国家大移動
「潮風が気持ちいいです」
甲板の先で、エーコが空を見上げている。
青く澄んだ海。穏やかな風。
だが俺の胸の奥は、静かではなかった。
俺たちは今、超勇者の剣が沈む海域へ向けて進軍している。
進軍――いや、逃げ道を断つための移動だ。
振り返れば、水平線の彼方まで艦影が連なる。
数百、数千という超大艦隊。
王都そのものが、海上都市として航行している。
俺が決めた。
国を、丸ごと連れて行くと。
「王国まるまる移動は、やりすぎじゃないポン?」
タヌーが呟く。
「帰ったら何もかも消えていた、じゃ済まない。俺が背負ってるのは、戦力だけじゃない」
民の暮らし。
眠っている子ども達。
そして、俺を信じてついてきた全員。
女神と戦う覚悟はある。
だが守れなかった、では済まされない。
前回、ダンジョンは水没した。
俺たちの戦いの余波で。
あの瞬間、何百もの命が危うくなったことを、俺は忘れていない。
旧神器ゴッドコアは回収したが、神気を失い、ダンジョンコアへと変質した。
魔物復活機能は残っている。
だがチート付与機能は消えた。
皮肉だ。
あれほど恐れた神器が、今は安全な装置になっている。
だから俺たちは、直径5kmの超巨大空母を新造し、その最下層にダンジョンコアを据えた。
浮上型ダンジョン。
国家併設型。
移動要塞。
航行中もLv上げは可能。
魔物のイノシシ肉などで食料循環も維持。
だがこれは便利だから作ったのではない。
「二度と、守れなかったと言わないためだ」
誰にも聞こえないように呟く。
「魔帝、復活時間だにゃ」
パシュッドドドドドドドドッ!!
チートマホークが一斉発射される。
射程30万km。
星の裏側からでも魔帝をしとめる。
だがそれは一時凌ぎでしかないのはわかっている。
四天王があの強さだ。
その頂点は、どれほどの化け物か......。
「国民情報、占い完了しました」
クルゥリーが資料を差し出す。
リーペが無言で印刷物を積み上げる。
俺は受け取りながら、二人に短く礼を言った。
笑う余裕は、今はない。
旧王都沈没後、チートスキル20個以上持ちが何十万人も存在している。
しかもLvは急上昇。
力は人を救う。
だが同時に、暴発もする。
有効活用。
監視。
選別。
俺はいつから、こんなことを考えるようになったのか。
紙をめくる。
……違和感。
チート数が、想定より少ない。
減っている?
チートが減るなんて事はありえるのか?
他にも気になる事がある。
邪神は倒した。
だが四天王はまだチートを使える。
外界の魔物も保持している。
供給源は一つではない。
どこかに、まだ“源”がある。
背筋が冷える。
「王族はどうなってる?」
エーコに問う。
「王女様は大昔に亡くなり、王様も数年前に崩御したよ」
空席。
無限転生を持たぬ者もいるのか?
エーコは少し視線を落とした。
「本来は、母が王女になるはずでしたの」
勇者の剣をドングリと交換した事件。
だがそれは、笑い話ではない。
あの年、王都は飢えていた。
食糧庫は空。
民は倒れ、子どもは泣き声を失い。
王家は選ばなければならなかった。
“象徴”を守るか。
“命”を守るか。
エーコの母は、剣を手放した。
王族としては失格だったのかもしれない。
だが母としては。
「……追放は当然だったのかもしれませんわ」
エーコは笑う。
だがその指先は、微かに震えている。
俺は気づいている。
この剣は、単なる武器ではない。
王家の罪。
王家の決断。
そして、取り戻せなかった誇り。
「取りに行こう」
今度は、軽く言わない。
「今度は、守るために」
エーコが小さく頷いた。
海は静かだ。
だがその下に眠る剣は、チートを斬る。
それは神の加護を断ち、
支配を断ち、
“都合のいい奇跡”を断つ剣。
もしそれが本当なら。
俺は何を斬ることになる?
チートか。
神か。
それとも――
俺が、無意識に頼ってきた“力”そのものか。
国家は進む。
超大艦隊が波を割る。
俺の決断一つで、この国は沈む。
潮風が冷たい。
だが目を逸らさない。
剣を手にした時、
世界は変わる。
その責任を背負う覚悟は――
ある。
たぶん。
いや、なくても、進むしかない。
海の底に、答えが眠っている。




