29話
オーガと距離を置きつつもこれまでよりも視界の開けた広い場所へ移動する。
今この場にいるのは八人。
リサとトーラはオーガが俺たちの正面の位置にくるように誘導している。
チャンスは一回。それは魔法武器が一度しか持たないからというだけではない。
一度近づかれてしまえば全員が無事に逃げることは不可能だからだ。
この場にいるみんなの命運を背負っているというプレッシャーで心臓が激しく鼓動を刻む。
魔法武器を握る手は汗ばみ、小刻みに震え止まらない。
せの震える手に、腕に、肩に、背中に手が触れられる。
「大丈夫。ヤエト君なら大丈夫」
「そうだ、もっと自信を持て」
アンナの、お嬢様の声がかけられる。
後ろを振り向けば両肩にはハウスウッドのお嬢さんとレントの手が、背中にはアキラの、カナタの、ジジの手が。
そして両手にはアンナとお嬢様の手が添えられている。
体に触れる掌が暖かい。
先ほどまで感じていた緊張が感じられなくなり、震えが止まる。
呼吸を整え、ゆっくりと魔力を練り上げ始める。
トーラとリサが戻ってきた。
「すぐに来る」
「わかった、二人もすぐに準備を」
二人も皆と同じように俺の後ろに回り、背中に手を添える。
大気を震わす怒号が、大地を揺るがす進撃が、何よりも肌を突き刺す圧倒的なまでの威圧感が奴との距離を教えてくれる。
恐怖がないわけではない。
だがその恐怖を押し殺し、体の震えを押さえ、魔力を練り続ける。
俺が三つの魔力を停滞させ、皆がそれぞれ一つずつの魔力を停滞させる。
一つ一つが強い力を持つ魔力が全部で十二個。
この魔力すべてを俺に集め、制御しなければならない。
ここまでは順調だ。
残る問題は二つ。
一つはもちろん奴に当てることができるかどうか。
どれだけ強力な攻撃だろうが当たらなければ意味がない。
両脚に小さくない負傷をしたとはいえ敵は止まっていてはくれない。
危険は承知の上でできる限り引き寄せて使わなければならない。
残る一つはこの魔法陣がしっかりと発動してくれるかどうかだ。
俺が制御に失敗するかもしれない。この魔法武器が失敗作かもしれない。
全てにおいてぶっつけ本番、不安材料には事欠かない。
だがそれでも皆は俺を信じた。
だから俺も信じよう。
俺自身の力を、そしてあの人のことを知る学科長を。
木々の隙間から奴が現れた。
草をかき分け、怪我をしているとは思えないほどしっかりとした足取りでこちらに近づいてくる。
だが後十歩ほどの距離で止まる。
本能で気がついたか、足を止めて身構える。
あのままもう三歩でも近づいてくれればまずはずさない自信があった。
じりじりと間をはかるようにゆっくりと近づいてくる。
それに合わせるようにみんなから魔力が送られてくる。
一歩、みんなから送られてきた魔力を一点に集める。
一歩、その周りを自分の魔力で覆い、魔力の拡散を押さえ込む。
一歩、まだ放たない。
先ほどと異なり身構えられていては避けられてしまうかもしれないからだ。
一歩、押さえ込んだ魔力を注ぎ込む。
跳んだ。
魔法陣を発動させようとした瞬間、奴が跳んだ。
あわてて修正しようにも狙いが定まらない。
発動を遅らせるのも限界が近い。
それでも近づいてくれる、それも空中で身動きできないで。
ならば絶対にはずさない。
しかし奴の顔を見た瞬間直感した。
間に合わない。
狙いを修正するのにかかった分、奴の腕が届く方が早い。
眼前に二本の剣が突き出された。
お嬢様とレントだ。
防ぎきれるかわからないがわずかな時間なら稼げるかもしれない。
しかしそれを嘲笑うかのように奴は腕を大きく振り上げる。
剣ごとお構いなしになぎ払うつもりだ。
勝利を確信した奴が笑う。
次の瞬間、背中に添えられた手の一つが消えて、肩に重みがかかる。
視界の上方向に影が差す。
俺の頭上から足が伸びる。
その足は片腕を失い、もう片方を振り上げ無防備にさらされた顔面に吸い込まれるように当たった。
アキラの蹴りだ。
渾身の蹴りは奴をのけぞらせ、動きを止めた。
そして、魔法が解き放たれた。
森の周辺に展開した兵たちが揃ってそれを見上げている。
無理もない、事前に聞かされていた私でさえも、その光景に唖然としていた。
地上より天を穿つがごとく放たれた光の柱。
わずかな時間で消えてしまったとはいえ忘れられる物ではない。
隣に立つ十年来の友人を見る。
彼女が笑っていた。
彼女の言っていたことが本当ならばあの光は彼女の作った兵器と私の教え子たちが力を合わせた結果起きたことになる。
魔法科の教官を任されるだけあってこれでも私はヤエトほどではないにしても魔法技量に長けている。
だからこそ分かる。
あれは異常だ。
既存の魔法陣ではどれだけ魔力を注ごうとあのサイズの魔法陣であれだけの力は出せない。
彼女はいったい何を作ろうとしているのか。
そして、彼らになにをさせようとしているのか。
私はそんな不安を感じられずにはいられなかった。




