。今や見慣れた、地方のショッピングモールだ。
週末も年始年末も関係なく人と車であふれかえるはずのココは、沈黙に包まれていた。
外に表示されていたテナント看板は白く塗られ、ガラスは割れ放題、クリーム色の壁も酸性雨の影響で黒ずんでいる。
開店当時、周辺住民が所有する台数の5倍の車が収容できるとうたっていた駐車場は、コンクリートを割って雑草が生命力の強さを誇張していた。
中もひどいものだ。全ての店舗にシャッターが下りたその様は、場末の駅前商店街よりも息苦しく暗い。めくれた絨毯を歩く者も、錆びついたカートを押す者もおらず、黴臭さと埃がフロアを自由に散策していた。
もう、ここに人間はいない。否、1人の男が大理石の床を鳴らして歩いている。
防塵マスクとメガネをかけたツナギの若者は、煌煌と光るタブレットを片手に周囲を見回している。
彼の視界に、破損したシャッターが入る。
近づくと、タブレットを操作し、反対側に装備されているライトを作動させ、中を覗いた。
棚が無残にも転がり、首のもげたマネキンから、そこがかつて洋服屋であることがわかった。
「どうやら“居住者”はいないみたいだな」
男はライトを消すと、エスカレーターを歩いて上へ。
そこは、立体駐車場。
鉄骨が夜露と雨で腐食しており、一部は崩壊している。
そこにぽつんと置き土産の様に、車が1台停まっていた。
半世紀以上前に放送された刑事ドラマで主人公が乗り回し、一躍有名になった車両。彼にはそれくらいの知識が限界だった。というより、この時代に、こんなに若い彼が、車やテレビについて興味を持っていたことが奇跡ともいえる。
2つあるドアは何処へ。ホイール剥き出し、赤茶けた車体は寂しそうに主人の帰りを待っているようだった。
「惜しいな。完全な姿だったら、家一軒は建つくらいの値段がするのに。
・・・こいつもエサになっちまうのか」
その時、タブレットに人物の顔が写った。
彼と同じくらいの若い男。
「おい、何やってるんだ!さっさと降りて来い。
誰もいなかったんなら、とっとと始めようや。お前しか、ヤツを操れないんだからな」
「ああ、すぐ行くよ」
彼は、タブレットを脇に抱えると、小走りでその場を後にする。
外の駐車場には、ツナギを着た数人と、2台の小型自動車。背後には生活感の消え去った住宅地が広がる。
先程、タブレットに映った男が、笑みを浮かべながら彼を迎える。
「どうだ?」
「居住者無し。そちらは?」
男の傍にいた、30代くらいの女性が話す。
「問題無し。後はアレが来るのを待つだけ」
空を見上げ、彼は言う。
「まだ、来ていないんですか?」
「ナゴヤ支局が空輸中よ。連絡によると、もうすぐ到着するって」
「そうですか・・・それより、今日の戦利品は?
だから、そんなに嬉しそうなんだろ?」
彼は、男に言った。
「ある家の、屋根裏から出てきたんだ」
懐から現れたのは、ブルーレイディスク。
パッケージの表紙には、笑顔の制服少女。
その髪、瞳の色は、人間とは思えない緑やピンク。
「まさか、アニメか?
止めとけ。そんなもん持っていたら、下手したら一生牢獄だぞ!」
「だけど、ここまで綺麗に残っていたんだ。
ヤミイチで売ったら、すげぇ値段になることは間違いない!
解雇された時に備えて、財を貯えないとな。
いくら国営事業だからって、安泰とは限らんし」
「なっ・・・」
何かを言い出したが、彼は投げ捨てた。
「オーライ。好きにしなよ、スバル」
「おいおい。つれないな」
その男、昴流は言った。
「確かに、ヤミイチに関わるのは、危険かもね」
「そんな・・・ココア先輩まで?」
横から口を出した女性、心愛。
「そんな事より、遅いわね。
アレは、いつ来るのかしら?」
スマートフォンの時計を見て、心愛は呟く。
「さっき、連絡が来た」
「ああ、ユースケ班長」
60代くらいの初老の男、裕輔。
慣れた手つきで、タブレットをいじる。
「もうすぐだ。待ってろ」
「はい」
「昴流」
「?」
「我々は、国営企業の従業員。つまりは、公務員だ。言っていることは分かるな」
「そんな・・・班長!」
昴流の顔が、引きつった。
「密告はせんよ。
国に努める以上、法は守らなければならん。だが、あの“アニメ規制法”は、どうしても気に食わんのだ。
私は見なかったことにするから、これからは、危ない橋を渡るんじゃないぞ」
そう言われ、昴流は表情を緩め、頭を下げた。
「本当は、こんな国にしちまった、俺たち・・・先代達に非があるのにな。
いつの時代も、ツケを支払うのは、その先の若い世代だ」
「・・・来たようですよ」
心愛が指を差した方向。
灰色の空。黒い点のようなものが、こちらに向かってくる。
それは、3機のティルトローター機。
かつて世界を驚かせ、日本で物議をかもした、オスプレイの日本国産後継機である。
自衛隊に配備され、早数十年。今ではその安全性も確立され、民間にも広がりつつある。
その機体の下には、灰色のコンテナが吊り下がっている。
腕を鳴らし、昴流は言った。
「さて、これからが“シロアリ業者”の出番だ。
しっかりと頼むぜ、創造主さんよ」
「やめてくれよ。そう呼ぶのは。
嫌いなんだ・・・呼び方も、自分の名前も」
彼は言った。
その彼の名前は、男。
彼のタブレットに、メッセージが浮かぶ。
―国家区画造成開拓事業 エリア3-218
旧都道府県区分 S県K本町
執行開始に伴う許可願い及び“シロアリ”操作権移行願
慣れた手つきでタブレットをタッチし、同意ボタンを押した。
「始めましょうか?」
時は、西暦2048年 日本
21世紀も折り返し地点に迫っていた。