第八話 信頼という名の兄
「久しぶりだな、蓮司」
玄関先に立っていたのは間違いなく俺の実兄、瀬原隆司である。
何度見ても信頼できそうにない顔。特別にいいとは思えない体つきに長いぼさぼさの髪。
更には、黒縁の眼鏡とこれが本当に血のつながっている兄だとは思えない。
しかしこれが俺の兄である瀬原隆司だ。
成績優秀で周りの皆から慕われている。どこに居てもそうだった。何から何まで兄さん兄さん兄さんと唸る教師共。更にはそれをお膳立てする地域の人。
確かに頭は特別にいい。
しかも高校の途中でアメリカへ長期留学。よくわからないが有名な大学らしい。
どうでもいいことだが。
「相変わらずだな」
「兄さんも墓参りで帰ってきたのか?」
まー、毎年の事だからな。わざわざアメリカから帰ってくる理由がこれ以外ない。大体葬式にも真面に来ない奴が墓参りにだけ来るってどういった神経しているんだが。
ほんわかな表情をしている兄に俺は一つ睨みを聞かせて聞く。
「で、いつ帰るんだ?」
「おいおい、もう俺がいつ帰るかって話になるんかよ」
「別になんだっていいだろ」
もう話しているだけで頭来た。
俺は「飯とか自分で用意しろよ」と自分の事は自分でやれと促し、俺は自室に戻った。
「前より怒ってない・・・よな?」
玄関で立ったまま隆司は頭を掻いた。
自分の弟にここまで嫌われているのにもかかわらず前より怒っていないよな?など軽々しい考えを持ってしまうのである。
俺は『一人っ子』だとは言ったがあれは便宜上の物ではない。実際にいる・・・・・・・が俺はそいつが本当に兄だとは思えない。
ましてや便宜上ではないが赤の他人である。
俺達が誰よりも尊敬していた父が亡くなった日の葬式で兄はアメリカの大学の推薦を取るのを理由で欠席。ただ小さなことだが信頼していた人の葬式に出ない兄はその頃の俺にとって信頼感がなくなっていた。
それに今俺が一番問題視しているのが鈴川と夏祭りに行く日が親父たちの命日であること。
個人的にあまり知られたくない。
どうにかその日には墓参りは早めに済ませて祭りにはいきたい。
「ったく、どうすりゃいいんだよ」
明かりもついていない部屋に俺だけの声が響いても何の解決にもならない。
すると携帯の着信音が鳴り響きディルプレイで確認すると鈴川からだった。
メールかと思ったが電話だったので息を整えてから電話に出た。
「もしもし」
『夏祭りの事なんだけど・・・・・・・』
やっぱり、さあて、なんて言おう。
『お祭り自体六時くらいから始まるらしいから五時あたりに集合しない?』
「俺は別にいいぞ。お前は何か用事だとかはないのか?」
『私は別にないわよ。集合時間はやめる?』
「いや、大丈夫だ」
『そう、じゃあ切るね。お休み』
「お休み」
電話が切れつーっつーっつーっという音が聞こえる。
なんかこいつと話すと落ち着くのは・・・・・・・・・・・
にしてもなぁ。
どうしようか、墓参り。
取りあえずその時の状況で行くとするか。
前途多難・・・・・かな。
夏祭りの日。
俺んちから徒歩7分のところにある神社でその祭りはやっている。毎年やっているのは分かるがここ数年俺は参加していない。
墓参りの帰りに何度か見えるのだがここは花火が有名だ。
毎年町内から集められた寄付金で作られた豪華な花火。それは本当に綺麗なものだとは分かっていた。
親父と一緒に見たいっていうのもあった。
もちろん母親とも。
今年の祭りは鈴川となんだ。
兄にはそんなようなところ見られたくないし墓参りなど一緒に行きたくない。
・・・・・・・・・・・・・そう思っている自分て案外無愛想だな。
午前中に買えるものを買っておき午後は夏祭りの準備らしくてまともに昼寝が出来なかった。
兄は午前中からどこかへ出かけているらしい。どうでもいいんだが。
墓参りに行くのか行かないのかは別として同じ部屋にいないというのは何かとやっぱいい。
暇な俺は携帯をいじり今までしてきたメールの数を見る。
つい最近までは俊哉だがここ二週間はずっと鈴川とである。
もともとメールや電話など友達とのスキンシップをあまりはかどらない俺がこんなにメールや電話、ましてや女子となんて自分でもあり得ない。
おそらく兄がこれを知ったら・・・・・・・・
そんなことを考えながら携帯をいじっていると一通のメールが来た。
バーに表示されたのは鈴川蘭の名前だった。
内容を見ると衝撃なものだった。
『今あなたの兄さんと一緒にいるわ。瀬原君もきたければ来てもいいわよ』
は?なんでだ?
なんで兄貴と鈴川が一緒にいるんだ?
「お前今どこにいるんだよ」
鈴川の答えはあまりにも意外だった。
「墓地よ」
墓地って・・・・・・・
まさか今日親父たちの命日だという事を知ってなのか?
手の震えが何故か止まらない。
俺が独りだったという事を鈴川には知られたくはなかった。
なんでか俺が独りだという事を知ると余計な仲介を入れそうな気がするからだ。
とりあえず俺は出かける準備をして急いで家を出た。
周りは祭りで賑やかなのにもかかわらず俺はチャリで街中を走る。
山道を汗だくでこいで俺は近くの場所にチャリを止める。
親父たちの墓があるのは一番奥だ。俺は長い階段を上って墓石へと向かう。
一気に登ったせいか息がとても上がっている。膝を抱えたまま前を向くとそこには鈴川と兄さんがいた。
どうして・・・・・なんだ。
「来たわね」
「どうしてお前が兄さんといるんだ」
切羽詰まった表情で俺は聞く。
兄さんは・・・・・なんで。
鈴川と兄さんが一緒にいる姿を見ていると今でも吐きそうな勢いである。体中がひどく痛みを感じる錯覚に、ひどい嗚咽感。
「あなたのお兄さん。アメリカへの留学を進めたのは私の父よ」
突然と話を切り出す鈴川。話題は兄さんの留学について・・・・・
それに・・・・・・・・・鈴川の父って。
1つだけ思い当たる節があった・・・・・・・・当時小学生だった俺には興味がなかったが確か兄さんは俺と同じ、笹野川学園だった。
まさか鈴川の父さんから留学を推薦されていたなんて。
鈴川はその横で何気ない顔をしている。
「その事で一度理事長の家に訪れた時に知り合ってね」
「そう・・・・・・・・・なんか」
「あなたの家の家庭事情も知っているわ。助けてやりたいのはやまやまなんだけどあなたのお兄さんからとめられているからね」
兄さんが俺の生活を他人が助けることを拒んだ?
俺の知っている兄さんはそんなことはしない。
「実は俺がアメリカに行くのは結構前のことだったんだ。その時、親父は賛成してくれた。もし蓮司が 独りになった時はどうすればいいんだ?って聞いたらあいつなら俺が教えて来たことすべて自分でできる。同じようなことを理事長から聞かれた。その時は親父が死んでいたからな。
もちろんあいつなら一人で生きていける。自慢の父から教わってきたことが全てできる利巧なやつだからってな」
そうだったんか。
兄さんは俺が全てできると知っていてアメリカに行ったんだ。
俺を信頼して、安心して帰ってこれる場所を守れるから一人にしたんだ。自慢の父さんの息子として。
「俺は間違っていた」
そう、間違っていた。少なくとも自分の中では。
「違うわ。あなたは間違っていなかった。それを伝えられなかった私にも責任はあるわ」
責任転嫁・・・・・・鈴川が首に突っ込むことではないだろうがこれは自分自身、あるいは俺自身関係のあることだったかもしれない。
「まあ、これで和解できたのはいいとしてだ。ところでお前らは付き合っているのか?」
突然の質問に俺はさっきまでの緊張感とは裏腹に変な気持ちが出てくる。
何を言い出すんだ。この兄は。
「なんか言えよお前ら」
だからと言って「はい、付き合っています」ともいえないし「別に付き合っていない」ともきっぱりは言えない。そもそも俺と鈴川はそういう関係じゃないし鈴川も鈴川で顔が赤いし。
「まあ夏祭り、楽しんで来い」
そういって兄さんは帰ろうとする。
しかし俺の横で立ち止まり鈴川に聞こえない声でこういった。
「いい女だから誰にも取られないようにしろよ」
「ぐっ・・・」
余計な事を言われ痛いことを言われて思わず声を上げてしまった。
・・・・・違う意味で嫌になりそうだな。
「まあがんばれ」
最後に兄さんはそう言って階段を下りて行った。
「・・・・いいお兄さんだね」
階段を降りようとしている兄さんの背中を見て、鈴川は呟く。
「ずっと前から反抗的な態度を取っていたけどな」
単純にイライラや自己嫌悪を相手にぶつけていたけど。
「それでも弟思いでいい人じゃない。私も・・・・・・早くあなたの気持ちが分かる人になりたい」
「え、、」
その言葉は違う意味で俺の胸に刺さった。
気持ちが分かる人ってもしかして・・・・・・・・・・
「余計な話をしちゃったね。お祭りに行きましょ」
楽しそうな顔で鈴川は俺の腕を引っ張っていく。
なんだかんだ言って結局はこれでよかったんだな。
最初から最後まで兄さんは俺のことを考えて入れくれたんだ。
何もかも、俺と・・・・・・・父さん、母さんを信じて。兄さんも我慢していたんだろう。数少ない休みに大事な時間を費やしてまでも・・・
そう考えながら俺は鈴川を階段から落ちないよう、しっかりとエスコートしながら共に階段を下り、夏祭りを存分に楽しんだのである。
~第一章 鈴川蘭というお嬢様 完~
なんだかんだ言ってこう言うのには臨場感がなきゃだめ。ということはあるのかしみじみに思います