おふろ。その2
「うーっ! あたしに抱きつかせろ! 頬ずりさせろぉ! 千歳の柔肌を心ゆくまで堪能させろーっ!!」
「にゃあああああああああ!!」
うりうり!
「うにゃーっ! ううぅ、やあぁ……」
うりうりうふにふに!
ほっぺたぷにぷにしてる二の腕もぷるぷるしてる背中とかすげーすべすべしてる髪の毛も濡れててしっとりつるつる食べちゃいたい食べてもいいかなちょっとくらいなら食べてもいいよねいただきまーすっ。
あぐっ。んむんむ。んむんむんむ。
お湯の味がした。あと、ほんのりとリンスの味が。
「……あおちゃん? なにしてるの?」
「んぐ?」
諦めたよーにぼーっとしてた千歳も、あたしが髪の毛をむぐむぐやりだしたあたりで不審に思ったらしい。いまさらだにゃーとおねーさんは思うのですけど。
ゆっくりと、千歳の顔が180度回転していく。擬音でいうならぐぎぎぎってかんじ。
視線が合って、そして、視線が外れる。千歳の視線があたしの口元に移る。やー、みつめないでー。
そのままゆっくりと千歳の身体が半回転して、正面から見つめあう形になって。
こてん、って千歳のキュートな小顔が傾げる。
「それなーに?」
「髪の毛」
「だれの?」
「千歳の」
「そーだよね。あたしの髪の毛だよね。うん。確認作業はたいせつ。間違ってたらたいへんだもんね。ちゃんと確認しないと」
「そだね。んぐんぐ」
「ねえあおちゃん?」
「はに?」
「あおちゃんはなにをしてるのかなあ?」
「んー? 千歳の髪の毛を食べてる。けっこー美味しいよ?」
「……へんなもの食べるなーっ!」
ぺちっ!
千歳のちっちゃなおててにお仕置きされてしまった。
「うー。ごめんちゃい」
「ごめんなさいのまえに口にいれてるものをだしなさいーっ」
だがことわーるっ。
「……でもいいじゃんたまには変なもの食べたって。人間の飽くなき好奇心が未知の食材を探求してくれたおかげであたしたちはいまこーして美味しいものをいろんな種類たべられるんだよ? 先人たちに敬意を表して、あたしたちもそれに見習わなくちゃダメだと思うんだ」
「……ふへ?」
「だから千歳もふろんてぃあ精神をもっていかなくちゃ。ほらっ」
「むぐっ?!」
ぐいぃ。
千歳のぷるぷるした口に、あたしの髪の毛を押し付けてみた。キミも共犯者になってしまえばいーのだよ、ふふふ。
「ほらっ、勇気だしてっ。千歳ならできる。やればできる子だってあたし知ってるから!」
てきとーなことを言いながら、ぐりぐりしたりして。たーべーろー。おまえも罪をかぶるのだー。
林檎みたいなほっぺたして、無言でいやいやする千歳は、ちょっと反則級に可愛らしかった。
ぷつんと、頭の中のどこかの回路がショートした音がして。
「……んっ」
つつっ、と指先で唇を撫でる。
ぞくり、と千歳の身体が震えるのを感じる。
「……んあっ」
わずかに開いた、赤い唇の隙間に、あたしの髪の毛を捻じ込む。
ね、千歳。
あたしを、感じてほしい。
あたしを、刻み込ませてほしい。
「……んく、んく」
そう。
一緒になろう?
千歳。
永遠に近い時間を、あたしと千歳は見つめあった。咥内にお互いを感じたままで。
そして。
不意に、あたしの視界は、まっくろに染まったのだった。