とっても残念な初夜2
「おきてる?……ポン」
ドアが静かに開いて、エーコが帰ってきた。
なぜか一瞬だけ、違和感に胸の奥がざわついた。
理由は分からない。
考える前に、怒りが先に湧き上がった。
「エーコ!お前ふざけんなよ!何勝手に――」
言いかけた瞬間、その“エーコ”が一歩引いて、妙に固い笑顔を作った。
「ふ、ふざけてないポン……わよ?」
……ポン?
胸の奥で、嫌な予感が芽生える。だが遅い。俺の怒りと勢いが先に体を動かした。
「よぉし。今から初夜のやり直しだ!」
俺がエーコをベッドに押し倒した――その瞬間。
ドゴンッ!!
拳が顎に吸い込まれるように入った。
視界が白く弾け、頭の奥で鐘が鳴る。
「やっぱり恥ずかしいポン!!」
涙目で拳を握りしめているのは――変身を解いたタヌーだった。
「……うそだろ……」
口にした言葉が、情けないほど間延びする。
頬が熱い。というか痛い。いや痛すぎる。
膝から力が抜けて、俺はその場に崩れ落ちた。
「イエーース!ビックリカメラにゃ〜!」
ドアが勢いよく開き、リーペが看板を掲げて飛び込んできた。クルゥリーとミミも続く。
「大成功……の予定でしたが」
クルゥリーが水晶を覗き込み、淡々と言う。
「……あれ? ほんとに落ちてます」
ミミが床の俺をのぞき込んだ。
リーペの顔色が変わる。
「ミスターカケル!? にゃあああ!?」
タヌーが耳を伏せ、声を震わせた。
「ご、ごめんポン……! だって恥ずかしかったポン……!」
「占いでは……意識はあります。ただ、かなり遠いですね」
「遠いって何ですの!?」
「ミスターカケル、起きるにゃ! 起きないと……次の段取りが崩れるにゃ!」
段取り、って何だよ……。
薄れた意識の中で、ツッコミだけが浮かぶ。
その時、窓の外から水音がした。
ドパァン――!
波を割るように、誰かが甲板へ上がる気配。
次の瞬間、窓が開いて、濡れた髪の本物のエーコが寝室に入ってきた。
「……あれ? みんな何して――」
言葉が止まる。床に転がっている俺を見つけたからだ。
「……架様!?」
エーコの声が一段低くなる。
リーペが看板をそっと背中に隠した。
ミミが視線を泳がせる。
クルゥリーは正直に言った。
「王様ゲームです。タヌーが変身して、驚かせる予定でした」
「で、殴ったポン……」
タヌーが小さく言って、縮こまる。
エーコは一歩近づいて、俺の顔を覗き込んだ。
「……息は、してるね」
その言い方が妙に冷静で、逆に怖い。
俺は意識がまた沈みかける。
エーコがゆっくり立ち上がり、部屋の空気を見回す。
そして――ふっと笑った。
「……ずるい」
「えっ?」
「ずるいよ、みんな。お祭り、先に始めようとしてたでしょ〜」
一瞬、静寂。
次に、リーペがにやっと笑い
「ミスエーコも参加するにゃ?」
スキルで部屋にお祭りの和太鼓や提灯を生成した。
「ミミも賛成ですわっ!」
ミミがぱっと顔を明るくし篠笛を取り出す。
「占い的にも……今が最も盛り上がる」
クルゥリーは和太鼓のバチを両手に取りながら相変わらず淡々と頷いた。
変身能力で祭りと大きく書かれた法被とハチマキ姿に着替えたタヌーが、恐る恐る言う。
「……殴ったの、許してくれるポン?」
エーコはタヌーの頭をぽん、と叩いた。
「今回はね。架様が起きたら、後でちゃんと怒るから」
「怖いポン!」
俺は、ぼやけた視界の端でその光景を見た。
声が遠い。和太鼓の音と共に提灯の明かりが滲む。
さっきまで“初夜”だの“王様”だの言ってたのに、
結局この世界はいつも、俺の思い通りにならない。
でも――不思議と悪くない。
エーコの声が、やけに近くで聞こえた。
「架様、寝ちゃった?」
柔らかい手が額に触れた気がした。
「……じゃあ、静かに始めよっか。」
エーコが少しだけ声を落として言った。
リーペが小声で拳を上げる。
「レッツ、シークレットパーティーにゃ……!」
笑い声が小さく重なる。
波の音が、その下で一定のリズムを刻む。
――まるで、どこか別の世界へ引き戻されるみたいに。
そんな事を思いながら、
俺はまた、意識を手放した。




