女神の罠
シロが裏切った。
そして、ほとんどの国民が女神の手に落ちていた。
その事実が、頭の中で何度も何度も反響していた。
はじめての村。
あの時もそうだった。
女神に操られた村人達に囲まれ、追い立てられ、居場所を奪われ、ただ怒りと屈辱だけを胸に抱えて立ち尽くすしかなかった。
あの時、自分の中で何かが決定的に変わったのを覚えている。
《クソ女神、いつか必ずぶっ殺す》
あの時、確かにそう叫んだ。
その声が今、脳の奥で何度も何度も繰り返されている。
《クソ女神、いつか必ずぶっ殺す》
《クソ女神、いつか必ずぶっ殺す》
《クソ女神、いつか必ずぶっ殺す》
怒りが喉の奥までせり上がってくる。
視界が熱い。
拳を握るたび、骨が軋む音がした。
俺が怒りに震えている、その間にも、状況は悪化していた。
空母の上空。
そこへ、異様な影が次々と集まってくる。
「「「フハハハハハ!ワレワレハ!メガミサマノタテ!エンジェル!メガミサマノテキ!ホロビヨ!!」」」
何なんだ、こいつら。
ハゲ頭に、申し訳程度のように天使の羽を生やし、上半身は異様に鍛え上げられた筋骨隆々のおっさんどもが、空中で隊列を組んでいた。
天使というより、悪夢だ。
神々しさなんて微塵もない。
ただ、気持ち悪い。
本当に人間なのかこいつら?
「「「クラエェ!! カミノサバキィイイイイイ!! カミカゼアターーーーク!!」」」
ズゴゴゴゴゴオォーーン!!!!
叫んだ瞬間、そいつらは頭から真っ逆さまに落ちてきた。
羽で舞うでもなく、神々しく光るでもなく、ただの全力頭突きである。
「「「うわっ!!」」」
俺達は咄嗟に飛び退いた。
甲板に激突した天使の頭部が、鉄板を凹ませる。
頭蓋骨どうなってんだよ。
しかも一体や二体じゃない。
次から次へと、空から狂ったように降ってくる。
避けても避けても終わらない。
その上――
バシュッドゴーーンッ!!
近くの駆逐艦からミサイルが飛来し、俺達の周囲で炸裂した。
「「「うわぁぁぁああああ!!」」」
爆風が国民ごと俺達を吹き飛ばす。
甲板を転がり、龍肉の皿や酒樽が宙を舞う。
「ミーのミサイルを勝手にユーズするなニャーーー!!」
リーペが尻尾の毛を逆立てて叫んだ。
怒っている場合じゃないが、確かにそうだ。
完全に艦隊システムまで乗っ取られている。
「うおっ!?何だ、こいつら燃えはじめたぞ!?」
爆炎に巻かれた国民達が、そのまま火だるまになって立ち上がる。
それだけでも異常なのに、さらに最悪だったのは、その炎が周囲の人間に次々と燃え移っていったことだ。
「「「うおぉおおお熱い!熱いぃぃぃィイイイイイイ!!」」」
「こっちに来るな!うわぁぁあ!土下座フィールド!!……!? 土下座が効かないだと!?」
佐藤Bが叫ぶ。
火に包まれた国民達が、泣き叫びながら、それでもこちらへ向かって突っ込んでくる。
痛みで正気を失っているのか、あるいは最初から狂っているのか、もう分からない。
空からはエンジェルの頭突き。
横からはミサイル。
船上では燃える国民達の突進。
海に逃げれば、サメの大群。
完全に包囲されている。
「空からは特攻兵、船上は火責め、海に逃げればサメの大群……」
田中だけは妙に冷静だった。
「考えたのが女神かシロさんかは分かりませんが、軍師としてはかなり優秀ですね」
褒めてる場合か。
だが、その分析は間違っていなかった。
この場の全部が噛み合いすぎている。
偶然でこうはならない。
鑑定で国民達を見る。
すると、見慣れないスキル名が次々と浮かんだ。
【超燃えやすい体質】
【土下座無効】
【痛覚麻痺】
【恐慌伝染】
【対爆風適応】
見たこともないチートスキルばかりだった。
「この前調べた時には、こんなチート無かっただろ……!」
つまり、あの後から追加されたのか。
いつだ?
どこで?
答えは一つしかない。
全部、女神の仕込みだ。
「お前ら!火魔法は使うな! 佐藤B!そいつらに土下座は効かない!」
俺は怒鳴った。
「【なんでも食べちゃいますわ】……あっ、ミミのチートも効かないみたいですわっ!」
ミミが珍しく焦った声を上げる。
「様子を見るに、未確認のチートスキルがまだ多数ありますね」
クルゥリーが短く言った。
「私の【占術】が封じられているのも、おそらくその影響?」
全て、手の内だったということか。
こっちが女神を追い詰めていたつもりで、実際は逆だった。
この状況そのものが、あいつの罠だった。
「チクショウ……クソ女神め!!」
怒りが限界を超える。
今すぐあの顔を叩き潰してやりたい。
「エーコ!! 早くクソ女神を鏡で消し飛ばせ!!」
俺は叫んだ。
「確証はないが、あいつを消せばこいつらのチートも消えるかもしれない!」
「分かったー!まかせて!」
エーコが鏡を構える。
その髪が、太陽の光を浴びて燃えるように赤く染まった。
鏡面に光が集まる。
眩い輝きが一点に圧縮され、次の瞬間、一直線に女神へと撃ち放たれた。
同時に、俺も叫ぶ。
「ついでに神器ゴッドコアも頂きだぜ! 食らえ!勇者ビィィィーム!!」
俺のビームもまた、女神とその背後の力の核へ向かって突き刺さる。
これで終わる。
これでクソ女神も、もう二度と復活できない。
そう思った。
『ふふふっ……かかったな!!』
女神が笑う。
その直後。
『ぐっ……ぐあぁぁぁあああーーっ!!』
光の奔流に飲まれ、女神の姿がかき消える。
同時に、神器ゴッドコアも砕け散った。
やった。
そう思った、その瞬間。
「これで、天使や国民達も無力化されて――」
「「「カミカゼアターーークゥ!!」」」
「「「熱い!熱い!熱い!アツイ!アツイィイイイイ!!」」」
「……は?」
何も、変わっていなかった。
天使達は相変わらず空を飛び、狂ったように頭から突っ込んでくる。
国民達も燃えたまま走り、叫び、こちらへ襲いかかってくる。
チートが消えていない。
「んな!? チートスキルが消えてない!?」
その時だった。
頭の中に、冷たい声が直接響いた。
《天高原架は女神から解放され、全てのチートスキルを失いました。Lvが1になりました。勇者の剣は青銅の剣に、勇者鎧は青銅の鎧になりました》
「はっ!? 俺だけ!?」
状況を確認する。
握っていた剣が軽い。
いや、違う。
軽いんじゃない。弱い。
見れば、勇者の剣は鈍くくすんだ青銅の剣に変わっていた。
鎧も同じだ。
勇者装備じゃない。
ただの、安物の初期装備だ。
「……アタイ、Lv1になってしまいました」
エーコの声が震える。
振り向くと、彼女もまた呆然としていた。
「なっ……!?」
俺とエーコだけ?
なんでだよ。
どういう理屈だ。
女神を倒したのに?
ゴッドコアまで壊したのに?
何も終わっていないどころか、俺達だけが弱体化した。
理解が追いつかない。
だが一つだけ、はっきりしていた。
俺達は、女神の罠に完全に嵌められたのだ。




