異世界の住人が皆チートになるまでの話
「はっ……!? 魔王ヤマタノオロチが殺された!?」
暗い洞窟の底で、妾は思わず声を上げた。
この黄泉の奥深く。
光も届かぬ湿った岩のあいだで、妾は地の底を這うような気配の乱れを感じていた。
その報せを持ち帰ったのは、狸型の魔人――タヌーだった。
全身ぼろぼろだ。
毛は焼け、耳は裂け、息も絶え絶えで、今にもその場に崩れ落ちそうになっている。
それでもタヌーは、必死に顔を上げた。
「はいポン……! ワッチも協力して、何度も攻めてくる“戦神”と名乗る者を倒したんだポン……!」
声が震える。
「でも、あいつは一日経つとまた復活して現れるんだポン! 何度倒しても、また来るんだポン!」
その言葉だけで、妾の胸に嫌な確信が走った。
「度重なる戦いで疲れきった魔王様が、お酒を飲んで寝ていた時に首を斬られて、お亡くなりになってしまったんだポン……」
タヌーはそう言うと、がくりと膝をついた。
妾は黙り込んだ。
……分身め。
黄泉と現世の理を、破ったのか。
それがどれだけ深い罪か分かっているのか……。
妾の息子に。
妾の可愛い動物達を、駆逐させるために禁忌を……。
自分の作った命を、使い潰すつもりか。
怒りと苛立ちが、じわじわと煮え立つ。
「そやつには不死の力が与えられている」
妾はタヌーを見下ろし、低く告げた。
「ならば、妾も……貴様に力を授けよう」
指を伸ばし、タヌーの額にそっと触れる。
その瞬間、黄泉の冷たい気が流れ込み、タヌーの体がびくりと震えた。
「これで貴様も【無限転生】を得た」
タヌーの目が見開かれる。
「おおっ……!?」
だが、それだけでは足りない。
妾はさらに髪を一本抜き取った。
そこへ火を宿し、練り上げ、投げる。
髪から生まれた炎は、ひとつの人型へと変わっていった。
赤黒い稲光をまとい、目の奥に獰猛な火を宿した新たな魔王。
「魔王火雷」
妾はその名を与える。
次に、自らの唾液を垂らす。
それは白く泡立ち、やがて柔らかな輪郭を持つ魔人の少女となった。
「ミミ」
二人はその場で跪いた。
妾は新たに産まれた二人を見渡した。
「貴様らにも同じく【無限転生】を授ける」
「分かりましたわっ!」
「御意ぎょい!」
声が揃う。
まだ生まれたばかりだというのに、二人はどこか頼もしく見えた。
これで、ひとまずは安心だ。
「何か動きがあれば、すぐに知らせるのだ」
妾が命じると、タヌーを加えた三人は颯爽と洞窟の外へ駆けていった。
一ヶ月後。
「どこに逃げても追いかけてくるポン!!」
「負けてしまいましたわっ!」
「面目無い……!」
三人は揃って、また洞窟へ転がり込んできた。
【無限転生】によって復活地点へ戻されたのだ。
みな傷だらけだった。
そして顔には、はっきりと怯えが刻まれていた。
タヌーが肩で息をしながら報告する。
「一回は倒せたんだポン! でも、復活して返り討ちにされたんだポン!」
「何か対策しないと、永遠に追いかけてくる勢いだったポン……!」
妾は顎に手を当てた。
「ふむ……倒した戦神のLvは、1に下がっていたのか?」
「はいポン!」
タヌーが頷く。
「でも、ワッチ達も復活するとLv1に戻るから、結局きついんだポン……」
なるほど。
一度倒せば、あの子も弱る。
ならば、少しだけこちらが先に強くなればいい。
そう思った。
「よし」
妾は三人へ手をかざす。
「貴様らに、さらなる力を与えよう」
タヌーには【なんにでも変身】。
ミミには【なんでも食べちゃうわっ】。
魔王火雷には【触ると感電死】。
「この力で逃げ回りながらLvを上げるのだ」
妾は言う。
「そうすれば、戦神も恐るに足らぬはず」
三人は再び洞窟を飛び出していった。
長い終わりの見えない戦いがはじまった。
そんなある日ーー
「魔王様が【触ると感電死】を反射されて感電死したから逃げてきたポン!!」
「向こうも力を二つに増やしてきましたわっ!」
洞窟に飛び込んできたのは、またタヌーとミミだった。
二人とも死に物狂いだ。
その隅では、魔王火雷が虚ろな目で体育座りをしていた。
十年かけてようやくLv99まで上げたのに、死んで全部吹き飛んだのだ。
やる気もなくなるだろう。
……可哀想だから、もうあれは引退でいい。
妾はこめかみを押さえた。
ググググッ……!
こしゃくな……!
あのクソ女神め……!!
妾の中で、何かがぷつりと切れた。
「もう許さぬ!」
洞窟に妾の声が響く。
「妾は完全に怒った! 全面戦争だ!!」
その瞬間、黄泉の空気が変わった。
妾は大量の魔物を創り出した。
牙あるもの。
羽あるもの。
這うもの。
跳ぶもの。
吠えるもの。
群れるもの。
そして、そのすべてに【無限転生】を与えた。
死んでも終わらぬ軍勢。
洞窟の奥で増え続けた魔物達は、やがて出口からあふれ出し、黄泉の地上を覆い尽くしていく。
それに気づいた分身は、現世から転生してきた人間達へ【無限転生】を与え、魔物と戦わせ始めた。
ならば、と妾も対抗する。
倒された魔物達のLv上限99という枷まで外し、際限なく成長できるようにした。
さらに新たな力を。
さらに新たなチートを。
より強く、より凶悪に。
だが分身も負けていなかった。
魔物に殺された人間達へ、また別のチートを与える。
倒され、蘇り、強化され、また殺し合う。
いつしか黄泉は、休息の国ではなくなっていた。
戦いのためだけに命が増え、死に、また戻る世界。
その頃からだ。
分身は、自分を“女神”、妾を“邪神”と呼び始めた。
邪神はそっちだろう。
妾もまた、自分を“女神”、分身を“邪神”と呼ぶようになった。
正しさなど、もうどちらにも残っていなかった。
残ったのは、譲れぬ意地と、終わらぬ怒りだけ。
こうして、女神と邪神の戦いは激化していった。
そしてこの世界――黄泉は、
ついに地獄と化したのだった。




