Lv1になりました。
ヤバい。
その一言しか、頭に浮かばなかった。
【無限転生】がない。
今の俺には、それがない。
死んだら終わりだ。
やり直しは、もうない。
しかも――Lv1。
マズい。
マズいマズいマズい。
心臓が、嫌な速さで脈打っていた。
喉の奥が乾く。
握っている剣が、さっきまでとは別物みたいに頼りなく見える。
足元まで、今にも崩れそうだった。
その時だった。
≪【勾玉】【鏡】【剣】が神格を取り戻した。【神の裁】の発動条件を満たしました。≫
頭の中に、冷たい声が響く。
「……神の裁き?」
なんだそれ。
名前からして嫌すぎる。
怖い。
普通に怖い。
今の状況で、そんな得体の知れない物騒な単語を追加するな。
意味が分からないのに、意味ありげすぎる。
背筋に、また別の寒気が走った。
「姉御! Lv1って本当ですかい!?」
佐藤Bが駆け寄り、エーコの顔を覗き込む。
「実は……俺もだ」
自分で口にした瞬間、ぞっとした。
言葉にしてしまうと、現実味が増す。
冗談でも聞き間違いでもなくなる。
「えぇっ!? 兄ちゃんもか!?」
佐藤Bの顔が、見る見るうちに引きつった。
「我輩達は、普通にLv変わってないぞ!?」
「周りの国民達も、チートを失った様子はありませんね」
田中が周囲を見渡しながら静かに言う。
「カケル殿とエーコ殿の共通点があるとすれば――」
そこで一拍置いた。
「復活地点が、はじめての村である事くらいでしょうか」
「あっ……!」
その瞬間、脳の奥で何かが繋がった。
邪神を倒した時のことだ。
ダンジョンの中にいた魔物達だけがチートを失い、外の魔物や魔人達は平然と力を保ったままだった。
あの時、違和感はあった。
だが、戦いの中で深く考える余裕がなかった。
今なら分かる。
あれは世界全体の一括解除じゃなかった。
管理の範囲ごとに、区切られていたんだ。
俺は反射的に、さっきまで女神がいた場所を見上げた。
そして息を呑む。
あった。
さっきの女神殿にそっくりな雲が、その上空にもう一つ浮いていた。
「女神は一人じゃない!」
気づけば叫んでいた。
「エーコが倒したのは、はじめての村を担当していた女神だ! あの雲の中に、まだもう一人いる!」
「エーコ! あの雲に鏡を――」
「待て!」
鋭い声で、田中が止めた。
エーコが鏡を構えかけた手を、ぴたりと止める。
「女神が二人だという確証は何処にある!?」
「……っ」
「もし三人いたら? 四人いたら? あるいは、それ以上だったら?」
言葉が詰まる。
邪神は二体倒した。
それでも、ダンジョンの外の世界は何も変わらなかった。
だったら女神も同じだ。
最低でも三人。
いや、人口や土地ごとの管理を考えれば、もっといる可能性だってある。
「下手に女神を殺して、我輩達までチートを失ったらどうなる?」
田中の声は冷静だった。
だが、その冷静さが今はひどく残酷に聞こえた。
「襲いかかってくる国民とエンジェル達だけが力を保ち、こちらだけが無力化される。そうなれば、女神の思うツボです」
「……」
「それに、こちらにはまだ最強の四天王達がいる。ならばまず、国民とエンジェルを無力化する方が安全で確実だ」
確かに、その通りだった。
俺は完全に焦っていた。
女神を見た瞬間、頭に血が上っていた。
だが、今の俺はLv1。
無限転生もない。
前に出る意味がない。
ここは一度引くべきだ。
四天王達に任せる。
神化したタヌーに、チートを積んだ無敵コンボ。
国民とエンジェル相手なら、本来なら押し切れるはずだ。
そうだ。
俺は一歩下がればいい。
「その……タヌー達」
俺が慎重に口を開いた、その時だった。
「ひどいポン!」
タヌーが怒鳴った。
「ずっとワッチ達をダマしていたんだポン!?」
「ミスターカケル、ダウトだニャ~!」
リーペが尻尾の毛を逆立てる。
「ミミの心は、深く傷ついてしまいましたわっ!」
ミミまで涙目だ。
「え……?」
一瞬、意味が分からなかった。
だが次の瞬間、背筋が凍りつく。
……あ。
そうか。
完全に、忘れていた。
四天王達はもともと、魔帝ハーレムのハーレムだった。
俺がチートスキルで洗脳し、味方にしていた存在だ。
今、俺のチートスキルが全部消えた。
ということは――
【洗脳】も、消えた。
「……マジかよ」
喉の奥が、からからに乾いた。
そして、それは四天王だけではなかった。
「キングカケル! 最低バニー!」
「優しそうで、ちょっと好きになりかけてたのに!」
「「「そうよ! そうよ!」」」
元ハーレムの魔人娘達まで、一斉に俺へ詰め寄ってくる。
二百人近い魔人娘が、じりじりと輪を狭めてくる。
その顔は怒っている。
怒っているが、同時に傷ついた顔でもあった。
軽口のように聞こえる声もある。
だが、その目は笑っていない。
俺は反射的に後ずさろうとして、足を止めた。
囲まれている。
前には四天王。
横には魔人娘達。
外では国民とエンジェルが暴れている。
逃げ場なんて、最初からなかった。
修羅場だ。
……そう思いかけて、すぐに訂正する。
違う。
これはそんな軽いもんじゃない。
俺が都合よく作った関係が、全部まとめて返ってきているんだ。
そして、その輪の中から。
一番来てほしくなかった相手が、静かに前へ出た。
クルゥリーだった。
彼女は怒鳴らない。
騒がない。
泣きもしない。
ただ、真っ直ぐに俺を見た。
「ずっと、信じていたのに……」
その一言が、どんな怒号よりもきつかった。
「あ……あぁ……」
何か言おうとする。
だが、何も出てこない。
言い訳が浮かばない。
利用した。
騙していた。
少なくとも、結果だけ見ればそうなる。
クルゥリーの瞳は揺れていた。
怒りよりも、失望と傷が深かった。
その色が、何より痛い。
外ではまだ爆音が響いている。
エンジェルが突っ込み、国民が叫び、船体が軋んでいる。
それなのに、今の俺には、この場の沈黙の方がずっと怖かった。
誰が最初に殴ってくるのか。
誰が見捨てるのか。
それとも、もう誰も俺の言葉なんて聞かないのか。
喉がひくつく。
せめて剣を握り直そうとして、俺ははっとした。
青銅の剣。
その軽さに、逆に絶望した。
今までの勇者の剣は、手に吸い付くような重みがあった。
振るえば応える感触があった。
自分が強者であると、握っただけで分かる武器だった。
だが今、手の中にあるのは違う。
軽い。
あまりにも軽い。
玩具みたいだ。
「……っ」
その瞬間、胸の奥に別の痛みが走った。
俺はずっと、女神を憎んできた。
あのクソみたいなやり方も、
他人を駒みたいに扱うところも、
気に入らなかった。
いつか必ずぶっ殺すと、何度も心の中で叫んできた。
なのに――
俺が今まで振るってきた力も、
その大半は女神が作った仕組みの上にあった。
チート。
勇者装備。
復活。
圧倒的なレベル差。
俺はそれを使って、ここまで来た。
クソ女神を殺すと叫びながら、
その女神の与えた力がなければ、まともに立つことすらできない。
その事実が、たまらなく悔しかった。
結局俺も、あいつの作った盤面の上で暴れていただけなのか。
これがLv1か。
これが、何も持っていない俺の重さか。
胸の奥で、何かが静かに沈んでいった。




