エーコの勇者の剣
周囲の魔物たちは、戦意を失い一目散に逃げていった。
アメーバも、さっきまであれほど凶暴だった目が、澄んだ綺麗な色になっている。
邪神の洗脳効果が、消えたのだ。
「カケル様、神器ゴッドコアですわっ!」
ミミの指先の先。
部屋の中央に、巨大な勾玉が浮かんでいた。
脈動する光。
淡く、しかし確かな圧。
近づくと、空気が震えた。
心臓の鼓動と同じリズムで、神器が呼吸している。
その時だった。
勾玉から光が弾け、三筋に分かれる。
一筋は天井を貫き、どこか遠くへ消えた。
残る二筋が、俺の胸元と、エーコの鏡へ吸い込まれていく。
熱い。
勾玉が震え、色が変わる。
黄緑だった光が、わずかに赤みを帯びた。
鏡もまた、鈍い輝きを増している。
【勾玉】【鏡】【剣】
三種の神器が、神格の半分を取り戻した。
「架様!鏡に何か映っています!」
エーコが差し出す。
鏡の奥に、光の線が広がっていた。
「……世界地図?」
大陸のような輪郭。
その中央付近、海と思しき場所に十字の光。
「十字ではなく、剣の図かもしれません」
クルゥリーが静かに言う。
エーコが指でなぞる。
よく見ると、確かに十字は剣の柄と刀身の形をしている。
「王家に伝わる勇者の剣の位置を示しているのだと思います」
エーコの声が少し低くなる。
本来、王位継承に必要な祭器は三つ。
勾玉。
鏡。
そして剣。
だが剣は失われた。
飢饉の年。
エーコの母が、食糧と引き換えに手放してしまった。
「……ドングリと交換って」
思わず頭を抱える。
「命を守るためでしたのよ」
エーコは苦笑する。
鏡の中の剣は、海底に沈んでいるらしい。
「おっかあに聞いた話ですと、その剣はチートを斬ることができるそうですの」
「……マジか」
チートを斬る。
それはつまり、女神の加護すら断てるということだ。
胸の奥が熱くなる。
邪神は倒した。
だが、まだ終わっていない。
「よし。取り返しに行く」
立ち上がる。
だがクルゥリーが冷静に言う。
「海の底です」
一瞬、沈黙。
「大丈夫!人間エーコクレーンがある!」
「嫌ですわっ!もう吊られたくありません!」
「じゃあタヌー!」
「深海は怖いポン!」
「リーペちゃんに潜水艇を造ってもらえばいいですわ」
「なるほど!」
「ザッツライトにゃ〜!」
場の空気が緩む。
笑い声が反響する。
背後では、おっさん勇者達が床に倒れ込んでいる。
「……おい、帰りは一九六階分登るんだぞ」
誰も聞いていない。
その頃。
ダンジョン深部の監視室。
薄暗い部屋で、一匹の白兎が水晶を覗き込んでいた。
「かけるぴょんは、邪神を二体消滅させた様ですピョン」
背後から、冷たい声。
「はぁ?人の分際で、神を消滅?ありえないわ」
女神の影が揺れる。
「無限に存在する体の内の二体とはいえ……危険ね」
彼女はゆっくり笑う。
「よく働いてくれたけど、ここまでね。消えてもらいましょう」
「この後、鏡が示す剣を探しに行く様ですピョン」
「そう。こちらへ来るのね。丁度いいわ」
光が歪む。
「罠を張る。力を奪い、消す」
「シロウサギ、指示どおり動きなさい」
「えっ!?ボクは報告するだけの役目だったはずピョン!?」
「黙りなさい」
声が鋭くなる。
「言うことを聞けば、葦男を国王にしてあげる」
白兎の耳が震える。
「……はい、ですピョン」
監視室に、くぐもった独り言が響く。
遠く、神器の残光が消えていく。
そして、海底へ続く新たな道が静かに開いていた。




