第八話 彼女の悩みを理解する彼
流水プールを駆け巡った後、ウォータースライダーや競泳プールなどに入っているうちにお昼の時間が来てしまった。
昼食は売店があるためそこで食べることにした。
料理を自分で作れる俺にとって普通なら自宅から持参という事もあったのだが何せ今日の最高気温だと俺の作ってきた弁当が一瞬にしてゴミ箱へと送り出されてしまうので作るのは今日観念してきた。
俊哉たちも売店で昼食を買うらしく、俺は鈴川を連れて六人で売店へと向かった。
売店は昼時なのか人で群がっていてちょっとでも目を離せば、逸れてしまうくらいであった。
正直俺はこんな人混みはあまり好きではない。
人混みを好む人はいないようだけれど人混みはあまり得意ではない。の方が正しいのか。
なんか乗り物に寄った感じがするし周りの視線がどっと来るのが嫌い。別に薬物とか使用しているわけではないけど・・・・・・・・・
「何食べる?」
財布を誰かにとられないよう、安全を確保しながら俺は鈴川に尋ねる。
もちろん時間の猶予は少ない。
後がつっかえているからな。
「そうね、おにぎりとかでいいわ」
その答えは俺にとって予想外なのか、はたまた予想通りなのか分らない考えはおにぎりという単語によって破壊される。
ついでだから俺もおにぎりを買う。
他にもから揚げとか食べたいものがあるのだが午後の遊泳を考えれば、唐揚げは腹持ちが良すぎて泳ぐのに支障が出る。
とはいえ俊哉たちは唐揚げを大量に買っているけれど。
一個100円とお買い得なおにぎりを4つ購入。もちろん俺二個に鈴川が二個である。
売店のおばちゃんに百円玉三枚をだし俊哉たちを置いて後ずさっていく。
おにぎりを財布を左手で抱え、右手で鈴川の手を引っ張っていく。人混みの流れとは逆方向に動くわけだから当然俺の力はそれに及ばない。
それでも鈴川の手は一切話さず売店から少し離れたところへと出ることができた。
おにぎりも財布も無事。鈴川も無事・・・・・・・・・・・・・
ふいに俺が鈴川に目をやった瞬間。
鈴川は俺と手をつないでいなかった方の手ではだけられた水着を猛威に隠していた。
もちろん、俺はその光景に数秒釘づけ。
鈴川の顔は少し早いが紅葉一色の色となっている。
ああ・・・・・さっきの逆流で肩紐が取れてか・・・・・・
無理やり人混みの中を駆け巡ったことに俺は反省する。うん。かなり。
「瀬原君、見てない・・・・よね?」
恥ずかしそうに言いながら言う鈴川。
ふつうこのパターンならおこるというのがレギュラーな展開であるけれど今まさに鈴川の対応はイレギュラーだ。まあその基準は誰が決めたのか知らないのだけれど。
けれどおこると思っていたのに予想は相反していて、とても受け止められる状況ではなかった。
そもそもそこは照れて言うようなところか?
とりあえずこのような場所でこんなはしたない格好をしてもらっては俺も困る。まあ鈴川の半分ふざけた遊びだろうな。とりあえず肩紐を結ぶ直すのを促す。
鈴川はつまんなそうな顔をしながら結び直し、パーカーを再び羽織る。
それと同時に俊哉たちがやってくる。
「おーい、先置いていくなよ」
佐藤が串刺しの唐揚げを手にしながら声をかけてくる。
やっぱり止めておけばよかったかな。あんだけの唐揚げ食うとさすがに後がきつくなるぞ。
自然と心の中で合掌をしてしまう俺。
その横で鈴川がおにぎりの包装を開けようとしている。買ったおにぎりの中身は、ツナマヨに鮭、梅干しとおかかといったおにぎりの具の中では聞いたことのあるものばかりが入っていた。
適当に取っていったからな。正直味は食ってないからわからない。
「で、午後はどうする?」
「どうするって言われても午後雨降るとか天気予報で言ってた記憶があるから飯食ってちょっと泳いだら帰るよ」
俺がそういうと俊哉を除くいつもの三人がため息を吐く。
それに対して鈴川本人は気づいていないようだけれど。
まあ雨と言っても降るか降らないか程度の雨だけれど太陽が隠れるってなると流石に夏でも寒く感じることはある。それを頭に入れての計算だ。
と言っても鈴川が早いうちに帰りたいって言っただけだけれど。
そんなことを踏まえて俺らは再び泳ぐ準備をする。
しかし、立ち上がったところで鈴川は俺の手を握る。
「どうした?」
「少しお話ししよ」
鈴川から一方的に誘われる・・・・・なんて珍しい事ではなかったが表情がらしくない。そんな風に思えてしまった。とりあえず荷物は置いておくとして近くのパラソルのあるところに行き椅子に座る。
流水プールに目をやれば、俊哉たちが楽しそうに泳いでいるのが分かる。あいつら小学生かよ。と思われるぐらいの光景が目に映る。
「今日はありがとね。おかげで悩んでいたこともだいぶ薄れて来たわ」
「そうか・・・・そりゃあよかったな」
けれど、鈴川が決断したという風にはさすがに見れない。まだ話の題が数か月間出ていても答えられない部分や心の整理などがいるに決まっている。
「言いたいのはそれだけか」
ここで話を棒に振ってしまってはダメだ。何か話題になることがないかと思った言葉が先ほどの言葉でる。
鈴川がこれだけで呼んだのとは俺は違うと思う。もっと別の理由があるのかもしれない。
鈴川が俺に、ほかの人に隠している何かを忘れている。
それが言えるのか言えないのかの問題ではない。
言うか言わないかの問題でもある。
悩みの種となっているものは先日俺は鈴川から聞いたので知っている。
だけれどあれ以降、何があったのか鈴川が教えてくれればさらに俺は彼女の助けになることができる。
さらされた内容によるのだけれど・・・・・・・・
しかし強情もよくはない。彼女が言いたくなければ言いたくない。助けてほしくなければ助けない。俺には俺でも感情や人に対する心は持っている。詮索は不要だ。
「私また瀬原君に迷惑かけちゃうかもしれないね」
突拍子もない前振りに俺は理解できない。
また迷惑をかける?という事はこれから先俺に迷惑がかかるようなことがあるって鈴川は言っているのか?いや・・・・・これからな訳がない。
おそらくもう起きているのかもしれない。
「鈴川、お前俺に隠し事でもしているのか?」
鈴川の答えは言葉に出さず首を振る動作で済ませる。
何か隠している。そう確信せざるを得ない。
だってそうだ、目を背けているのならば大体は嘘だ。
しかもこいつは鈴川蘭だ。性格を一発で見抜けばどのようなタイミングで嘘か本当かを見抜ける。
沈黙の間に風が通り抜ける。
少し肌寒くなってきたな・・・・・・そろそろ雲がかかってくるころだろうから・・・・・・
「寒いだろ。そろそろ帰ろうぜ」
「うん」
パーカーを力強く握りしめ俺は泳いでいる俊哉たちに一声かける。
「俊哉!そろそろ上がるからな」
「分かったー!俺たちも直に上がるよ」
とりあえず若干水滴がついている足や肩にバスタオルで拭かせ、更衣室前まで行く。
「じゃあ、あとでな」
「瀬原君」
更衣室に行こうとしていた俺を鈴川の声で阻まれる。
おぼつかない表情でいるのだけれど・・・・・・・・
「ううん、何でもない」
いつもと同じ明るい表情で鈴川は言う。
まあなんでもないのなら。
今度こそ俺たちはそれぞれの更衣室へと向かう。
この時、俺はもっと鈴川の傍にいてやれなかったことに後悔した。
鈴川は決意を決めていた。
もちろん、決意というのは蓮司にも相談していた婚約と留学の二件について。
しかし先決となるのは留学の方だ。ずっと前から決まっていたことにそろそろ決断・・・・・も何も巣で決まっている事であるため準備をしなくてはならなかった。
留学となれば密かに思いを寄せていた人との距離はそれなりに遠くなる。
しかし自分の将来のため、そして鈴川家の将来の為にもこの留学は絶対に遂行しなければならないのである。
先ほどのとおりにも、彼女には拒否権の行使はできない。
だから彼女は逃げたした。
瀬原蓮司の家に。
しかし結果的にいはGPSで居場所を知られてしまい帰りざるを得なくなってしまった状況に。
そんなことをしみじみに思いながら更衣室のロッカーを開ける。
初めて買いものした男の子と買った水着。この水着姿を見せるころにはお互い移駐に人がいるんだろうなと考えぶってしまう。
我儘に振り回されている彼がなんだか疲れているように見えて、自分の小悪戯なことに嵌りつかれている様子を見ているうちに自分がしてきていることに罪悪感を感じてきてしまう。
だから彼女はこう思うのだ。
「あの時願わなきゃよかった・・・・・・・・」
ある日、廊下で見かけた彼。
自分は名家の出身という事もあり唯一の知り合いと言えば同じ名家同士。しかしそれ以外の子で顔なじみであるのは最初に声をかけてきてくれた賀川利華。
そしてあの日、廊下で見かけたといった彼。
しかし彼は私の事を覚えていない。それもそうだ。何年も前、重なり重なる辛さを積んであのことを覚えているなんて不思議なくらいだ。
とっくのとっくに忘れているはずだ。
私との小さい頃の思い出なんて
ロッカーの扉にもたれかけて自分の嫌悪を心の中で出していたら、携帯が振動した。
きっとあの人だろう。そんな気がした。
案の定携帯を開けばその通りであった。
「瀬原君も待っているから早く行かなきゃね」
いつも通りの笑顔で・・・・・・・・・・
荷物を持ち、大きく息を吸い込み、更衣室を出ようと足を大きく一歩踏み出す。
けれど、鈴川が更衣室を出たことで、これから起きることがまさか東京都内のほぼ全域を大きく揺るがす事件へとなり二日間にわたる抗争へとなる。
更に俺が再び竹刀を握るなんて天国の親父も俺でさえも想像を反することになるとは思ってもいなかった。




