20話
その顔は恐怖に染まっていたこと。
被っていた兜は変形し頭に食い込んでいる。
首の傷は斬られたと言うよりも千切られたようで痛々しい。
強く、強く奥歯をかみしめる。
思いの外驚きが少ないのはある程度予測していたからかもしれない。
昨日の夜から悪い予感を感じていた。
森に近づくにつれて予感は強くなってきた。
だからこそ普段以上に周りに気を配っていた。
仲間の安全を維持することに勤めた。
だがそれでもそれからはまだ逃れられていない。
論理も理屈もない直感とも言えないようなただの予感。
悪いことが起きるという予感。
四年前、二度とあの人と話すことができなくなったように。
だがまだ間に合う。
今回はまだ何も手遅れになっていない。
「ねえヤエト」
正面をにらみつける俺と異なり、先ほど揺れた茂みの向こうをから視線をはずさずに話しかけてきた。
「これ、たぶん逃げた方がいいよ」
「分かっている。だが今のままじゃ逃げられない」
俺やアキラはともかくアンナとリサはこの先にいる奴に追いつかれればろくに抵抗できないまま殺されるだろう。
だから俺たちが逃げるより先に二人を逃がさないとならない。
「お嬢さま、二人を連れて逃げろ」
正面から視線をはずさないまま後ろにいるお嬢様たちに大声で伝える。
奴にも聞こえてしまうだろうが気にしている場合ではない。
そんなことよりも向こうから視線をはずす方がよほど問題だ。
「何を言っている。私も一緒に戦うぞ」
「ダメだ!」
おそらく俺が感じている重圧はお嬢様まで届いていないのだろう。
だからわかっていないのだ。
これは戦ってはならない相手だ。
勝ち目など全くない。
大事なのはいかに逃げ延びるかだ。
全員で生き延びるにはまずアンナとリサを逃がさなければならない。
安全に逃がすためには足止めする者と二人を守りながら逃げる者が必要だ。
「いいから一刻でも早く逃げろ。こうしている時間すら惜しいんだ」
「しかし……」
お嬢様との会話を隙と見たか、右の茂みから何かが飛び出してきた。
もちろん俺はそいつに気が付いていたがわざわざ見たりしない。
そんなことをすればその隙にこの奥で様子を見ている奴が襲ってくるのがわかっている。
せしてわざわざ俺が見るまでもなく、対処してくれる相手はいる。
「ハァ!」
視界の右端にアキラが映る。
敵も弱くもないだろうが、アキラならば時間稼ぎぐらいはできるはずだ。
「オーガだと!?」
敵をみたお嬢様が叫ぶ。
おかげで敵の正体が分かったが、不安も増した。
ゴブリンとは比べものにならない強さを持つ妖魔だ。
何か特別な特性を持っている訳ではないが、ただ単純に強い。
鋭利かつ強固な爪に鋼のごとき強靱な筋肉。
この二つこそがオーガの武器であり防具でもある。
強靱な筋肉を持ってふるわれる爪は時に鋼鉄の鎧さえ引き裂き、鋼のごとき身体は刃の侵入を阻む。
もし刃物でオーガに傷を付けたいならば剣ではなく大型の槍や斧を使うべきだ。
しかし今問題なのはそこではない。
今一番問題なのはアキラが戦っているオーガよりも明らかに強いはずの敵がこちらの様子を窺っていることだ。
「二人ともいま助け−−」
「リリエル!」
叫ぶ。
「おまえの役目は二人の護衛だ。こっちにきてどうする!
今おまえが真っ先にやらなければならないのは二人を連れて逃げることだ!
おまえたちが逃げないと俺たちが逃げられないだろうが!」
もはや言い繕う余裕もない。
今まで様子を見ていた奴の気配が動いた。
ゆっくりとこちらに近づいてくる。
一歩近づく度に重圧が増してくる。
おそらくいい加減お嬢様もこの重圧に気が付くだろう。
しかしアンナがこんな重圧にさらされたら竦み上がってしまい身動きすらできないかもしれない。
それにここに奴がきたらアキラの邪魔になる。
連携が見込めないならせめて相手の邪魔だけはしないようにしよう。
一歩踏み出すと同時に燃焼を開始する。
一回、二回、三回と距離を測りつつ燃焼を続ける。
四回、五回、六回と燃焼させた魔力を両腕に停滞させる。
敵の姿がはっきりと見えた。
やはりオーガだ。しかも先ほどのオーガより一回り以上大きい上、腕や首回りに装飾品を身につけている。
見るからに先ほどのと比べて格上だ。
まともに戦えば俺なんかでは相手にならないだろう。
だがここで引くわけにはいかない。
剣を上段に構え、七回目の行う。
そして八回目の燃焼を終えるとともに最後の一歩を踏み出す。
停滞させていた全ての魔力を収束させ、白く燃え上がる剣を、俺はオーガめがけて振り下ろした。




