女神とシロ
「「「女神様バンザーイ!女神様バンザーイ!女神様バンザーイ!」」」
超巨大空母《カケルダンジョン2》最下層。
天井の見えない薄暗い空間に、数え切れない勇者達がひしめき合っていた。
重なり合った死体の中で、目は焦点を失い、口元は引きつり、喉が裂けるほど叫び続けている。
床一面に広がる勇者の残骸。
血と光とチートの粒子が混ざり合い、空気は甘く腐っている。
壁という壁に埋め込まれた無数のスピーカーから、甘く澄んだ声が響いた。
『勇者達よ。決戦の日は近いわ』
一瞬で歓声が静まり、全員が天を仰ぐ。
『王都を沈めた偽国王を倒すのよ。各自チートスキル三十個を目指しなさい。死にまくりなさい。私が、もっと素晴らしいチートを授けてあげるわ』
間を置いて、囁くように。
『死んで、死んで、死にまくりなさい』
「「「シネ!!シネ!!シネ!!シネ!!」」」
勇者達が地面を踏み鳴らす。
その振動が、ダンジョン最下層を揺らす。
死は罰ではない。
報酬だ。
死ぬたびにチートが増える。
力が増える。
女神に近づける。
狂気は、もはや信仰だった。
薄暗い監視ルーム。
壁一面に並ぶディスプレイには、狂乱する勇者達の姿が映し出されている。
ボクはマイクのスイッチを切り、長く息を吐いた。
「……はぁ」
灰色の事務机に突っ伏す。
白いツインテールが机の上に広がる。
冷たい。
「煽動して死なせるのは、やっぱり辛いピョン……」
声は女神のものでも、言葉を選んでいるのはボクだ。
死ねと叫ばせているのは、ボクの演出だ。
三十万人が、既にチート三十個を達成した。
その数字が、モニターの端で点滅している。
まるで、収穫数のように。
ボクは目を閉じる。
少しだけ眠ろうとした、その時。
口が勝手に動いた。
「勇者三十万人は達成したわ。シロ、あと五日で八十万人を目指しなさい」
……やめてほしいピョン。
ボクの意思とは別の声が、喉から出る。
「あ〜もう……少しは寝させてほしいピョン……」
目を擦り、背伸びをする。
「はい、了解しましたピョン。ところで女神様、かけるぴょんが国民のチートスキルを調査しているようですが、問題ないピョン?」
スクリーンの一つが赤く点灯する。
『ふん。こざかしい小僧ね。でも予想済みよ』
冷たい笑い。
『勇者達には【女神様にとって都合の悪いチートは秘密】というスキルを授けてあるわ。あなたと同じよ』
……あ。
そういえば、そんなスキルをもらった記憶がある。
かけるぴょんが【なんでも鑑定】を持っていても、ボクが怪しまれない理由。
“見えない”ようにされている。
意図的に。
「さすが女神様ピョン……」
外面の声と、内心は別。
(やっぱり、全部計算済みか)
でも。
ボクも計算しているピョン。
葦男ぴょんとの未来のために。
この女神を利用し、最後には出し抜くために。
「実はピョン、かけるぴょんを苦しめる作戦を思いついたので聞いてほしいピョン」
『へぇ?あなたもやる気を出したのね。話してみなさい』
「はいピョン。まず、かけるぴょんが女神様の近くに来たらゴニョゴニョ……勇者達をゴニョゴニョ……そして大艦隊をゴニョゴニョ……」
ボクは、わざと具体を濁しながら、危険そうで、派手で、効果的に見える案を並べる。
本命は隠す。
『ふふ……素晴らしいわ。あの小僧の慌てる顔が目に浮かぶ』
女神の声が甘くなる。
『シロ。その準備を整えなさい。あなたに与えた十のチートを使って、勇者達を全員一回は死なせておくのよ』
「了解ですピョン」
通信が切れる。
部屋に静寂が戻る。
モニターには、まだ勇者達が死に、蘇り、笑っている姿。
ボクは椅子にもたれ、天井を見上げた。
「ごめんピョン……」
誰に向けた謝罪か、自分でも分からない。
勇者達か。
かけるぴょんか。
それとも、自分自身か。
ボクは知っている。
この狂気は、止めなければならない。
だが今は、煽り続けるしかない。
二十回目の死で、勇者達は泣かなくなった。
三十回目には、首を刎ねられながら笑っている。
死が報酬になった瞬間、ここは地獄になった。
だが――
全部、崩すための布石だ。
「あと少しピョン……」
ツインテールを払い、再び机に突っ伏す。
ディスプレイの光が瞬く。
かけるぴょんとエーコぴょんが動けば、世界は動く。
ボクは、その瞬間まで持たせるだけ。
狂気を、限界まで膨らませる。
もし失敗すれば、ボクが最初に女神に消される。
かけるぴょんも、きっとボクを許さない。
それでも、進むしかない。
その役目を終えた時――
ボクは、ちゃんと眠れるだろうか。
薄暗い監視室に、再び勇者達の歓声が反響する。
「女神様バンザーイ!」
その声を子守唄に、ボクは浅い眠りへ落ちていった。




