7話
衝撃的なことを聞かされても時間は止まらない。
その後も教官は淡々とことの説明をし、そのまま今日の訓練の説明に移った。
そして説明を終えると班ごとに分かれて訓練を開始するように言うと教室から出て行ってしまった。
なので仕方なく俺たちは集まり話し合うことにした。
「それにしても大変なことになった」
まったくだ。教官は言わなかったがおそらくこの問題は六人だけの問題ではない。
ただでさえ十人しかいないのにそこからさらに六人もいなくなれば四人しかいないことになる。
いくら訓練校が国営の機関だとしてもたった四人しかいない、しかも役に立つかわからない不確かな魔法科に予算を割くとは思えない。
つまりその時点で俺たちにもなんらかの処置が下ることになる。
それが歩兵科への転科ならばいい。
しかし処置が下るまでの期間によって学科ごとの学習状況に差が出ることを考えると第四以降への転校になる可能性が高い。
つまり通常の授業以外でも俺たちがこいつらの面倒を見ないといけない。
ああもう、教官が迷惑をかけると言っていたのはこのことか。
「ねえ、課題やらなくていいの?」
「そんなのは後回しだ」
幸いにして今日の課題は『実際に魔法を使ってみる』という簡単なものだ。
おそらく教官も班ごとにしっかりと話し合いをさせるためにこの課題を設定したのだろう。
「一応聞いて置くが試験はどんな様子だったんだ?」
「うーんとね、ぜんぜんダメだったけどなんでかわからないけど合格しました」
そりゃあ合格基準が魔力だけだったからな。
「……運動は、苦手」
なら筆記のほうは悪くなかったのか。
「ボクは体動かすのは得意だよ」
まあ勉強できないのはよくわかった。
とりあえずアンナは全体的に、リサは運動が、アキラは頭を使うのがダメか。
「特技とか趣味とかはあるのか?」
「趣味? 趣味はかわいい物を集めることかな。
特技は……あっ、この前馬に乗れるようになったよ」
そうか、それは良かったな。
「……本を読むこと。
あと、弓も少し、使える」
弓か、それならまだマシか。
「ボクはとにかく体を動かすことが得意だよ。
あと狩りも好きだよ。
この前も猪をしとめたよ」
そうか、アキラが運動が得意なのはよくわかった。
ところで猪のくだりで拳を突き出していたがまさか素手で倒した訳じゃないよな?
「私は必要な武芸は一通り収得している。
馬に乗って草原を走るのが好きだな」
え?
「どうかしたか?」
「いえ、何でもありません」
別にお嬢様には訊いていないんだが。
優秀なのはわかっているし。
「ねえ、そんなことより早く課題をやろうよ。
ボク、魔法を見るの初めてだから楽しみにしてたんだから」
「…私も」
は、初めて!?
いや、まさか、そんなはずないよな?
「私も自分で使うの初めてだから楽しみ〜」
アンナまでか。
アキラとリサは魔法を見たこともなく、アンナは使ったことはない。
魔法なしで生活できるのか?
飲み水の確保も大変だろうに。
そういえばこの三人も魔力が強いからここにいるんだったな。
ちょっと確認してみるか。
「なら少しやってみるか」
俺は昼休みに運んできた箱から魔法を使うために必要な媒介を取り出し、三人に向かって放る。
三人がそれを受け取ったとき、それは起きた。。
突然三人の手元から勢いよく水が飛び出し、それぞれへとかかった。
どうやら本当に知らないようだ。
「何するんだよ!?
びっくりするじゃないか!」
「悪かった」
もちろん狙ってやったので素直に謝り、アキラが落とした木の板を拾った。
その表面には寮の部屋にあったのと同じ青い魔法陣が描かれている。
違いがあるとすれば寮のは石造りなのにこれは木製なこと、それと大きさぐらいだ。
再び水の音がしたのでそちらを見ると、リサが落ちた魔法陣を拾おうとした体勢で水をかぶっていた。
次にじっと俺と俺の手にある魔法陣を見ると、再び床に落ちた魔法陣へとおそるおそる手を伸ばす。
板の側面に手が触れたところでまた水が飛び出すが、今度は水をかぶることなく、水が垂直に吹き上がる様子を見つめている。
しばらく手を放したり触ったりを繰り返すと、また俺の手にある魔法陣を見る。
「触ると、水が出る。
放すと、止まる。
なぜヤエトの、それからは水が出ない?」
なるほど、ただ水が出るのを見ていたわけじゃないのか。
「魔法の使い方は知っているか?」
リサは首を横に振る。
他の二人にも確認してみたがやはり知らないらしい。
俺は手に持っていた魔法陣を三人が見やすいように机の上に置いた。
「この表面に彫られているのが魔法陣。
魔法を使う上で絶対に必要な媒介だ」
逆に言えば魔法陣なしに魔法を使うことは人間には不可能だ。
「例えばこの魔法陣は水を出すための物。
他にも火を出したり光を出したりする物がある」
魔法陣の表面を指でなぞる。
木版に彫られた溝を埋めるように青いインクが塗りこめられている。
青色は水のマナとの相性がいいため水を出すのに使われている。もちろん求められる効果によって使われる色は変わる。
「魔法って言うのはこの魔法陣に魔力を通すことで発動するんだ」
指先に魔力をこめて魔法陣に送り込む。
すると魔法陣から水柱が吹き上がった。
さらに魔力をこめて送り込むと吹き上がる水柱の太さが倍に増えた。
「こんなふうに送り込む魔力が強ければ強いほど、一度の現れる魔法の強さは上がる。ただし」
一度魔法を止めて、魔方陣を窓から外へと向けて今まで以上の魔力をこめる。
魔方陣は今まで以上の水を生み出すが、魔力を送り続けているにもかかわらずすぐに水が出なくなってしまった。
「魔法陣によって出せる力の限界は決まっている」
魔法の強さは魔法陣の良さによって決まる。
それは主に魔法陣の大きさ、陣を刻む物の素材、インクの原料、そして魔法陣の完成度の四つによって決まる。
大きければ大きいほど単純に強い力を持ち、木や石、鉄というように用途によって素材を変えることによって力の強さは変わる。
その中でも重要なのがインクだ。
インクの原料にいたってはさらに多種多様だ。発動させるだけなら色がついていれば何でもいいし、木の実や鉱石、死んだ魔物や動物の身体など、必ずしもどれがいいとはいえないが、使う素材によって力の強さは大きく変わってしまうのだ。
今回の場合は目測ではおおよそ10リットルほど水を出したところで限界を迎えた。
手のひらサイズの木製でこの量ということはそれなりにいい材料を使っているはずだ。
「ある程度魔力の操作ができればこんな風にコントロールできる。
魔力の操作ができなくても魔法陣に向かってしっかり祈れば自然と魔法陣に魔力は送られる。
だから魔法を使うだけなら誰でもできる」
「……私は、特に祈ったりしなくても、できたけど?」
「それはリサの限らずこの場にいる全員が強い魔力を持っているからだ。
強い魔力を持っていると身体の外にもれ出ている魔力が勝手に触れた魔法陣に流れ込む。
だから特に何かしようとしなくても勝手に魔法が発動してしまうんだ」
これを防ぐには魔法陣に触れても勝手に魔力が流れ込まないように制御できるようにするしかない。
「ちゃんと魔法を使えるようになるにはとりあえず、三人は魔法陣に触れても勝手に魔法が発動したりしないようにできるところからはじめないとな」
そこまでこないと魔法の練習以前にそこらに魔方陣がある中で普通に生活することさえ大変だからな。