第八話 現実を受け止めるという事の辛さ
蓮司が俊哉から朗報を受け取る少し前、真っ先に蓮司に連絡した俊哉はというと、帰り道利華と共にいた。
「今日は疲れたな」
「ほんと、これで生徒会で一番やりたくない行事が終わってくれたわ。あとわお花見よ。お花見」
「お花見は別にいいんじゃねえのか?飲んで食ってさくら見るだけだし」
実際のところ、俊哉と利華はクラスの連中となじみのあるものとはお花見は一回もしたことがない。
だからか、俊哉は今まで自分が経験してきたお花見の事を話したのだった。
無論、それが生徒会主催でやるお花見と同等かは最中ではない。
「でもよく考えれば生徒会の仕事っていっぱいあるのよね。
今月末にあるお花見会もそうだけれど生徒会長選挙があったり文化祭があったりって・・・・・ああ、文化祭なんて嫌いになりそう」
とは利華がそう口にしていても、俊哉は決して文化祭を嫌いにならないと断言できると心の中で想っていた。
ある意味この二人にとって文化祭は思い出深い物であるから。
「そういえば今日外の方でトラブルがあったて聞いた?」
利華の質問に俊哉は静かにうなずいた。
俊哉もその事は既に耳に入っていたけれど詳しい情報までは知らない。
何でも三年の剣道部員が一年生の色々な口を入れて部活に入らせようとしたという事しか聞いていないため、誰が解決したのか、誰が事件を起こしたのかまでは明確に知らない。
「なんか剣道部員が起こした騒動らしいけれど、その騒動、解決したの瀬原君らしいのよ」
意外だった。
俊哉にとって利華にとっても。
先々月、二月でのあれで蓮司の本性を少しだけ知った利華にとってはあまり驚くほどでもないかもしれないがそれでも瀬原が何かと事件を解決したことには驚きを隠せないらしい。
また、俊哉もそれなりの表情をしている。
彼も彼なりにやっているんだという称賛の言葉なのかもしれない。
「まあ、私も最初はびっくりしたよ。でもね、生徒会長が剣道部らしくて『これは後でその少年に礼を言わなくちゃな』って」
「まああいつの事だからどうせいつものお人好し癖が出ただけだろ。で、その事件の内容っていうのは?」
「事件っていう事件でもないけれど三年生の剣道部員が一年生にいろいろと吹き込ませて勧誘した後、人目のつかないところ・・・・たしか校舎裏に連れて行ってまた変な手口勧誘しようとしたら、たまたま一部始終を見ていた瀬原君がいて・・・・・・・・ってなったわけ」
「・・・・・なんか意外だな。そこまでして蓮司が助けるなんて」
正直腕を掴んで『処罰の対象となるのでお引き取り願いますか』とかキザなセリフを言うと思っていたけれどその辺の計算まで入れていたなんで正直蓮司をなめていたと俊哉は思っていた。
「それでその剣道部員は生徒会長からの逆鱗に触れて二時間説教らしい」
ああ、それはそれでご愁傷様と心の中で手を合わせてしまった。
「ま、蓮司もあれからどうにか立ち直ることができたようだし。それはそれでいいんじゃねえのか?」
曇りがはれた星空を眺めながら俊哉は言う。
「そうだけれど・・・・・・・」
利華は利華でどこか落ち着いていない様子。
どうやら利華はまだ心外深く思っているらしい。
二月に起きたあの悲劇を。
この二人が現場に駆け付けた時は既にトラックは端に寄せられていて道路には血が染みついていた。
蓮司と鈴川は病院へと送られていて、この時二人がついたのは事故が起きてから三十分後のことだった。
あの大惨事は今でも鮮明に覚えている。
特に蓮司。
あいつは間近に見ていたし、どこか罪悪感と憎悪で溢れた顔をしていたからしばらく声をかけられる状況ではない事くらいわかっていた。
「私たちも動き出さなきゃね」
「そうだな・・・・・・」
二人は歩きながら、歩調を合わせ手をつなごうとした時、左ポケットに入れていた利華の携帯が突然流れだした。
咄嗟の反応に利華は手を出そうとして手をポケットへと突っ込んでいた。
その反応に追いつけてなかった俊哉は、思わず転びそうになる。ここで空気読めよとか思うけれど理科のディスプレイに表情を見る限りそうとも言えなさそうだ。数秒ディスプレイを見つめた後、携帯のプッシュ通知を押す。
「もしもし」
軽快な応答が街中に響く。
町通りを歩いていた二人は足を止めているため周りの通行人の邪魔にならないよう、近くの噴水で足を止めていた。
「はい・・・・・・・そうです。ランの友達の賀川です」
俊哉は彼女の話の内容から推測できることをできるだけした。
おそらく電話の相手は鈴川の親類。例えば父親、または使用人といったところだ。
間違いなく年上の人であることは間違いがない。
「それは・・・・・本当ですか?」
いったい何を話しているのか俊哉も気になって仕方なかった。
鈴川の身に何があったのか。
それを聞いたうえで蓮司に真っ先に教えてやりたい。
俊哉の頭の中はそれでいっぱいだった。
俊哉が考え終わるのと同時に、利華も電話を切って深刻な表情で俊哉のほうを見ていた。
「俊君・・・・・・・」
「なんだよ・・・・」
俊哉自身、これぐらいしか答えることはできなかった。
「瀬原君と大野君に今すぐ連絡して。
蘭が・・・・目を覚ましたって」
「!?」
驚きの表情。
ただそれだけだった。
それしか反応できなかった。
けれど俊哉は躊躇わずにすぐ携帯電話を取り出して蓮司の携帯へと掛けた。
数秒後、蓮司はでた。
「蓮司!!今どこだ!?」
あまりにも大きな声量でいったため、周りの通行人までも反応してしまうくらいだったけれどそんなことは今気にしない。
『なんだよ。今喫茶店にいるからあまり大きな声出さないで』
喫茶店か・・・・ということは桜田さんのところ。確か鈴川の病院はその喫茶店からすぐそこだったな。俺はほんの数秒の判断で再び蓮司に告げるだけのことを告げた。
「喫茶店にいたのは知らなかった。そんなことよりも朗報だ!!」
朗報という言い方は少し自重したほうがいいかもしれないけれど朗報であることには変わりはない。
俺たちもここからならはして十分ぐらいで病院には着くはずだ。うまく落ち合えればいいんだけれど今はそんな状況じゃない。
蓮司もその朗報という言葉を聞いて硬直しているに違いない。
「鈴川が目を覚ましたんだ・・・・」
走ってもいないのに息が切れていて俺の声は荒っぽくなっていた。
『え・・・・・・』
一瞬の沈黙が流れたかのように見えたけれど、蓮司はその反応だけを残してすぐ電話を切った。
「利華、行くぞ」
「こっちも連絡できたけれど、行き先伝えなくていいの?それに大野君にも連絡したほうが・・・・」
「あいつなら病院がどこにあるかくらいわかる。大野のほうは春富に任せればいい」
俺は言うだけのことを言って利華の手を取った。
噴水のとおりから大きく外れた場所に出る。病院はここから走ればうまく落ち合えるかもしれない。
「利華、走るけどいいか?」
「別にいいけれど」
よし。
利華に了解を得たのを聞いて俺は全速力で目的地である病院へとノンストップで走って行った。
◇
俺は全速力で走っていた。
走って走って走りまくっていた。
喫茶店を出て、病院までの道のりをなんとなく思い出せず適当な道を行っていたら時間を食ってしまった。
何とか町通りに出た俺は通行人の肩などにぶつかりながら町通りをくぐりぬけてはスピードを徐々に上げていく。
俊哉から電話を受け取って早十分近くがたとうとする。
俊哉たちはどこから電話をかけてきたのかわからないけれど、あいつらはどうせ生徒会のほうで忙しかった賀川に合わせての下校だからそれほど病院から遠い場所でもないだろう。
それにしても・・・・・鈴川が目を覚ましたと聞いて一瞬ほっとしたけれどそれと同時になんか変な罪悪感を感じる。
獅子堂から聞いたあれを思い出せば余計に顔をが合わせづらい。
現実から目を背けたい。
現実から遠ざけたい。
現実から引き離したい。
それだけが頭の中でリピートしている。
ぐるぐる回っては次第に頭の中で意味の分からない言葉へと変わる。
これから鈴川と顔を合わせても、俺はどういった表情をすればいいんだろうか。
知らない間に、俺は病院についた。
「はぁ・・・・はぁ・・・・・」
まだ春で夏までは当分時期があるのに汗がだくだくである。
息もだいぶ荒く頭がくらくらしている。
俺はよろめきながらも病院に入る。
もうすこし、もう少しで鈴川のもとへとつけるのに俺の脚は思い通りに動いてくれない。
そういや最近走っていなかったからな。だからこんなに体力が衰えたんだな。
これじゃあ今年の文化祭のリレーも出れねえや。
エレベーターに乗り、自然にボタンを押す。
静かな空気の中、エレベーターが動き出す。
ベルが鳴り俺はダッシュで病室へと向かった。
もう少し・・・・・もうすこしで・・・・
東棟の一番奥の部屋に鈴川の部屋がある。俺はその部屋のドアを盛大にあけた。
「・・・・・鈴川」
俺が見た光景は、間違いなく鈴川の顔だった。
麗しくて可愛らしい。
けれど、本性はあくまで俺をもてあそぶような女。
そして・・・・俺を好きだと言ってくれた人物。
その人物が今俺の目の前で目を開けている。
やっと・・・・やっと会えた。
「瀬原君・・・・よく来てくれた」
俺のもとに駆けつけてきたのは鈴川の父親。
顔を合わせたのは夏休み以来だ。
「よく来てくれたよ。実は主治医の方に診察してもらったばかりなんだ」
そうか・・・・・・
でも鈴川の表情は何かにおびえるようだった。
まさかだけれど・・・・・獅子堂の言っていたことは。
俺にそのことを告げた当の本人も今この場に居合わせている。
獅子堂は俺の顔を遠目から見ていた。
アイコンタクトで会話をしようとしたけれど今はそんな気分でも場合でもない。
「鈴川の・・・・様子はどうなんですか?」
「だいぶいいみたいだ・・・・・一応一番に声をかけるのは君のほうがいいんだけれど・・・・いいか?」
「大丈夫です」
わかっている。わかっているんだ。
けれど・・・・・・
俺は恐る恐る鈴川のもとへと近づく。
周りの人は黙って俺の行く末を見ていた。
鈴川のもとへとたどり着くと俺はその場で立ち尽くしてしまった。
ホントに俺が話しかけてもいいのだろうか。親父さんも知っているんじゃないのか?
「よ、よう。元気か鈴川?」
とりあえず妥当な質問を投げかけた。
しかし、帰ってきた返事は俺にとって、冷たくて、心まで凍えそうな返事だった。
「あなた・・・・誰ですか?」
分かっていたことなのにもかかわらず現実を受け止められないのは非常につらいことだった。




