神の使いシロちゃん
「……あれ?」
おっさん達が、ぽかんと口を開けた。
「シロさん! 裏切ったんじゃなかったのか!?」
ついさっきまで敵側の間者として名を出され、国中を混乱に叩き込んだ張本人が、何食わぬ顔でそこに立っている。
困惑しない方がおかしかった。
だがシロは、胸を張って鼻を鳴らした。
「ボクは女神の使いじゃなくて、神様の使いだピョン!」
白い耳をぴんと立てて、得意げに言い切る。
「これは全部、ボクとお父様達が考えた作戦だったんだピョン!」
「神様……?」
田中が眉をひそめた。
「それは一体、どういう意味ですか?」
言葉の意味は分かる。
だが状況が追いつかない。
裏切りだと思っていたものが、実は作戦だった。しかも“女神”ではなく“神様”の使いだという。
「シロ、僕にも説明してよ」
旦那のアシヲすら話を聞いていなかったらしく、完全にあたふたしている
「まあ、見てるがいいピョン!」
シロはそう言うと、懐からスマートホンを取り出した。
小さくて薄いそれは、今この戦場にはあまりにも似つかわしくない。
だがこの世界では、そんな常識はとうに壊れている。
シロは迷いなく画面を操作し、どこかへ電話をかけた。
「お父様! 出番ですピョン!」
そう叫ぶと同時に、スマホの画面がまばゆく光った。
次の瞬間。
光の中から、人影がぬっと現れた。
「アシヲ! ここまでよく耐えた! 偉いのじゃ!」
低く太い声が甲板に響く。
現れたのは、白髪まじりの髪をした、がっしりとした男だった。
村長の姿をしているのに、その立ち姿には妙な圧があった。
「お父様!?」
アシヲが目を見開く。
そこにいたのは、間違いなく村長だった。
「こ、これは……わざわざ来てくださり、ありがとうございます!」
アシヲが思わず深く頭を下げる。
その姿は勇者というより、完全に婿の挨拶だった。
「堅くならんでもよい」
村長はそんなアシヲの肩に、ぽんと手を置いた。
「もうお主の決意は見た。ムカデや蜂に襲わせたりなどせぬのじゃ」
村長はそのまま静かに振り返った。
手には、少し欠けた愛刀。
派手さはない。
だが、その刃先が向けられただけで空気が変わった。
切っ先の先には、海から這い上がってきた大魔帝ハーレムがいる。
黒い翼から水を滴らせながら、それでもなおしぶとく立ち上がっていた。
村長は目を細めた。
「お主は、あの湖浴場でワシを倒した者か」
「……」
「それが今代の魔王だったとはの。強いはずじゃわい。ワシが大昔に倒した初代より、ずいぶん骨がありそうじゃ」
その言葉に、田中達が息を呑んだ。
さらりと言ったが、内容はさらりでは済まない。
初代魔王を倒した。しかも“大昔に”。
大魔帝ハーレムもまた、わずかに目を細めた。
「キサマ……我が先祖、八岐大蛇を倒したという、あの戦神だったのか」
水を滴らせたまま、ゆっくりと立ち上がる。
「だが、我は神をも超えた力を持つ大魔帝だ!」
言葉とともに、両腕に禍々しい光が集まり始める。
空気がびりびりと震え、甲板の鉄板さえ焼けるような熱を帯びた。
「我が力に恐怖するがいい!」
大魔帝ハーレムが両手を前に突き出す。
「大魔帝ビィィィーム!!」
轟音。
至近距離から放たれたそれは、もはやビームというより災害そのものだった。
視界を埋め尽くす黒い奔流が、村長ごと甲板を呑み込もうと迫る。
おっさん達が目を見開く。
避けようがない。
このままでは全滅だ。
だが。
村長は、一歩も動かなかった。
「神を超える、だと?」
低く呟く。
その声には怒りより先に、呆れがあった。
「くだらんな」
次の瞬間、欠けた刀がわずかに持ち上がる。
「――リベンジじゃ。1万倍反射」
甲高い音が鳴った。
空間そのものがひっくり返ったような違和感。
大魔帝ハーレムの放った極太のビームが、村長の前でぐにゃりと向きを変える。
しかも、ただ跳ね返るだけではなかった。
光が膨れ上がる。
圧が増す。
熱量が跳ね上がる。
さっきまでのビームとは別物の、暴力の塊へと変質していく。
「何だと――!?」
大魔帝ハーレムの顔色が、初めて本気で変わった。
直後。
「グアァアァァァァァーーッ!!」
1万倍に増幅された自分自身のビームが、真正面から叩き返された。
黒い翼がちぎれそうな勢いで後ろへ引き裂かれ、その体は甲板を削りながら遥か彼方へ吹っ飛んでいく。
あまりの速度に、最後は光の点にしか見えなかった。
そしてそのまま――地の果てへ。
甲板に、唖然とした沈黙が落ちた。
誰もすぐには声を出せない。
「……は?」
佐藤Bがようやく漏らした一言が、その場の全員の気持ちを代弁していた。
村長は周囲の驚きなど気にも留めず、刀をひと振りして肩に担いだ。
まるで庭先の雑草でも払ったみたいな顔だった。
その時。
「ハーレム様〜!!」
四天王と魔人娘達が、揃って叫ぶ。
次の瞬間、一斉に空へ舞い上がった。
クルゥリー。
リーペ。
タヌー。
ミミ。
そして魔人娘達。
誰一人振り返らず、大魔帝ハーレムが吹き飛んだ方角へと追っていく。
あとに残ったのは、あっけにとられた人々と、反射されたビームに焼かれた天使達の残骸だけだった。




