コンニャクの使い方
「おお、あっただよコルネリア様」
「ふむ、これが新米騎士訓練の役に立ってくれるのか」
「んだ」
カレリア国王都から程なく離れた山に、宮廷魔術師であるヨハンと王国騎士であるコルネリアは訪れていた。
短躯のヨハンは山歩き用の茶色いローブに背嚢を背負い、コルネリアは長い銀髪をポニーテールにし、緑色を基調とした軽装に甲冑姿である。
山に入って一時間程して、ヨハンは目的の物を見つける事が出来た。
赤紫色の槍のような花だ。
穂先の半ば程から、花弁が開いているような形をしている。
「それでこれは、どういう植物なのだ? もしや引っこ抜くと悲鳴を上げて人をショック死させるというあれではないだろう?」
「……というか、それは訓練にならないだよ」
「うむ」
どちらかといえば、それは犬の仕事である。
コルネリアがヨハンに頼んだのは、魔物退治の訓練の役に立つ何かを作って欲しい、というモノだ。
ちなみにこの山には別にコルネリアがついてくる必要はなかったのだが、「非番だしせっかくだからお弁当も作っていこう」という事で、八割方ハイキングになっていた。
ヨハンは、赤紫色の花を指差す。
「これはコンニャクだべ」
「コンニャク……」
馴染みがないのか、コルネリアが首を傾げる。
「んだ。たまにウチの研究室の食卓に上がるだ」
ヨハンの台詞に、コルネリアは手を打った。
「ああ、あのグニグニした食感の食べ物だな。濃いめのソースが美味しかった奴だ」
「味噌田楽だべな。好評なようなら、今度また作るだよ」
「うむ、是非に。ヨハンはよい嫁になるな」
「オラ嫁さんになるだか!?」
「もちろん夫は私だ!」
「逆だべ!?」
「プロポーズだな! よし、帰りに宝石店と教会に寄ろう!」
「素材の採集の帰りに結婚の準備とか、浪漫もへったくれもねえだな!?」
ヨハンの突っ込みに、コルネリアが悩む。
「……ふむ、そうだな雰囲気は大事だ。さすがにお互い、この姿で宝石店は少々問題がある」
「だべ」
「一旦着替えてからだな」
「……そろそろ本題に戻らねえだか?」
このままでは話が進まないと、半ば諦め気味にヨハンは提案した。
「私としては脇道に逸れっぱなしでもいいんだが、可愛い後輩達の為だ。我慢する事にしよう」
「そうしてもらいたいだ」
そういう訳で、盛大に逸れた話を軌道修正する事になった。
「しかし話が見えないぞ、ヨハン。このコンニャクが訓練で、どんな役に立つというのだ?」
「んー、まああれだべ。コルネリア様、騎士団での対人訓練では木剣使うべ」
「まあ、危険だからな」
「要するに、そういう事だべ」
「?」
数日後、カレリア王立騎士団の訓練所、その一角。
正式な甲冑に身を包んだコルネリアが、部下達を前に朝礼を行なっていた。
これでもコルネリアは、百人隊の隊長である。
彼女の傍らには小さな木のテーブルが用意され、その上には一抱えはあろうという楕円形のゼリーのようなモノが乗っていた。
色は赤紫色をしている。
コルネリアがゼリーの表面を叩くと、それはプルンと揺れた。
結構な弾力がありそうだ。
「――という訳で、私の嫁が作ってくれた疑似スライムがこれだ」
「嫁!?」
部下達のほとんどが突っ込んだ。
コルネリアの背後に並ぶ幹部達はもう慣れているので、諦めている。
「違った、宮廷魔術師だった」
コルネリアが訂正を入れる。
「何、大した間違いではない。とにかく新米の騎士達には座学の繰り返しになるが、我が騎士団の任務には、戦以外に魔物の討伐というのも結構ある」
コルネリアは並ぶ部下達を見渡した。
「魔物を相手にした事がある物は、どれぐらいいる?」
すると、半数ぐらいが手を挙げた。
「うむ、まあそんな所だろうな。そこでこれだ」
コルネリアが再び、ゼリーを叩く。
「スライムというのは魔法が使えればさほど脅威ではない。
火で融かしたり、氷で凍らせたりだな。
また非攻性の時ならば武器で核を破壊してしまう事も出来るだろう。
だが、攻性時には、コイツは酸性の分泌液で武器や人を溶かしてしまう。
ま、最弱の魔物といえど危険な事には変わりはない」
コルネリアの説明に、部下達が頷く。
少なくとも、そんじょそこらの野良犬よりは危険である事は間違いないだろう。
油断をすれば、大怪我を負う危険な生物だ。
「この疑似スライムもまた、攻性時には分泌液を放つが、実はこれは宮廷魔術師が造ったコンニャク製のゴーレムでな。吐き出すのは単なる汁だ。危険は一切ない。
という訳で、新米騎士達はまず、コイツで訓練を積み、魔物に慣れてもらう。
体液も注意が必要だが、体当たりにも気をつけろ」
と、コルネリアが説明を終えると、部下の一人が手を挙げた。
「あの、コルネリア隊長!」
「何だ?」
「何だか、奇妙な匂いがするんですが……その、やけに食欲を刺激されるというか……」
言われてみれば……と、他の騎士達も周囲を見渡す。
「うん、いい質問だな」
コルネリアはニヤリと笑った。
「うちの魔術師は、食べ物を無駄にはしない主義なのだ」
この日の昼食は味噌田楽。
訓練で使ったスライム達は、騎士達が美味しく頂きました。
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