小人になったコルネリア
カレリア国、東の森周辺の村で起こった若い娘達の失踪に、魔女の関与があるという報告があり、騎士の一隊が魔女討伐に出発した。
それから一週間後、任務を終えた騎士達は帰還した。
いくつかの負傷は出たか、基本的に死者はなく。
ただ一つ大きな問題があるとすれば、騎士隊長が魔女の呪いに掛かったという点にあった。
カレリアの王城、裏手に近い通路の隅には、ひっそりと地下に繋がる階段がある。
そこを下ると、分厚い眼鏡と土にまみれた茶色いローブがトレードマークの、小柄な宮廷魔術師の薄暗い工房だ。
部屋の主、ヨハンはその騎士隊長の姿に仰天した。
「コ、コルネリア様、その姿は一体どうしただ!?」
眼鏡を直しながら、ヨハンは改めて、木の机に立つ彼女をみた。
「うん、先の仕事で少しな」
『銀剣』の二つ名の由来とされる銀色の長い髪も、凛々しい顔立ちも、スタイルのいい肢体も以前と変わらない。
ただ、サイズだけが、これまでと違う。
13セントメルト程度……つまり、人形サイズになっていた。
服は、小さい布を巻いていて、かろうじてローブのような役割を果たしていた。
「少しなて」
ヨハンは目を瞬かせた。
騎士隊長のコルネリアはヨハンを見上げた。
「いわゆる魔女の呪いという奴だ。治るだろうか」
「んんー、絶対の保証は出来ねえだども、多分何とかなると思うだよ。出来れば、その魔女の系譜図とかも欲しいだども。呪いの手掛かりになるだよ」
城内ですら『土いじりが趣味な変わり者魔術師』としてほとんど知る者はいないが、これでもヨハンは相当に優秀な魔術師だ。
治療不可能と言われた王女の病すら治した男である。
身体の縮小ぐらいは、おそらくは治療可能だ。
うん、とコルネリアは頷いた。
「それならば、魔女の館から書物や財宝の類は、回収してあるので確認して欲しい。あの手の類は私達では、迂闊に手が出せないしな。うむ、さすが宮廷魔術師。頼りになる」
「て、照れるだよ、コルネリア様」
「そして我が夫」
「まだ結婚してねえだよ!?」
サラッというコルネリアに、ヨハンは突っ込んだ。
「では、恋人で妥協しておこう」
「む、う……そ、それならまあ……」
周囲の人間には不思議がられるが、詰まるところ、2人は一応そういう間柄である。ただ、ヨハンには何故か、自称恋人候補が他にも何人かいたりするのが、コルネリアにはちょっと気に入らないようだが。
「当面、私の方の騎士隊は副隊長に任せる事にした。さすがにこの身体ではどうにもならない」
コルネリアは両手を広げた。
この大きさに合う剣や鎧は、王国の騎士団には存在しない。
それにしても先日の幼女化といい、よく休む隊長である。
大丈夫なんだべか、ここの騎士団……とちょっとヨハンは不安になるが、自分が口を出す事でもないと、ひとまず同意しておいた。
「……んだな。稽古もままならぬだよ。なるべく早く治せるように、頑張ってみるだよ」
「よろしく頼む。ところで、これからしばらくの生活の方だが」
「んだ?」
「服の方は、フランのモノをいくらか預かれそうだが……やはり、サイズが少々合わないようだ」
フラン、というのはコルネリアの騎士隊に所属する狙撃手、フランツの義理の娘の事だ。
正式名称フランツィスカ。
小人族と猫獣人のハーフで、手乗りサイズの斥候だ。
サイズの問題というのは、主に胸の大きさである。
このカレリア国、遠く西にあるという大森林ほどではないが、種族は多様なのだ。
「あー、んなら、オラが作るだよ。裁縫もそこそこ得意だで」
「ヨハンの手作りか! それはよいな」
ぐ、と握り拳を造るコルネリア。
期待され、ヨハンは思わず恐縮してしまう。
「や、た、大したモノは出来ねえだよ? むぅ、でも剣と甲冑は造ってみたい気もするだが……」
そう言った小さな細工は、ヨハンも嫌いではない。
「ヨハンが作ってくれるなら、何でもいいぞ。寸法もヨハンがちゃんと測ってくれるとなおいい」
「そ、そそ、それは、侍女にお任せするだよ」
「ヨハンが作ってくれるなら、別にリボン一本でも構わないが」
「それはもはや服じゃねえだよな!?」
「プレゼント仕立てだ。ただし他の者に渡っては困るが。うん、いいアイデアだ。リボンはどこだ」
言って、コルネリアはヨハンの作業場である机の上にある、小物入れを開き始めた。
「……コルネリア様、そう言いながら机の上を漁らないで欲しいだよ」
慌てて、ヨハンはコルネリアの身体を、両手で包み込んだ。
「おおっ!?」
足が浮き上がり、驚くコルネリア。
一方、想像以上の柔らかさに、両手で包んだヨハンも驚いていた。
「や、コ、コルネリア様、失礼しただ」
そのまま、ヨハンは机の上に、コルネリアを下ろした。
「いや、いい。ヨハンに身体全体を包まれているようで、実にいいモノだ。何ならずっと握っていても構わないぞ」
「そ、そういう訳にもいかねえだよ」
ヨハンの遠慮に、コルネリアは不満そうに、むぅ、と唸った。
「しかし実際、移動の事を考えると、フランのようにヨハンの肩に乗るか懐の潜るのがいいと思う」
「まあ、それはしょうがねえだな。ちっこい魔法のお馬さんとか箒とか作る手もあるだども」
「いや、いい。私はヨハンに乗る方がいい」
表情を変えないまま、コルネリアは断言した。
「そ、そうだか」
「乗る、か……いい言葉だ」
しみじみというコルネリアであった。
「いきなり何を言い出すだか、コルネリア様!?」
「乗られる、というのも悪くないと思うが」
「いやいやいや」
「……む」
不意に、コルネリアが腹を押さえ、ヨハンは不安になった。
もしかすると、魔女の呪いに別の効果もあるかも知れない。
「ど、どうしただ、コルネリア様?」
「お腹が空いた。そういえば帰ってきて、そのままこの工房に直行だったのを思い出した」
ヨハンは、ホッとした。
「……んじゃ、食堂に行くだよ」
「うむ、運搬は任せた」
工房を出て、ヨハンとその肩に乗ったコルネリアは、照明で明るい王城の中を歩く。
食堂は王城と騎士団の詰め所、2つにあるが、ヨハン達が目指すのは詰め所の方だ。
行き来する侍女や文官が、例外なく2人の組み合わせに注目していたが、ヨハンは気にしない事にした。
今のコルネリアの、食事やら何やらといった想像以上の生活の不便さに、ヨハンは唸っていたのだ。
「……となると、食器やら何やら日常品も整えないと、駄目だな」
「ふーむ、フランからいくらかもらえるにしても限りはあるな。うん、例えば風呂とか困る」
フランは、義理の父であるフランツに入れてもらっているのだという。
「な、何とかならないだか? 例えば街の玩具屋で人形セットを探すとか」
「あったとしても……いや、ない」
「今、何か訂正したー!?」
「気のせいだ。という訳で、私の身体を洗うのも、頼むぞヨハン」
「う……や、そ、それはさすがに侍女達に頼むべきだと思うだよ?」
いくら何でもそれは恥ずかしすぎると思う、ヨハンだった。
しかし、コルネリアは器用にヨハンの肩から懐に移動し、そのまま彼を見上げた。
「いやいや、デリケートな扱いが必要だろうし、主治医が一番信用出来る。ああ、あと寝床の問題もあるな。私の部屋は広すぎるし、いちいちヨハンに迎えに来てもらうのも面倒だ。ヨハンの部屋を借りるぞ」
「べ、ベッドなら急ぎで造るだども、さすがに明日になるだよ」
「いや、造らなくていいぞ」
「え?」
「一緒に寝よう。潰さないように気を付けてくれさえすればいい」
「ちょーっ!?」
とんでもない提案に、ヨハンは飛び上がった。
「…………」
だが、ヨハンの反応に何故か、コルネリアは無言で返した。
「コ、ココ、コルネリア様……?」
コルネリアは何か考えているようだった。
やがて、彼女は再び顔を上げた。
「ヨハン」
「んだ? ど、どうしただ?」
「小さい生活というのも中々魅力的かもしれない。もうちょっと、私の治療は後回しでいいような気がしてきたぞ?」
「……や、頑張るだよ、オラ」
一週間後、超残念そうに、コルネリアは元の姿に戻ったという。
昔書いたモノを、少しだけ手直し。
国名とか追加しました。