帰り道、公園、カーテン。
「わりぃ! 部活で遅れた。」
放課後、いつもの場所に現れた彼は焦ったように声をあげた。
「別にそんなに待ってないよ。それじゃあ、帰ろっか?」
「ああ、そうだな……。」
校舎が夕陽でオレンジになる頃。校門の前で私は彼と毎日待ち合わせている。
別に、私は彼と付き合ってる訳ではない。
告白出来る勇気でもあったら良いのだが、生憎そんなものは私には無い。
いっそ彼から告白してくれれば気が楽なのだが、それも望み薄だ。
どうやら彼にとって私は、ただの幼馴染に他ならないらしい。
つまり今の私にできるのは、毎日一緒に過ごす事による他の女子への威嚇、くらいに留まる事になる。
いや、情けない事も、このままじゃいけない事も分かってはいるんだけど……。
このいつも通り、って感覚が心地良過ぎてついつい先延ばしにしちゃったというか……。
実際、こうして二人で帰れるのは嬉しいし、楽しい。
他愛の無い会話も、ふざけた受け答えも、彼の笑顔も、全部が大切な宝物だった。
……告白したところでこの関係はきっと変わらない。
彼は私の幼馴染であり、私は彼の幼馴染なのだから。それだけは絶対に変わらないはずだ。
分かってはいるんだけど、……どうにもね。
◇◆◇◆◇
私は、彼の事が好きだ。
小学生の時も、中学生の時も、高校生になった今でも。
ずっと彼と一緒にいて、ずっと変わらない想いがあった。
放課後に一緒に帰れること、それがどんな時間よりも大切だった。
でも、それと同じくらいに彼女の事も大切だったのだ。
小学生の頃はどんな時も三人一緒だったはずなのに、いつの間にか彼女はいなくなっていて、気が付けば私は彼と二人になっていた。
どんなに好きでも、彼に想いを伝えられないのは、 もしかしたらそれも関係しているのかもしれない。
……なんて、勇気の無さを彼女のせいしてはいけないか。
彼女も、かつては彼の事が好きだった。だからこそ小学生らしい争いも何度かあった。
それは高校生になっても、色褪せない思い出。これからも忘れられない記憶だ。
彼女は小学生の最後に引っ越しただけ。それ以来連絡は取れていないけれど、別に死別したわけじゃない。きっといつかまた、この街に戻ってくるだろう。
その頃には、彼女は彼の事なんてどうとも想っていないだろうけど、それまでは私が彼を見ていよう。
そう、勝手に一人で決めていたのだった。
◇◆◇◆◇
……彼との時間は驚くほどに早く過ぎて行く。
毎日の別れは公園の前だ。
「んーじゃ。また明日なー。」
「うん。また明日。」
いつも通りの別れの言葉。この場所で二人は別々の帰路につく。
そして、いつもの私ならすぐに家に帰るのだが、今日は違った。
今日の会話で、昔の事を思い出してしまったのだ。
「……昔は、この公園で良く遊んだなあ……。」
今はもうそんな事は無い。こうして昔を思い返す時に利用する程度になってしまった。
あの頃から今まで、長い時間を過ごした気がする。
その頃の私はわんぱく盛りで、彼はいたずらが大好きだった。拠点はこの公園のすべり台で。
「……あの頃は、あの子もいたっけ。」
いつも、私たちを見ていた彼女。
それを見かねて、私がむりやり仲間に引き込んだんだっけ。
それからはいつも三人一緒だった。小学生の終わりに彼女が引っ越すまでは。
「………あ。」
気付けば周りが真っ暗だ。外灯が暗く道を照らしている。
思ったより時間を使ってしまったらしい。早く帰らなくてはお母さんに怒られてしまう。
女の子がこんな時間まで外で何しとるかー!
……って感じに。
小走りしながら公園の出口を通った時、
「………?」
ふと、視線を感じた。
その方向には、彼女の家が……いや。家だった所がある。今は違う人が住んでいたような、いなかったような。
「……まあ、気のせいでしょ。」
昔を思い出したせいで、そこに彼女がいるような錯覚を覚えたのだろう。そうに違いない。
「って、そんな場合じゃなかった。早く家に帰らないと……。」
私はすぐに公園から去った。
……気付くはず、無かったのだ。
彼女のものだった部屋の、カーテンの奥。
そこから私を見つめている赤い眼の事なんて……。
◇◆◇◆◇
どうして?
どうして。わたしは、そばにはいられないの?
どうして? こんなにおもっているのに。こんなにすきなのに。こんなにあいしているのに。
どうして。どうして、わたしはそばにいられない?
どうして、わたしだけあんなめにあわなくちゃいけなかったの?
どうして、わたしだけこんなからだになってしまったの?
どうして。どうして……どうして?
わるいのは、だれ?
わるいのは……かのじょ。
わるいのはぜんぶ、かのじょ。
かのじょのせい。ぜんぶ、かのじょのせい。
かのじょがいなければ。かのじょさえいなければ。
……そう。そうだ。
彼女さえ、この世にいなければ。