あの日の屈辱ふたたび
俺達は息を呑み、海の上空で輝く女神を凝視していた。
あまりにも遠い。
雲の上に浮かぶその姿は、もはや点にすら見えない。
それでも分かる。
あの、無駄に眩しく、これ見よがしに下品なまでに光り輝くオーラ。
間違いない。
「クソ女神……!」
思わず奥歯が鳴る。
「あれが人間側の女神ですか」
田中が目を細める。
「無駄に目立ってるポン!」
タヌーが顔をしかめた。
確かにそうだ。
あれではまるで――
さあ、倒してみなさい
とでも言っているようだった。
邪神の時は、エーコの鏡が決定打になった。
なら、今回も同じだ。
「エーコ! 鏡をクソ女神にお見舞いしてやれ!」
「わかったー、やっちゃうね~!」
エーコが軽い調子で返事をして、鏡を構える。
その時だった。
ドカァァァァァァァンッ!!
空気そのものがひしゃげたような衝撃が、突然俺達を襲った。
「「「うわぁっ!!」」」
「「「きゃぁっ!!」」」
身体が大きく揺れる。
足元の甲板が跳ね、積まれていた龍肉や酒樽が転がった。
「なっ!? 何だ!?」
「うしろっ! うしろですわっ!!」
「ミスターカケル! バックをルックにゃ~!」
俺は反射的に振り返った。
そこにあったのは、悪夢のような光景だった。
直径5kmはある超巨大空母――《カケルダンジョン2》。
それが俺達の空母に横合いから体当たりし、甲板同士を無理やり噛み合わせていた。
鈍い金属音と、船体同士が軋む嫌な振動が、足裏から骨まで響いてくる。
そして、その衝突を合図にしたかのように。
「「「「「「おおおおおおーーーーーーっ!!」」」」」」
押し寄せてきた。
びっしりと詰まった国民達――勇者達が、目を血走らせて俺達の空母へ雪崩れ込んできた。
人、人、人。
まるで堤防が決壊した後の濁流だ。
「「「きゃぁああーーっ!!」」」
「「「うわぁぁっ!!」」」
龍肉パーティーに集まっていた国民や、元ハーレムの魔人娘達に、勇者達が一斉に襲いかかる。
ついさっきまで笑いながら肉を食っていた空間が、次の瞬間には悲鳴に満ちた戦場へと変わっていた。
「うわっ!? 何だお前ら!!」
佐藤Bが殴りかかってきた一人を蹴り返す。
だが別の勇者が横から飛び込み、その肩に組みついた。
「ゴフッ! チクショウ! やったな!?」
「佐藤B殿! 大丈夫か!?」
田中が怒鳴る。
そして俺の方を向いた。
「カケル殿! 国民達の様子がおかしい! 応戦の準備を!」
準備と言われても、もう遅い。
気づけば俺達は、襲いかかる国民達にぐるりと囲まれていた。
隙間がない。
前も後ろも横も、血走った目の群れ。
武器を握りしめ、唾を飛ばしながら同じ言葉を叫び続けている。
「「「殺せっ! 殺せっ! 殺せっ! 殺せっ! 殺せっ! 殺せっ! 殺せっ!!」」」
その声は怒号というより、狂信的な祈りに近かった。
「何なんですポン!?」
「怖いですわっ!」
「イッツクレイジーにゃ~! ウニャッ!? ボンバーッ!」
ドカーーンッ!!
リーペが飛びついてきた勇者に反射的に手榴弾を創造し、そのまま足元へ投げつける。
爆風で数人がまとめて吹き飛んだ。
「うぎゃぁあああ!!」
「ぐおぉぉ! おのれ!偽王の手下めー!!」
偽王?
何を言っている?
こいつら、何を見せられているんだ……!?
「お前ら! どうしたんだ!?」
俺は叫んだ。
「何が目的なんだ!?」
すると、その問いに答えるように。
『ふふふっ……ふははははは!!』
ダンジョン空母のスピーカーから、鼓膜を刺すような大音量の笑い声が響き渡った。
「シロちゃんの声!? でも語尾にピョンがない!?」
エーコが叫ぶ。
その通りだ。
声は確かにシロに似ている。
だが響きが違う。
あれはもっと冷たい。もっと底意地が悪い。
『まんまと罠に引っかかったわね!』
女神の声だった。
甲板のあちこちに設置されたスピーカーから、同時に響く。
『シロウサギは私が送り込んだ間者よ! あなた達はそれを知らずに仲良くし、気づけば周りは敵だらけ! 観念して、大人しく死になさい!』
その言葉に、空気が凍る。
「シロちゃんが敵なんて……そんなの嘘……!」
エーコの声が震える。
「アタイは昔から知ってるの! シロちゃんはそんな事しない! すごく良い子だよ!」
「エーコちゃん! 早くここを片付けて、シロちゃんに会いに行くポン!」
タヌーが叫ぶ。
だが周囲の勇者達は、それを嘲笑うように殺意を高めていく。
その時だった。
『ワニザメ(デスクロコシャーク)達! かけるぴょん達は悪い人ピョン! 空母を囲むピョン!』
今度は、本当にシロの声だった。
だがその声も、どこか不自然に明るすぎる。
海面が盛り上がる。
次の瞬間、海の中から無数の背びれが浮かび上がった。
一匹や二匹じゃない。
十、百、千……いや、何十万だ。
サメ。
ワニ。
サメとワニが混ざったような、異形の群れ。
海が、黒い牙で埋め尽くされていく。
「空からまた【天の使い】の大群が来てますわっ!」
ミミが上空を指差す。
見れば、雲の切れ目から白い影が大量に降下してきていた。
翼のようなものを持ち、武器を携えた異形の群れ。
「メニメニーリベンジしても無駄だニャ~! チートシースーパロー&チートスタンダードミサイル発射ファイヤーにゃ~!!」
パシュッ!
空母からミサイルが――一発だけ飛んだ。
たった一発。
他の船は、沈黙したままだった。
静かすぎる。
嫌な予感が走る。
「…………あにゃ?」
リーペが端末を高速で叩く。
みるみる顔色が失われていく。
指が震える。
「……あ、あああ……」
「どうした!?」
俺が怒鳴ると、リーペはほとんど悲鳴のような声を上げた。
「あーーーーっ!! オーマイゴッッドだにゃーーっ!!」
「全艦隊、乗っ取られてるニャ!! イージスシステムのリンクも全部切られてるニャーーッ!!」
その瞬間、全てが繋がった。
この群衆。
この狂気。
この空母。
この包囲。
俺達は、外から攻め込まれたんじゃない。
内部から崩されていた。
しかも、かなり前から。
どうやら、ほとんどの国民が女神側に回っているらしい。
足元が抜けるような感覚に襲われた。
あの時と同じだ。
はじめての村。
女神に操られた村人達。
信じていた人間に、牙を剥かれたあの瞬間。
胸の奥が焼ける。
屈辱。
怒り。
そして、理解の追いつかない絶望。
俺はまたしても――
はじめての村で味わった、あの最悪の感覚を、思い出していた。




