我々!おっさん勇者5兄弟!
俺は、おっさん勇者達に見送られ、そのまま海へ飛び込んだ。
全身を、冷たい水が一気に包み込む。
耳の奥で、世界の音が遠ざかる。
さっきまで甲板を満たしていた怒号も、爆音も、悲鳴も、海の中ではすべて鈍く歪み、別の世界の出来事みたいに聞こえた。
暗い。
思っていた以上に暗かった。
海面から差し込む光はすぐに薄れ、少し潜っただけで、上下の感覚すら曖昧になる。
前を見ても、そこにあるのは青ではなく、ほとんど黒だった。
エーコの姿は、まだ見えない。
だが、必ず追いつく。
あいつは今、Lv1だ。
チートもない。
そんな状態でこんな海に飛び込んだら、無事でいられるはずがない。
俺は息を殺しながら、必死に深く潜った。
冷たい水が肌にまとわりつく。
服が重い。
肺がじりじりと苦しくなってくる。
それでも、止まれなかった。
しばらく潜っているうちに、ふと、ある違和感に気づいた。
……サメが、来ない?
海の中には、シロが呼び集めたワニザメが大量に泳いでいたはずだ。
甲板の上から見た時は、海面が黒い背びれで埋まるほどだった。
なのに。
一匹も、襲ってこない。
おかしい。
確かあいつらは、俺達を包囲するために集められていた。
だったら海に飛び込んだ俺が真っ先に噛み千切られていても不思議じゃない。
なのに、周囲の水はただ静かだった。
いや、静かではない。
暗闇の中に、無数の気配がある。
巨大な影が、何匹も、何十匹も、俺の近くをゆっくりと横切っていく。
それでも、牙は向けてこない。
そう考えた、その時だった。
海の深い闇の奥から、ひときわ大きな影が近づいてきた。
でかい。
普通のワニザメより、明らかに一回りは大きい。
近づくにつれ、その輪郭が少しずつ見えてくる。
巨大な胴体。
分厚い背びれ。
口を開けば、人間なんてひと呑みできそうな凶悪な顎。
だが、不思議と殺気は感じなかった。
むしろ、そいつは俺のぴったり横を並ぶように泳ぎ、こちらを見た。
穏やかな目だった。
海の底にいる化け物の目とは思えない。
言葉なんてないはずなのに、その視線ははっきりと何かを伝えていた。
――掴まれ。
そんなふうに言われた気がした。
俺は一瞬だけ迷い、それから思い切ってそのヒレに手を伸ばした。
ざらりとした感触。
掴んだ瞬間、巨大なサメは待っていたかのように身をひるがえした。
次の瞬間、世界が後ろへ吹き飛ぶ。
速い。
とんでもなく速い。
水の抵抗が一気に増し、顔の皮膚が引っ張られる。
息が詰まりそうになるほどの勢いで、サメは海の底へ、一直線に泳ぎ出した。
エーコの元へ。
まるで、最初からそこへ連れていくつもりだったみたいに。
⸻
その頃、甲板の上では、おっさん勇者達が死に物狂いで戦っていた。
燃え盛る国民達を叩き、吹き飛ばし、転がし、どうにか無力化しながら、さらに襲いかかってくる魔人娘達とも同時に渡り合っている。
最初にいた味方の国民達は、ほぼ全滅していた。
今、動ける戦力はおっさん勇者五人だけ。
対する相手は、国民と魔人娘達を合わせれば百五十万規模。
どう考えても終わっている。
「うおりゃああっ!!」
佐藤Aが燃える国民をゲバ棒で叩き飛ばす。
「畜生!! 倒しても倒しても即復活しやがる!」
佐藤Bが怒鳴る。
「高橋! もう通常攻撃じゃ間に合わない! アレを使え!!」
「了解!! 大気圏外ホームランッ!!」
カーーーンッ!!
乾いた快音が響き、国民が一直線に空へ吸い込まれていく。
その姿は途中で点になり、最後は本当に星みたいに消えた。
「いつか宇宙まで回収に行くから許してくれよ……」
「高橋!! 相手の心配してる余裕は無いぞ!」
「分かってる! うおぉぉぉ!!」
カーーーン!!
カーーーン!!
カーーーン!!
燃え盛る国民達が、次々と大気圏外へ打ち上げられていく。
「よし! 我々も行くぞ!」
田中が叫ぶ。
「ゲバ棒召喚!! ゲバ棒運動!! アドレナリンパーティ!! 安全第一!!」
五人の手にゲバ棒が現れ、連携力が一気に上がる。
身体能力が跳ね、頭上には強力なバリアが展開された。
「「「オリャオリャオリャ!!」」」
燃え盛る国民達をどんどん叩き飛ばす。
「隙ありぃ!! ピッチャー返し!!」
ドガァーン!!
「「「キャアアア!!」」」
打ち返された国民が、そのまま魔人娘達のど真ん中で爆発した。
「高橋ナイス!!」
「どんどんやってくれ!!」
「よっしゃー!! ピッチャー返し! ピッチャー返し!」
ドドドドカーーン!!
「「「キャアアアア!!」」」
「灰皿ブーメラン百連発!!」
無数の灰皿が飛び、魔人娘達を次々とぶちのめす。
爆破に巻き込まれる者。
灰皿に沈む者。
魔人娘達の数が、目に見えて減っていく。
「クッ……こしゃくな!」
大魔帝ハーレムが顔を歪める。
「だが無駄だ! ハーレム即復活!!」
「なっ!?」
倒したはずの魔人娘達が、また立ち上がった。
「なんだよそれ!! これじゃキリがないじゃないか!!」
その時、ビシッと音が走った。
「……っ!」
田中の頭上を覆っていた【安全第一】のバリアに、細いヒビが入っていた。
一瞬だけ、五人の動きが止まる。
だが次の瞬間、上空からエンジェル達が叫びながら落ちてきた。
「「「カミカゼアターーーーク!!」」」
前からは燃える国民。
横からは復活した魔人娘達。
「来るぞ!!」
「散るな! ここで崩れたら終わりだ!!」
五人は背中を寄せ合った。
「まだだ!!」
高橋がバットを構える。
「まだ振れる!!」
カーーーンッ!!
また一人、国民が星になる。
「ならオレもまだ殴れる!!」
佐藤Bがゲバ棒を振り抜く。
「アドレナリン切れる前に片付けるぞ!!」
「無茶言うな!! でもやるしかねぇだろ!!」
バットが唸る。
ゲバ棒が叩きつけられる。
灰皿が飛ぶ。
燃える人影が吹っ飛ぶ。
爆発が甲板を揺らす。
理屈も余裕も、とっくに尽きていた。
残っているのは、意地だけだ。
普通なら、ここで心が折れる。
だが。
おっさん勇者達は、湧き上がる絶望を噛み殺し、それでも前を向いた。




