佐藤Aの嫁のシロちゃん
空母の甲板に、白いものが転がっていた。
陽に焼けた鉄板の上、影もなく晒されている。
風にあおられて、細い髪がわずかに揺れた。
近づくと、それは人だった。
白髪のツインテール、赤い瞳。兎の耳と尻尾を持つ少女が、熱を持った甲板に横たわっている。
触れなくても分かるほど、体温が逃げている。
皮膚は所々めくれ、噛み跡が点々と残っていた。
乾きかけた血が甲板に黒く貼りつき、靴底にかすかに引っかかる。
……この状態で塩を塗ったのか。
エーコ、鬼だな。
「シロ! まってろ、今すぐ治してやるぞ!」
佐藤Aが膝をつき、リーペにもらった回復薬を慎重に塗り込む。
透明な液が広がるたび、裂けていた皮膚がゆっくり閉じ、赤みが引いていく。
鉄の匂いが、風に流されて薄れていった。
「あぁ……また助けられてしまいましたピョン」
シロの瞼が震え、焦点が合う。
視線が揺れ、しばらく空を見てから、ようやく佐藤Aに止まった。
そのまま、どこか遠くを見る顔になった。
「あの時も、ワニザメに食われてただろ。またワニザメに乗って来たのか? もうやるな」
「……はいピョン」
小さく頷く。耳も一緒に下がった。
佐藤Aの話では、空母まで来るためにチートスキル【モンスター詐欺】を使い、陸から一直線にワニザメを並べ、その上を歩いて来たらしい。
海面に一直線の“道”を作ったわけだ。
だが――
到着寸前、調子に乗ってスキルを解除し
「騙されてやんのバーカピョ〜ン」
と叫びながら着地しようとして足を滑らせ、そのまま海へ落下。
そしてワニザメの胃の中へ。
……アホだな。
昔、佐藤Aと出会った時も同じ状況だったらしい。
助けられたのがきっかけで結婚したとか。
学習していない。
二人が顔を寄せて話していると、エーコがそろそろと近づいてきた。
さっきまでの勢いが嘘みたいに小さい足取りだ。
「シロちゃんごめんね! 大人っぽくなってて気づかなかったよ!」
「あれ? エーコちゃん? エーコちゃんなの!? 久しぶりピョン!! 三年ですからピョン。村の皆にも、もう子供扱いされないよ。エーコちゃんならシロがお肉に見えても仕方ないピョン!」
抱き合う二人。
ぶつかった兎耳が揺れ、
エーコの腕力でシロの背骨がメキメキと音を立てる。
......大丈夫か?これ。
村?
「どこの村だ?」
「はじめての村ですピョン。村長の娘ですから」
……娘?
「兄が七人いますピョン」
村長そんなに子供いたのか。
……それにしても、エーコは昔から食い意地張ってたんだな。
残念すぎる......。
「こんなもんですピョン?」
「「「おぉ〜!」」」
モニターに映るダンジョン内では、魔物同士が戦い、Lvを上げ、対応する階へ移動していく様子が映っていた。
光点が動き、別の層へ消えていく。
「兄ちゃん、これはなかなか快適ですぜ!」
中に入ったおっさん達の声が、装置越しに少し遅れて響く。
「おぉ! もうLv2になったぜ!」
「佐藤A! 先輩より先にLvを上げるとは何事だ!」
「高橋! 気にするな! さぁ! ゴリゴリLv上げるぞ〜!!」
「「「オォーーーッ!!」」」
鈍器が振り下ろされるたび、アメーバLv1が弾ける音が続いた。
ドゴン、ドゴンと規則的に響く。
この調子なら、すぐ二階に行けそうだな。
安全を確認できたので、国民にも解放する事にした。
皆のLvが上がれば、そう簡単には死ななくなるはずだ。
湖面の向こうを眺める。
風が水面を揺らし、光が細かく砕けている。
王都を沈めた日の水音が、ふとよぎる。
……少しだけ、胸の奥の重さが軽くなった気がした。




