運命の2人
「あれ……?」
燃えながら突っ込んできた国民の一人が、ふと足を止めた。
「俺達……何でキングカケル様を攻めてるんだ……?」
次の瞬間、そいつは自分の腕を見て目を剥いた。
「アチチチチチッ!! 熱い熱い熱い熱い!! うわああああっ!!」
その叫びに続くように、別の国民も我に返ったような声を上げる。
「うわぁっ! 体が燃えてる!!」
「キングカケル!! 助けてくれーーっ!!」
「「「熱い! 熱い! 熱い! アツイ! アツイィイイイイ!!」」」
さっきまで殺気に満ちていたはずの顔が、今は恐怖に引きつっていた。
燃える腕を振り回しながら走り回る者。
助けを求めて泣き叫ぶ者。
何が起きているのか分からないまま、ただ痛みに暴れる者。
もう、敵の顔ではなかった。
「おい!」
佐藤Bが、その変化にいち早く気づく。
「国民達の様子、何か変じゃないか!?」
燃え盛る群衆をゲバ棒で押し返しながら、眉をひそめる。
「戦意がないっていうか……操られてたのが切れかけてるのか?」
「そうですね!」
田中が、押し寄せる国民の肩を蹴り飛ばしながら叫ぶ。
「しかし、燃えたまま次々としがみ付いて来るので、今は倒すしかありません!」
理屈は分からない。
だが現実として、燃えながら助けを求める国民達は、その苦痛のまま本能的に周囲へしがみ付き、さらに炎を広げていた。
助けを求めているのか。
襲っているのか。
もはや区別がつかない。
おっさん勇者達は、疑問を抱きながらも、目の前の地獄をどうにか捌き続けるしかなかった。
ゲバ棒で叩いて引き剥がす。
高橋がバットで国民ごと魔人娘を吹き飛ばす。
佐藤Bの灰皿が飛び、燃える腕を叩き落とす。
だが、終わらない。
倒したはずの国民は、空母の奥にある復活地点から次々と戻ってくる。
吹き飛ばした魔人娘達は、その場で何事もなかったように立ち上がる。
一人減らしても、次の瞬間には埋まる。
押し返しても、押し返しても、前が詰まる。
ジリジリと後退を強いられ、ついには五人の周囲をぐるりと囲まれてしまった。
前も後ろも横もない。
熱と煙と、狂乱の叫びに包まれて、逃げ場そのものが消えていく。
そんな状況を見下ろしながら、大魔帝ハーレムは満足げに口角を上げた。
「フン。ようやく追い詰めたか」
その声には、勝者だけが持つ冷たさがあった。
「次は四天王達がお前達の相手をするぞ!」
黒い翼を広げ、楽しそうに腕を振る。
「行け! 四天王!」
「はい」
「ニャ〜!」
「ポン!」
「ですわっ!」
その声に応えて、四天王達が前へ出る。
クルゥリー。
リーペ。
タヌー。
ミミ。
ついさっきまで、同じ側で戦っていた顔ぶれが、おっさん勇者達の前に静かに立ちはだかった。
それだけで、空気がさらに重くなる。
「チェックメイトだニャ〜!」
リーペが楽しげに両手を広げる。
「空母プレスにゃ!」
その瞬間、五人の頭上の空間が歪んだ。
巨大な鉄の塊が、何もない空中からゆっくりと形を成し始める。
船首。甲板。艦橋。
見覚えのある輪郭が、ありえない速度で上空に創造されていく。
空母だ。
しかも、今いる足元の空母と同じ規模のものが、真上に現れようとしていた。
あれが落ちてきたら終わる。
逃げ場が、文字通りなくなった。
「流石に四天王の相手までは無理だな……」
佐藤Bが乾いた笑いを漏らした。
「……あー、我々もここまでか……」
高橋もバットを少し下ろす。
田中は眼鏡を押し上げたまま、静かに空を見た。
五人の間に、諦めにも似た空気が流れる。
万策尽きた。
そう言わんばかりに、おっさん勇者達がゆっくりと両手を上げた――その時だった。
「まだだ!」
アシヲ――佐藤Aが叫んだ。
一歩、前へ出る。
「まだオイラは諦めないぞ!!」
「ハハハハハッ!」
大魔帝ハーレムが、それを見て大きく笑った。
「見たところ、キサマが五人の中で最弱のようだが?」
見下しきった視線が、佐藤Aに突き刺さる。
「そんなザコが、今さら何をできるというんだね?」
その言葉が響いた、まさにその瞬間だった。
「ハーレム様がその空母欲しがってたピョン!」
どこからともなく、場違いなくらい明るい声が飛ぶ。
「え?」
リーペがぴたりと手を止めた。
「本当!?」
反応が、あまりにも素直すぎた。
「えい!」
次の瞬間、創造途中だった巨大空母が、くるりと向きを変えた。
五人の頭上ではなく――
大魔帝ハーレム、その真上へ。
「うわっ!?」
ほんの一瞬、さすがの大魔帝も間抜けな声を漏らした。
直後。
ドゴォォォンッ!!
まだ完全には固まりきっていないとはいえ、巨大な鉄の質量が、そのまま頭上から叩きつけられた。
「なんで我に――!?」
叫ぶ間もなく、黒い翼ごと叩き潰されるようにして、大魔帝ハーレムの身体がぐしゃりと沈む。
「ウギャアアアッ!!」
そのまま海へ真っ逆さまに落ちていった。
甲板の上が、一瞬だけ静まり返った。
「……え?」
佐藤Bが口を開ける。
「詐欺は、チートスキルなんて無くても使えるピョン!」
ぴょこん、と小さな白い影が姿を現した。
シロだった。
白い耳を立て、得意げに胸を張っている。
「待ってたぞ! シロ!」
アシヲが思わず叫ぶ。
「アシヲぴょん! お待たせピョン!」
シロは一直線に飛びついた。
勢いのまま、アシヲの胸にしがみつき、そのまま二人は強く抱きしめ合う。
ようやく辿り着いたものを確かめるみたいに、離れまいとする抱擁だった。
戦場の真ん中だというのに、その一瞬だけ別の空気が流れた。
アタイは今、深くて暗い海の中で沈んでいる。
もう、体に酸素は残っていない。
肺が焼ける。
胸が苦しい。
頭がぼんやりして、手足の感覚がだんだん薄れていく。
ここまでかもしれない。
そう思いながらも、アタイは両腕で青銅の鏡を強く抱きしめていた。
絶対に手放したくなかった。
この鏡だけは。
これはただの神器じゃない。
架様とアタイを繋ぐものだ。
それを思うたびに、指先に少しだけ力が戻る。
意識がもうろうとする中、頭の中で同じ風景が何度も何度も再生されていた。
架様との結婚式。
差し込む光。
笑い声。
胸がいっぱいになるような、あの幸せな景色。
だが、そのイメージも少しずつ崩れていく。
光が薄れる。
輪郭がにじむ。
声が遠ざかる。
そしてアタイ自身も、どこまでも深く沈んでいく。
あれ……?
こんな事……昔も、あったような……。
昔……?
とおい昔……。
アタイが生まれる、ずっと前。
アタイは、彼と恋に落ちて……。
彼を嵐から助けるために……。
生贄になった……?
鏡が、淡く光った。
暗い海の底で、その光だけが、やけに温かかった。
まるで、遠すぎる記憶を呼び覚ますように。




