戦慄!恐怖の大魔帝
「ハハハハッ! Lv1の分際で、我に戦いを挑むのか?」
大魔帝ハーレムは、空中にゆったりと浮かんだまま、高らかに笑った。
その笑いには、余裕があった。
勝敗が決した盤面を眺める者だけが持つ、残酷な余裕だった。
「本来なら、無限の苦しみを味わわせながら殺してやろうと思っていたが……まあいい!」
黒い翼がゆっくりと広がる。
その影が甲板を覆い、昼だというのに辺りが少し暗くなった。
「その前に見せてやろう。神をも超えた――Lv∞の我が、どれほど絶対の存在かをな!!」
Lv∞……?
息が止まりかけた。
無限。
そんな数字、ありなのか。
しかも、こいつは俺のLvが1であることまで知っていた。
鑑定チートを持っていなかったはずの相手に、どうしてそこまで見抜かれている。
大魔帝ハーレムが、ゆっくりと両腕を広げる。
「苦痛無限増加!!」
禍々しい光が、一気に周囲へ広がった。
「「「ギャアアアアア!!」」」
「「「グェエエエエ!!」」」
悲鳴が、あちこちから噴き上がる。
エーコが膝をついた。
おっさん勇者達が顔を歪める。
戦っていた国民も、空を飛んでいたエンジェルも、さっきまで大魔帝ハーレムの元へ吸い寄せられていった四天王や魔人娘達まで、まとめて苦しみ始めた。
まるで、この場そのものが巨大な拷問器具に変わったみたいだった。
「やめろ!!」
俺は叫んだ。
「四天王達まで苦しんでるだろうが!!」
「フンッ」
大魔帝ハーレムは鼻で笑う。
「これは、人間などに親しくした罰だ」
その視線が、ゆっくりと俺へ向けられた。
「……それにしても貴様。何故、我の究極のチートスキル【なんでもあり】による攻撃に耐えている?」
【なんでもあり】。
その名前を聞いた瞬間、胃の奥がむかついた。
なんだその、腐った冗談みたいな名前は。
何をしても通る。
どんな理不尽も押し通せる。
そんなものが“能力”として存在していいのか。
奥歯が、ぎりっと鳴る。
胸の奥から、嫌悪感が込み上げてきた。
チートという言葉そのものが、汚く思えた。
だが、その嫌悪より先に、別の違和感が浮かぶ。
……待て。
なんで俺だけ、平気なんだ?
周りは皆、苦しんでいる。
エーコも、おっさん達も、さっきまで敵だった国民も、戻っていった四天王達でさえ痛みに顔を歪めている。
なのに、俺だけは息ができる。
胸元に、熱を感じた。
視線を落とす。
勾玉が光っていた。
淡い光。
けれど確かな熱を帯びて、胸の上で脈打つみたいに明滅している。
そうだ。
邪神に攻撃された時も、これが光って俺を守った。
あの時も、理屈は分からなかった。
ただ、この勾玉だけが俺を生かした。
熱い。
皮膚の上で焼けるほどじゃない。
けれど、確かにここにあると分かる熱だ。
心臓の鼓動に合わせるみたいに、勾玉が小さく震える。
「我のチートが効かぬなど……!」
大魔帝ハーレムの表情が、初めて歪んだ。
「人間の分際で、そんな事があってはならぬ!!」
人差し指が、光速で振られる。
空気が裂けた。
目に見えない刃。
激しい真空波が一直線に俺へ飛んでくる。
避けられない――そう思った、その瞬間。
「架様ぁ~!! キャアア!!」
エーコが、俺の前へ飛び出した。
鏡を構え、真空波を受け止めようとする。
だが。
鏡が弾かれた。
エーコの身体が吹き飛ぶ。
鏡は高く跳ね、陽光を反射しながら、そのまま海へ落ちていった。
「エーコ!!」
俺は転がるように駆け寄った。
「うぅ……っ」
エーコは苦しそうに目を開ける。
そして、すぐに鏡がないことに気づいた。
「あっ……鏡が……」
「鏡なら、海に沈んだよ」
「アタイ……何てことを……」
震える声。
自分を責めるような目。
「いいんだ」
俺はすぐに言った。
「エーコが無事なら、それでいい」
自分でも驚くほど、すんなり言葉が出た。
「エーコがいるなら、女神なんてどうでもいい。早くハーレムを倒して、皆と一緒に帰ろう……」
本当に、そう思っていた。
不思議だった。
さっきまで頭の中を焼いていた女神への怒りが、今は少し遠い。
消えたわけじゃない。
でもそれより、目の前のエーコが生きていることの方が、ずっと大事に思えた。
神だの裁きだの、そんな大きなものより。
今はただ、皆で生きて帰りたかった。
だが、エーコは首を振った。
「ダメ!」
その声は、驚くほど強かった。
「あの鏡は、架様との絆なの!」
一瞬、胸が詰まる。
「アタイ……取ってくる!」
「エーコ!?」
止める間もなかった。
ドバーンッ!! と派手な音を立てて、エーコが海へ飛び込んだ。
馬鹿か!
今のエーコはチート無し、Lv1なんだぞ!?
そんな状態で潜ったら、溺れ死ぬに決まってる!!
「馬鹿!! エーコ!! やめろ!! 戻って来い!!」
だが、海面は泡立つばかりで、姿は見えない。
駄目だ。
駄目だ駄目だ駄目だ。
海だけは駄目だ。
エーコを海へ行かせてはいけない。
胸の底から、説明のつかない嫌悪と恐怖が一気に噴き上がる。
息が乱れる。
手の先が冷たくなる。
心のどこかが叫んでいた。
――また失うぞ、と。
前世よりももっと前。
もっと古い、記憶ですらない何かの底で、俺はこうしてエーコを失ったことがある気がした。
意味の分からない感覚だった。
だが、ただの思い込みとは思えないほど、生々しかった。
膝から力が抜ける。
俺はその場に座り込み、混乱したまま海を見つめた。
どうする?
俺は一体、どうすればいいんだ!?
その時。
「助けに行ってこいよ!」
腕を、ぐいっと引かれた。
振り向くと、佐藤Bがいた。
「佐藤B……」
「ここはオイラ達に任せてくれ!」
その向こうで、佐藤Aが俺の肩を思い切り叩いた。
「そうだ! おっさん勇者五人、まだまだ捨てたもんじゃねぇぞ!」
「我々も意外と強いぞ」
田中が眼鏡を押し上げる。
「ダンジョンで見ただろう? 大丈夫、簡単には死なんさ」
「そうだぜ!」
別のおっさん勇者が親指を立てる。
「オレの【大気圏外ホームラン】を使えば敵無しだ!」
「さっさと姉御を助けてこい!」
さらに背中を押される。
「姉御がいないと、アドレナリンパーティが盛り上がらねぇからな! オラよっ!」
五人が前へ出る。
俺と海の間にいた敵を、力ずくでこじ開けていく。
大魔帝ハーレム。
四天王。
魔人娘達。
本来なら、どう見ても勝ち目のない相手だ。
それでも、おっさん勇者達は立った。
「すぐ戻るからな!」
俺は叫んだ。
「あぁ!」
佐藤Bが不敵に笑う。
「早く戻って来いよ!」
五人の背中を見た瞬間、不覚にも泣きそうになった。
俺は頷くと、そのまま海へ飛び込んだ。
冷たい水が全身を包み込む。
背後では、戦いの気配が一気に膨れ上がる。
「はぁ……」
甲板の上で、佐藤Bが小さく息を吐いた。
「格好つけて送り出したのはいいけど……ちょっと相手がヤバすぎるな……」
「兄ちゃん……」
別のおっさん勇者が、唾を飲み込む。
「マジで早く帰って来いよ……」
五人は息を呑み、大魔帝ハーレムと、その傍らに集う四天王達へと向き直った。




