2話
講堂が敷地の東よりにあるためそれなりに歩く。
もともと校舎が東側に集中しているため、わざわざ魔法科が西側にあるのが悪いのだが、作為的なものを感じざるをえない。
入校式を終えて教室に戻るとかなり疲れているのが見てとれるのが四人ほどいた。
正直往復一時間程度の道のりを特に何も持たずに移動しただけではそこまで疲れるものではない。少なくとも俺に限らずこの訓練校に入れるならばそれぐらいは当然である。
さらにもう一つ不安材料がある。
最初に教室には行ったときから気がついていたが十人分の席しかない。
しかもクラスは他にはない。
つまり魔法科の生徒はこの場にいる十人だけということになる。
いくら何でも少なすぎだろう。
真面目な話、ダメかもしれない。
仮にも第三軍事訓練校に新設されるのだから何かしらの意味があるのだという期待があった。
しかし今日この場に来てからその期待は見る影もない。
今では不安だけがある。
他の生徒たちが話している中、俺は静かに教官を待った。
俺の抱える不安を消せるとすれば、それは教官しかいないからだ。
少しして教官が入ったくると静かになった。
立ち上がり、敬礼をして、席に着く。
挨拶をすませるとすぐに学科の説明が始まった。成り立ちや存在意義、俺たちが学ぶべきもの、身につけるもの。
それらは全て次の言葉に集約されていた。
「魔法科の目的は魔法兵の育成である」
皆が驚き呆然としている。
「……は、は、はは」
俺はこみ上げてくる笑いを止めることなどできなかった。
できるはずがない。
その言葉で不安なんてものは吹き飛んだ。
当たり前だ。不安なんて感じるはずもない。
俺の中にはもう絶望とあきらめしか残っていなかった。
教官の話が終わり、俺が絶望する中、隣に座るお嬢様がすっと手を挙げる。
「なんだ? リリエル訓練生」
名を呼ばれ立ち上がるお嬢様からは俺とは違い、絶望も諦めも、混乱も動揺も感じられなかった。
「本当にそんなことが可能なのですか?
魔法兵など御伽噺でしか聞いたことがありませんが」
「ふむ、いい質問だ」
「何を分かり切ったことをおっしゃっているんですの」
教官の言葉を遮るように高らかに響く声。
そちらに視線をやると金色にきらめく髪を長くのばした女が立っていた。威風堂々としたたたずまい。
お嬢様を見つめる目には自信に満ちており、思わず圧倒される。
「もちろんできるに決まっておりますわ。
これまでなかったことなどできないことの証明になどなりませんことよ」
自信を持って言い切る姿に息をのむ。
なぜそんなことを言い切れるのか理解できない。
少なくとも魔法というものがどういうものか知っているならそれがいかに非現実的なことかわかっているはずだ
「何を根拠にそう言い切れる?」
「決まっておりますわ。
私わたくし、スイ・ハウスウッドがここにいること。
それこそが何よりの根拠ですわ」
いや、なんだその理由は?
「私の進む道に挫折はなく、間違いもなく、ただ栄光だけがございますわ。
将来、偉大な人物としてこの国の歴史に名を残すことが約束されている私がこの場にいる。
ならばその試み、失敗することなどありえませんわ」
うわぁ、なんだこの女、理解できない。いったいどこからそんな自信が湧いてくるんだ?
「スイ訓練生、座れ。今は私が話している?」
「ええ教官、失礼しましたわ」
教官に注意をされているにもかかわらず特に気にすることもなく笑みさえ浮かべて席に着く。
それもその自分のすることに間違いはないという自信があるからなのだろうか?
「さて、リリエル訓練生の質問だが、結論だけを言えば不可能ではない。
無論、今期の訓練生である諸君達については実験的な側面が強いことは事実だ。
しかし諸君達は今期の受験生の中でもっとも魔法兵になれる可能性が高いと判断され選ばれた者である。
そのことに自信を持ってほしい。
また魔法兵としてでなく、一人の歩兵としても他に決して劣らぬ教育をすることを約束する」
信用できない。
それが正直な気持ちだ。しかしおそらく何一つ嘘はないのだろう。
本当に不可能ではないと思っているし、その一方でそれがとても困難であることも理解しているのだろう。
隣のお嬢様の様子をうかがうと何やら考え込んでいる。
それが自分のこれからのことか、魔法兵についてか、それとも全く別のことかはわからない。
しかしすでに決まってしまった以上はここで何とかするしかない。
それは貴族であろうと変わらないのだろうし、もちろん俺なんかに選択権なんかない。
ここで自分にできる限りのことをするしかない。それはよく考えてみればいつものことだった。
そう考えると少しだけ気分が楽になった。






