邪神の秘密
「ちくしょう!倒しても倒しても湧いてきやがるぜ!」
佐藤Aの怒鳴り声が、血と硝煙の匂いが混ざる空気を震わせた。
俺たちはすでに一九一階。
息を吸うだけで肺が焼ける。足元は魔物の残骸でぬかるみ、踏み込むたびに嫌な感触が靴底を掴む。
「ノークールタイムのデスバトルだにゃ〜!」
ミミが笑うが、声は引きつっている。
「最下層に魔物の復活地点があり、倒しても即時再生成されています」
クルゥリーの冷静な分析。
「復活は通常六時間ほど必要ですわよ!? 一瞬なんて異常ですわ!」
異常。
確かに異常だ。
最下層にある神器――ゴッドコアの影響か?
それとも、もっと悪質な何かが裏にあるのか。
「ミミ!倒すな、喰って進むぞ!」
「はいなのですわ!」
「エーコ、【愛の鉄槌】で行動不能にしてくれ!」
「りょ〜かい!」
「他も不殺スキルだ!殺すな、止めろ!」
「「「了解!!」」」
方針を変えた瞬間、戦場の質が変わる。
斬るのではなく、掴む。
潰すのではなく、絡め取る。
焼くのではなく、転ばせる。
俺たちは魔物を殺さず、食い止め、抱え込み、押し潰し、吹き飛ばし、恐怖で動きを止め、強引に突破口を作った。
魔物の悲鳴と怒号。
牙が肩をかすめる。
爪が鎧を削る。
だが止まらない。
「おい兄ちゃん!あの階段で一九六階、最下層だ!」
階段は黒い塊に埋め尽くされていた。
魔物、魔物、魔物。
「突破するぞ!」
五人のおっさん勇者が前へ出る。
盾がぶつかり、槍が薙ぎ、拳が叩き込まれる。
一瞬、階段に隙間が生まれた。
「ミスターリョー!ナウにゴーにゃ〜!」
俺はその裂け目に身を滑り込ませた。
押し返す魔物の体温。粘つく皮膚。
腕でかき分け、膝で蹴り、無理やり進む。
そして――
一九六階に足を踏み入れた、その瞬間。
ベキッ。
胸の奥で、あり得ない音がした。
ベキベキッ!!
視界が白く弾ける。
激痛が脊髄を駆け上がる。
胸に、禍々しい破滅のオーラが突き刺さっていた。
黒い杭のような光。
魂を砕こうとする圧。
「ふん。妾を謀った罪は重いぞよ?」
声が二重に響く。
顔を上げる。
魔物の群れの奥。
そこに――邪神が二人、立っていた。
「……は?」
思考が止まる。
「何で邪神が二人いるんだよ!?」
一瞬、女神と邪神かと思った。
違う。
どちらも同じ気配。
同じ破滅の波動。
脳裏で全てが繋がる。
魔物が即復活した理由。
神器を放置して攻め上がれた理由。
倒しても終わらなかった理由。
二体。
一体が戦い、
一体が最下層で復活を高速化。
そして片方が倒れても、もう片方が即座に再生成。
永久機関。
「【破滅の楔】」
二体の邪神が同時に手を掲げる。
閃光。
黒い光線が、再び俺の胸を貫いた。
「グファッ!?」
膝が折れる。
ああ、終わりだ。
消えるのか。
この世界、クソだと思ってた。
でも、皆がいて――悪くなかった。
……あれ?
痛みはある。
だが、砕けない。
胸元で、勾玉が強く脈打っていた。
王の証。
赤い光が、破滅の楔を受け止めている。
「ぐっ……それは神代の祭器!忌々しい……!」
邪神が歪む。
「打ち砕いてくれるわ!」
手が伸びる。
その瞬間。
「そうはさせないよぉ〜!」
背後からエーコが飛び出した。
鏡を掲げる。
王妃の証。
水色の髪が、真紅に染まる。
灼熱の光が噴き上がる。
太陽のオーラ。
鏡が反射する。
光が二体の邪神を包む。
「バカな……太陽神の末裔か……!」
絶叫。
黒が、焼かれる。
破滅の波動が歪み、溶け、裂け、崩壊する。
「グアァアアアアア!!」
そして――消えた。
静寂。
魔物の群れが、嘘のように動きを止める。
「カケルたん!女神二人いたポン!って……あれ?いないポン?」
タヌーが転がり込んでくる。
「エーコ様が討ちました」
クルゥリーが淡々と告げる。
エーコの身体がふらつく。
「おい!」
俺は慌てて抱きとめた。
体が熱い。
呼吸が荒い。
髪は元の水色へ戻りつつある。
「だいじょぶ……ちょっと気が抜けただけ……怖かったぁ〜」
震えた笑顔。
汗が頬を伝う。
俺は、そっと頭を撫でる。
「……おつかれさま」
そして強く、抱きしめた。
胸の奥で、まだ勾玉が温かく光っている。
邪神は消えた。
だが、これで終わりではない。
二体いた。
ならば――
まだ、何かが残っているはずだ。
静まり返った最下層の奥で、
神器ゴッドコアが、微かに脈動していた。




