王都の地下にあるモノは
「ふむ……」
「こりゃまた結構な年代物だべなぁ」
黴臭い、石造りの地下通路に2人は立っていた。
宮廷魔術師ヨハンは茶色のローブから取り出した地図を手にし、長い銀髪の女騎士コルネリアはカンテラを掲げている。
ここは王城の地下、緊急脱出用の秘密通路である。
「それなりに広いが、軍が入るには少々手狭だな」
コルネリアが通路を見渡す。
幅も高さも2メルトほどだろうか。
小柄なヨハン、平均女性よりはやや高めだがそれでもまあ、コルネリアなら歩くのには支障はない。
ただ、剣は振るえないだろうし、隊列も縦列以外組めないだろう。
さらに言えば、通路の先は闇で、当然ランタンがなければ進む事は困難だ。
「ここは、王家の緊急避難用通路だべ? 武器なんて振り回されては、困るだよ。王様達もそれなりに護身は学んでいるとは言え、軍人には敵わねえべな」
「それも道理か。ところでヨハン」
「は、何だべな、コルネリア様」
「心細いので、手を繋ごう」
真顔で言うコルネリアである。
「メチャクチャ平然としてるべ!?」
「そんな事はないぞ。ほら、足はガクガク顔も青ざめている。何なら確かめてもいいぞ。まずは顔か」
微動だにしないまま、コルネリアは平然と大嘘をついていた。
「いやいやいや、必要ねえべ!? それに地図の書き込みせねばならねぇから、残念ながら手は繋げられねえだ」
「そうか、残念か」
コルネリアの声が、少し浮き立つ。
「反応するのは、まずそこだか……」
「仕方がない。せめてローブの端だけでも掴んでおこう」
「……まあ、それぐらいなら別にええべな」
前にヨハン、その後ろにコルネリアという列で進む。
本来騎士であるコルネリアが前に立つべきなのだろうが、今回彼女の仕事はヨハンの手伝いである。
それにヨハンは宮廷魔術師といっても、それなりに身を守る術も持っている。
本気で危険な時は、前後を切り替えるだろうが、おそらくその必要はないだろう、というのがヨハンの見立てであった。
「今回の仕事は、とりあえずちゃんと外に出られるかどうかの確認だったか」
石畳を歩きながら、コルネリアが問う。
「だべ。必死に逃げた挙句、出口なしなんて絶望的な状況になっては困るべな」
「ま! そうなる前にやっつける、否それ以前にそういう自体にならないのが一番なのだがな」
「外交っちゅー奴だなや」
「うん。そういうのは文官の仕事だ。私達騎士団の務めではないけれどな。おっと、人骨が」
ランタンが、2人の前に転がっている頭蓋骨を照らしていた。
他に肋骨や小さな骨も残っている。
「という事は、実際使われた事はあるんだべ」
人の死体がある、という事はそういう事だ。
「そうだな。今は平和だが、昔は何度か内乱や御家騒動が――」
コルネリアが、何かに気がついたかのように言葉を切った。
「どしたべ、コルネリア様!」
尋常ではない様子に、思わずヨハンは振り返った。
コルネリアは、顔に手を当て呻き声を上げていた。
「迂闊……! 普通、こういう時、女の子なら悲鳴を上げてしがみつくタイミングではないか……!」
「うん、コルネリア様、自分が非凡っていう自覚を持つべきだべ」
この地図丸めて、頭叩いてやるべきだべか……と本気で悩むヨハンであった。
いくつかの曲がり角を進み、やがて2人はやや大きめの部屋に出た。
なお、間違った通路を進むと、罠が待っているらしい。
こちらの調査は別の人間が後日行なうそうで、2人の仕事はとにかく出口に辿り着くことだ。
「ぬ」
奥にはさらに先へ続く通路、部屋の右手には鉄柵があった。
コルネリアがそちらを照らすと、中の様子が明らかになった。
「これは……牢屋だべか。それにしては、ずいぶんと……」
「うん、整えられているな。おお、人骨」
牢屋の中には、ちゃんとした家具が持ち込まれていた。
ベッドに机、食器棚、クローゼットに本棚。
すっかりボロボロになっているが、床には絨毯まで敷かれている。
壁には灯り用の蝋燭立が設置されているが、もちろん灯りは点いていない。
ベッドには手を組んで横たわる、白骨死体があった。
当然、服も大分、劣化している。
そして。
「……嬉々として、しがみついてきたべな」
ギュッと、ヨハンの首根っこに抱きつくコルネリアであった。
「私はチャンスを逃がす女ではないからな。それよりも彼は何者だろう」
「服装からして、おそらく高貴な血筋の人だべ。んんー……」
「監禁と言うよりも軟禁生活を送っていたかのようだな」
牢の鍵は掛かっていなかったので、2人は中に入ってみた。
大体4メルト四方といった所か。
天井の高さは、これまでの通路と大差ない。
部屋を見渡し終えたヨハンは、机の上に開かれっぱなしになったノートに気がついた。
どうやら部屋の主の手記のようだ。
「ふむ」
当然ノートも相当劣化しており、下手に扱うとボロボロと崩れてしまいそうだ。
ノートは木の皮を加工したモノのようだったので、ヨハンは気をつけながら、保存の魔術を掛けてみた。
土と木の魔術が得意な、ヨハンである。
丈夫になったノートをめくり、一気に目を通していく。
「何か分かったか、ヨハン」
ノートを閉じ、ヨハンはコルネリアに振り返った。
「んだ。そこの人は、今の陛下から五代ぐらい前の王族だべな。王位継承争いに敗れた王弟殿下のようだなや。クーデターを企てた罰として、ここに囚われる事になったという話だべ」
名前はディートヘルムというらしい。
「こちらも、迂闊に触ると崩れ落ちそうだな」
コルネリアはベッドに横たわるディートヘルムを見下ろす。
「んだ。その辺りは地上に戻ったら、学者の人達を派遣するべ。それから多分、すぐ近くに出口があるだよ」
「分かるぞ。身の回りの世話を考えると、遠いと困るからだな」
コルネリアが察しのいい所を見せた。
「んだ」
「それにしたって、ずっとこんな窓も何もない所にいたら、狂気に囚われそうだな」
閉所恐怖症なら、ひとたまりもないだろう。
「日が昇ってるのか沈んでるのかすら、分からねえべ。とはいえ、手記の類はまともだべ」
ヨハンの調査は、本棚に移っていた。
様々な研究書の他、自分で書いた手記の類が1つ所にまとめられていた。
それらにも、ヨハンは保存の魔術を掛けた。
「読めるか、ヨハン」
「んんー、まあ読めない事もねえべ。こんな事になるなら平民に生まれたかったとか、来世では兄弟仲良くとか、大体後悔じみた事ばかり連ねてるだな」
コルネリアも、手記の1つを手に取り、パラパラパラ……とめくっていく。
「うむ、読んだらちょっとへこみそうだな。む、これは……」
彼女は何かを発見したようだ。
「お?」
「これは……何だ? 木製細工の鳥のようだが……」
コルネリアが屈み、ヨハンに開いた書を見せた。
中にはペンで描いたものだろう、木で出来た鳥の模型のようなモノが描かれていた。
他に、部品を説明するように細かい覚え書きも付け加えられている。
「それは、空を飛ぶ機械のようだべ」
「飛ぶのか、これが!?」
ヨハンはコルネリアからその書を借り、机の上でめくっていった。
「こっちは甲冑で全身を覆って大砲を備えた馬車、靴にローラーをくっつけたモノ、これは銃の原型だべ。それも光を放つ」
「光魔術とは違うのか」
光系の魔術で、そういうモノはある。
貫通力があり、しかも速いので回避が困難な魔術だ。欠点は、魔力の消費が激しいという点である。
「光魔術は魔術師にしか使えねえべ。この……光線銃とでもいうべき武器は、反動も大きな音も硝煙の匂いもしないすごいモノだよ。しかも、誰でも使えるべ。もっとも材料がないから、この人が生きていた時代では制作出来なかったようだべな」
「今なら出来るのか?」
「んー……材料はないべ。ただ、錬金術師と相談すれば、再現出来るかもしれないべな」
「む、この置物は何だろう?」
書物をヨハンに任せていたコルネリアだったが、本棚の上に置物があるのに気がついた。
一言で言えば、手の模型だ。
広げた掌を上向きに、手首と肘の中程で土台となっている。
「あ、コルネリア様、迂闊に触るのはよくないべ」
「心配するな。そんな無様はしない。ただ、そっちの手記に載ってはいないのか?」
壊さないように気をつけながら、コルネリアはそれを下ろし、机に置いた。
青銅製だろうか?
「んんー……お、あった。人の適正を見極める道具ともいうべきものだなや。ほれ、冒険者組合にあるべ?」
「ああ、あの戦士に向いてるとか、魔術師になれるとか分かる」
ヨハンもコルネリアも知っていたが、それは確か水晶球だったはずだ。
この手の模型は、その手と掌を重ねることで発動し、適正を占めす光の文字が展開するのだという。
「んだんだ。このディートヘルムって人、どうやらホントにすごい人だったみたいだなや。思想的にも進んでいたというか、ほら、オラ達も貴族の子は貴族だし、平民の子は平民だべ?」
「そうだな。まあ、三男坊とかになると、外に放逐されて冒険者やならず者になったりもするが……」
「職業選択の自由というのを、考えていたようだべな。つまり適正を見極め、その人に合った就職を斡旋する。そういう施設の設立とか。ある意味、現在の冒険者組合は、それに近いべ」
「……それはおそらく、この人が血に縛られていたからこそ、なのだろうな」
「だべな。他にも、天文学や生物学にも詳しいみたいだべ」
それからふと、ヨハンは机の上の置物に視線を戻した。
コルネリアも、それを見つめている。
「この道具、本人は使ったのだろうか」
「んー、書いてないべな。でもきっとこの人は学者になりたかったと思うべ」
「そしておそらく奇人変人の類であっただろうな」
「……だべなぁ」
牢獄の調査を終え、2人は探索に戻った。
途中いくつかの障害はあったが、特に怪我らしい怪我もせず、王都郊外の森に出ることが出来た。
カレリア国の王城で、ヨハン達は国王に調査の結果を報告した。
もちろん、ディートヘルムの牢獄に関してもである。
「なるほど、2人ともご苦労だったな。顔を上げよ。そして今日はゆっくりと休むがよい」
「ありがとうございますだ」
膝をついていた態勢から立ち上がり、ヨハンは改めて国王に頭を下げた。
「発見されたディートヘルムと、その牢獄に関しては、宮廷学者の調査団を後日編成しよう。その時の道案内は頼むぞ」
「は」
と、コルネリアが返事をする。
「それで、褒美はどうしたものかな」
国王は顎を撫で、ヨハン達に尋ねた。
もちろん報酬は出されるのだが、王族の遺体の発見は予想外だったのだろう。
「あ、オラは出来れば発見した手記の研究に参加したいだ」
「そんなモノで良いのか? ふむ……だがまあ、そういう事なら発見者であるヨハンに優先権があるように、伝えておこう」
「ありがとうございますだ!」
国王の顔が、コルネリアに向けられる。
「コルネリアは、どうする?」
「休暇を頂きたく思います」
「ふむ、お前も謙虚だな。隊長職故それほど長くは出来ぬが、それでよいのか」
「は。そしてその間、ヨハンとイチャイチャするとします。研究で忙しいだろうから、ご飯を作ったり、お風呂の用意をしたりしたいのです」
「…………」
国王は、何とも言えない表情をヨハンに向けた。
「……事実上、お前達2人、ほとんど褒美無しに近いから、一応いくらかの金貨も用意しておこう」
「あ、ありがとうございますだ」
オチらしいオチはなし。
【投稿サイト】小説家になろう2【避難所】にてお題が出たので挑戦してみた。
ちなみにお題は【絶望】【硝煙】【監禁】【就職】【狂気】【避難】……ってもうちょっと加減しようよみんな!?
最初は単に探索して脱出するだけの話でしたが、結局全部入れました。