水兵リーペ僕の船
煙が、世界そのものを覆い隠したみたいだった。
数メートル先すら見えない灰色の霧の中で、爆炎の光だけが断続的に瞬き、夜空を白く塗り替えていく。
もう日は完全に沈み、空は黒い。
だが暗闇は存在できなかった。
光と衝撃波が絶えずぶつかり合い、
雷鳴のような轟音が空気を震わせている。
――トマホークミサイル。
十二時間前、俺たちが粉々に消し飛ばした元・魔帝城跡地へ、
それは二十分間、途切れることなく降り続けていた。
地面が爆ぜるたびに、夜空に新しい雲が生まれる。
煙は層になり、風に押し流され、また次の爆発で巻き上げられる。
まるで、世界そのものが呼吸しているみたいだった。
「そろそろミサイルストップにゃ〜」
リーペの声が静かに響く。
「……ハーレム様は粉々になりました」
クルゥリーが占術用の水晶を覗き込みながら、淡々と告げた。
魔帝ハメちゃおう計画。
名前は軽いが、内容は容赦ない。
魔帝は六時間ごとに復活する。
だから復活時間の前後十分快、合計二十分――その間だけ、ミサイルを集中投下する。
復活した瞬間に爆破。
再生する暇すら与えない。
そして今のが、三回目の爆撃だった。
六時間おきに繰り返すことで、
魔帝は永遠に「復活→即死」のループに閉じ込められる。
抵抗もできない。
反撃もできない。
ただ、折れるのを待つだけだ。
女神は言っていた。
――魔王が全滅し、魔王側の女神がやる気を失うまで働け。
だったら、この世界で一番強そうな魔帝を、
先に心折れ状態にしてしまえばいい。
倒すだけじゃ意味がない世界。
復活できる以上、勝利条件は肉体じゃない。
心だ。
「……これだけ働けば、あのクソ女神も文句ないだろ」
俺は煙の向こうを眺めながら呟く。
トマホークは、すでに一万発以上撃ち込んだ。
復活時間の誤差は、クルゥリーの占いで秒単位まで補正している。
次からは艦隊のシステムにタイマーを組み込んで、自動爆撃に移行する予定だ。
射程三十万キロ。
弾数無限。
チートスキルで強化されたミサイル――通称、チートマホーク。
もはや世界のどこにいても、魔帝城跡地を焼き続けられる。
今、俺たちが艦隊を止めているのは、
かつて王都が存在していた湖の中央だった。
ここには、人間の復活地点がある。
巨大モニターに映る水面は、夜のライトに照らされて銀色に輝いていた。
そして――。
「うわっ……エグっ」
思わず声が漏れる。
湖の底から、
力尽きた人影が、次々と浮かび上がってくる。
水面に顔が出た瞬間、また沈んでいく者。
腕だけを伸ばし、必死に空気を掴もうとする者。
「ヒューマンがメニメニフロートしてるにゃ〜」
「……どざえもんですね」
「ワッチ、こういうの苦手だポン。部屋で寝るポン」
「ミミもベッドご一緒しますわっ」
「……ちょっとだけ、美味しそうかも〜」
「エーコ、人間は絶対食うな」
即座に釘を刺す。
この前、砂浜で聞いた話は本当だった。
王都の復活地点は、湖の底。
つまり――
復活。
窒息。
死亡。
復活。
窒息。
終わらない水死ループ。
村長(大勇者)湖を作った事件に、俺が関わっている以上、
完全に無視するわけにもいかなかった。
モニターを見つめる。
浮かび上がる人々の中には、
まだ生きている者もいる。
必死に泳いでいる者。
チートスキルで水を弾きながら浮上してくる者。
だが、ほとんどは力尽きていた。
湖面が静かに揺れるたび、
光を反射した顔がこちらを見上げる。
まるで、助けを求めているみたいに。
俺は深く息を吐いた。
さっきまで世界最強をハメ殺していたのに、
目の前では、名もない人間たちが死んでいく。
「……救助艇、全部出せ」
「了解にゃ〜!」
甲板の下で、機械音が連続して鳴る。
小型ボートが次々と水面へ降り、
サーチライトが湖を横切った。
夜の闇に、白い光の道ができる。
波の音。
遠くでまだ続く爆発の余韻。
救助隊の掛け声。
すべてが混ざり合い、
湖は静かに騒がしかった。
――復活できる世界でも。
――助けられる命と、そうでない命がある。
俺はモニター越しに、ゆっくりと浮かび上がる人影を見つめ続けた。
煙はまだ空に残っている。
だが、その下で、
小さな光が一つずつ、救い上げられていった。




