魔術師ヨハンと女騎士コルネリア
掲載後、台詞に間隔を空けました。
青空の下、剣と剣の激しく打ち合う音が響き渡る。
「はぁっ!」
威勢と共に、一際高い金属音が響き、空に1本、剣が舞い上がる。
「ま、参った!」
尻餅をついた騎士が、慌てて対戦相手に手を突き出した。
相手の騎士は、彼の喉元に突きつけた剣をようやく鞘に収めた。
ヘルメットを脱ぐと、銀色の髪が流れ出る。
若輩ながらも既に百人騎士の位にいる少女、コルネリアは、尻餅をついたままの部下に手を差し伸べ、立ち上がらせた。
そして周囲の騎士達に声を掛けた。
「うむ、これにて本日の稽古を終了する。皆、ご苦労だった」
「は!」
そんな彼女の様子を、薄汚れたローブを羽織った小柄な少年、ヨハンは眺めていた。
彼はバケツを両手に持ち、ヨタヨタと植物園の方に向かっていった。
「ああ、やはりここにいたのかヨハン。探したぞ」
「!!」
後ろから聞きなれた声が聞こえ、ヨハンは持っていたジョウロを捨てて駆け去ろうとした。だが、一足遅かった。
「こら逃げるな」
ひょい、とローブの襟を掴まれた。
振り返ると、鎧を外し身軽になった美貌の少女騎士がヨハンを睨んでいた。
ヨハンはずれた眼鏡を直しながら、首を振る。
「コ、コ、コルネリア様、だどもオラ無理だ。ダンスなんて出来ないだよ」
「何も恐れる必要はないと言っているだろう。ダンスといっても豊年祭は飲んで騒いで大騒ぎの乱痴気騒ぎに過ぎん。適当に曲にあわせてステップを踏めばよいのだ」
「嘘だぁ! 騎士の皆さん言ってただ! 豊年祭は2つ祭りがあって1つは確かにそれだども、もう1つ貴族様方のパーティーがあるって聞いただど。それもコルネリア様、まだ相手決まってないって言ってただ」
「うむ、申し込んでくる相手がゼロなのだ」
しらっととぼけた事を言うコルネリア。
「そんな1秒でバレる嘘やめるだ。オラが知ってるだけで、10人は袖にされたって聞いただど」
「まあ、本当は32人ほどなのだがな――仕方がないではないか、ヨハン以外と踊る気がしないのだから。それとも、私では不満かね?」
コルネリアが腕を下げ、ヨハンはようやく地面に足が付いた。
ホッと一息つく。
「不満ではないだども……恥をかくのは嫌だ」
「心配はいらぬよ。どうせいずれヨハンは私の婿となるのだからな。一足早く、皆に知れるのもよかろう」
「そ、そ、そうでなくて」
「うむ、社交用のダンスなど、私が教えればすぐだ。さあ、手取り足取り教えてやろう」
コルネリアは上体を屈ませ、ヨハンの両手を取った。そのままステップを踏み出そうという勢いだ。
「や、こ、ここでするのはどうかと思うだコルネリア様。それよりもまず先に、薬草摘みを片付けたいだ」
やんわりとヨハンはコルネリアの手を解き、花壇に屈みこんだ。
「ふむ、そうだな。私も手伝おう」
ヨハンの横に、コルネリアも屈みこむ。
「や、やや、コルネリア様、お手が汚れますだ。鎧も土だらけになってしまうだよ」
「戦に出ればこの程度、汚れにも入らんよ。さあ、さっさと済ませてダンスの練習だ」
夜になり、ようやくヨハンは宮廷の敷地内にある自分の研究室兼寝床に戻ってこれた。
「うう、か、身体のあちこちが……」
どうやら普段使い慣れていない筋肉を使ったせいか、身体の節々が痛くなっていた。
さすがコルネリアは鍛えているだけあってタフだった。
ダンスの練習はかなり長く続いたのに、コルネリアは息もあがっていなかった。
階段を降りきり、研究用の坩堝に近づく。
薬で満たされた坩堝からは異臭が漂っているが、ヨハンは気にしない。
「とにかく、これの完成を急ぐだ……これさえあればコルネリア様も……」
最後の仕上げに、今日収穫した薬草を坩堝に投入する。
坩堝の中から、うっすらと煙が上がった。
「……よし」
シャワーを浴び、さっぱりしたコルネリアは枕を持ってヨハンの部屋の木扉をノックした。
「ヨハン、ダンス用の服装の件なのだが――」
その途端。扉の向こうで大きな爆発音がした。
「ヨハン!?」
ノブを引きちぎり、コルネリアは階段を駆け下りる。
「うぅ……」
濛々とした紫煙の中から、ヨハンの呻き声が聞こえた。少し声が低いような気がしたが、コルネリアには分かる。ヨハンだ。
「ヨハン、どうした! 大丈夫か! 死んだら私は泣くぞ! いやその前に、私まで死んでしまうやも知れぬぞ!」
「……生きてるだ」
「そうかよかった……って」
紫色の煙が晴れる。
そこに立っていたのは。
「成功しただ……」
「ヨハン……か?」
女性の中でもやや長身なのを気にしていたコルネリアが、『ヨハン』を見上げていた。
人のよさそうな顔には面影があるし、間違いなくヨハンなのだが。
「んだ……成長薬の実験は成功したみたいだな」
ヨハンは10歳ほど、成長していた。
精悍な顔つき、引き締まった肉体――床に落ちているコップから、ヨハンが成長薬を使ったのは明らかだった。
「そ、そのようだが」
コルネリアの視線が下がり、頬が熱を持っていく。
「ん?」
「……せめて、下半身は隠せ。私とて乙女だ。さすがに直視は恥ずかしい」
「うおぉっ!?」
ローブは引きちぎれ、ヨハンは一糸まとわぬ全裸になっていた。
扉を適当に修繕し、ヨハンとコルネリアは向き合った。
部屋の中はかろうじて、見えるレベルに落ち着いていた。
「馬鹿者」
開口一番、コルネリアは言った。
「そんな事言われても……」
「とはいえ、私も配慮が足りなかったのは確かだ。私はともかく、ヨハン自身がそこまで自分に自信を持っていないとは思わなかった。私もまだまだ未熟だな」
ガクリとうな垂れるコルネリアに、ヨハンは慌てた。
「や、やや、コルネリア様が落ち込む必要はないだ。これは、オラが勝手にしただけで……それとも、この姿は気に入らなかっただか?」
「いや、それはありえない。大きくなろうがモンスターになろうが虫けらになろうが、ヨハンはヨハンだ。私はまったく気にしないぞ」
恨めしそうにヨハンを睨むコルネリア。
「……コルネリア様、やっぱり怒ってるだな」
ヨハンは大きな身体を縮こませる。
「多少はな。とはいえ、どうせ10年後にはその姿になるのだろう? その程度で私は動じたりしない」
「だども」
「薬の効果はどれぐらいだったかな。確か1週間ほど、だったか」
「んだ。だども、この若返りの薬を使えばすぐに戻れるだ」
テーブルの上には、小さな薬瓶が置かれていた。
「なるほど。少し話は変わるがな――」
「ん?」
「――このまま、パーティーに参加したとする。美男美女のナイスなペアに皆の目は釘付けだ。そこらの淑女がお主にモーションを掛けて来るだろう。間違いない」
「そ、そんな事になるだか?」
コルネリアは力強く頷いた。
「うむ、今のヨハンはかなりの男前だ。私が保証する」
「……コルネリア様の審美眼はあまり当てにならないだ。オラの前の姿でも同じ事を言っていただぞ」
「嘘は言っていないが? ……うむ。主観と客観の問題だな。ともあれ、そういう将来が予測できるのは、私としては少々つまらない」
「はぁ」
「そこで、ちょっと予想外の行動に出てみようと思う」
ひょい、と笑顔のコルネリアが机の上の薬瓶を奪い去った。
綺麗に着飾った紳士淑女の集まる社交場。
いい加減、様々な相手との社交辞令だらけの謁見にうんざりしていた国王は、少し面白いペアと遭遇した。
まあ、面白いとはいえ困った事態なのだが。
「……で、これがコルネリアだと」
国王は『それ』を指差しながら、青年となったヨハンに尋ねた。
「んだ……止められず、申し訳ありませんだ」
「まあ、しばらくの我慢ですからご安心下さい、陛下」
舌っ足らずな口調でヨハンのフォローに回るコルネリア。
「……その間のお前の隊はどうするつもりだ、コルネリア」
国王は、視線を見下ろした。
「は、その間は副隊長が代理を務めます。私はヨハンの助手に回ろうと思います」
そしてヨハンを見上げなおす国王。
「……ヨハン」
「は、オラも陛下と同じ考えですだ」
「しばらくヨロシクするぞ、ヨハン」
「はぁ……」
ヨハンと国王は、視線を再び下げた。
幼女となったコルネリアは、悪びれる風もなくヨハンを見上げた。
「さあ、ヨハン、踊りに行くぞ。皆の目を釘付けにしてやろう」
「……まあ、別の意味で釘付けかも知れねえだ」




