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第9.5話:落ち葉掃きは、宝探しと温もりのコンポスト

11月中旬。  文化祭の熱狂が嘘のように去り、校庭の木々は赤や黄色に染まった葉を惜しげもなく散らしている。  乾いた北風が吹くたびに、カサカサと音を立てて舞う落ち葉たち。  一般の生徒にとっては「掃除が面倒なゴミ」でしかないそれらを、私――菌田きんだきのこは、キラキラとした瞳で見つめていた。


「ふふふ……宝の山だわ。この大量のセルロース、リグニン……。これらが積み重なり、雨に打たれ、微生物たちによって分解され、やがて芳醇な腐葉土へと変わる……。まさに生命のゆりかごね」


 今日の放課後は、全校生徒による「校内美化活動」の日だ。  竹箒たけぼうきを手にした生徒たちが、寒そうに背中を丸めながら落ち葉を集めている中、私は一人、花壇の奥で「選別作業」に没頭していた。


「これはケヤキ……分解が早くて良い腐葉土になるわ。こっちはイチョウ……油分が多いから防虫効果があるけど、発酵には時間がかかるわね」  私は軍手をした手で、落ち葉の山をガサゴソと掘り返す。  狙うは、表面の乾いた葉ではない。その下、地面と接して少し黒ずみ、白っぽい菌糸が張り巡らされ始めた「発酵初期」の葉っぱだ。


「菌田さん、サボってないで手を動かしなよ」


 頭上から呆れた声が降ってきた。  神木かみき先輩だ。  ジャージ姿で竹箒を持ち、少し鼻の頭を赤くしている。  文化祭での一件以来、先輩は私に対して「恐怖」よりも「諦め」に近い態度を見せるようになり、こうして向こうから話しかけてくることも増えた。


「失礼な。サボってなんかいません。資源の有効活用です。先輩、この袋に入っている落ち葉、焼却炉行きですか?」 「うん、そうだけど」 「愚かな! これだけの有機物を燃やすなんて、二酸化炭素の無駄遣いです! 私が引き取って、裏庭で堆肥コンポストにします!」 「……まあ、君ならそう言うと思ったよ」


 先輩は苦笑しながら、私の持っているゴミ袋に、自分が集めた落ち葉を入れてくれた。 「はい、ケヤキの葉っぱ。好きでしょ?」 「! ……わかっていますね、先輩。さすが、私の助手を務めただけはあります」 「助手じゃないよ。被害者だよ」


 先輩は軽口を叩きながらも、私の作業を手伝ってくれた。  以前なら「汚い!」「虫がいる!」と逃げ回っていただろうに。今では、私が掘り返した土の中からコガネムシの幼虫が出てきても、「うわっ」と小さく驚くだけで、動じなくなっている。  慣れとは恐ろしいものだ。  いや、私の菌糸が先輩の深層心理まで根を張った証拠かもしれない。


          ◇


「……あ、これ」  作業中、先輩がふと手を止めた。  桜の木の根元、湿った落ち葉の陰を指差している。 「菌田さん、これ……キノコじゃない?」


 私が覗き込むと、そこには親指の爪ほどの小さな、紫色の可愛らしいキノコが生えていた。 「わあ! 『ムラサキシメジ』です! 晩秋に見られる美味しいキノコですよ!」 「へえ……こんな寒い時期にも生えるんだ」  先輩がしゃがみ込み、じっとキノコを見つめる。 「意外と綺麗な色してるね。……ちょっと、君の髪飾りに似てるかも」


 ドクン。  不意打ちの言葉に、私の心臓が跳ねた。  先輩は無自覚に言ったようだが、それはつまり、普段から私の髪飾り(ベニテングタケ)を意識して見てくれているということ?  それとも、キノコを見て私を連想するほど、思考が侵食されているということ?


「……ふふ、光栄です。ムラサキシメジは『上品な香り』が特徴ですからね」 「毒はないの?」 「生食すると中毒を起こしますが、火を通せば絶品です。私と同じですね」 「君も火を通さないとダメなの?」 「私は熱烈なアプローチがないと、毒を吐くかもしれませんよ?」


 私がニヤリと笑うと、先輩は「うわ、めんどくさい」と笑いながら立ち上がった。


          ◇


 掃除が終わり、私たちは自販機コーナーのベンチに座っていた。  作業のご褒美にと、先輩がホットココアを奢ってくれたのだ。  かじかんだ指先に、缶の温もりが染み渡る。


「……ふぅ。寒くなってきたね」  白い息を吐く先輩。 「そうですね。菌類の活動も鈍る季節です」 「菌田さんは冬眠しないの?」 「私は年中無休で培養中ですよ。特に冬は、先輩という熱源ヒーターが恋しくなりますし」  私が冗談めかして身を寄せると、先輩は少しだけ体を引いたが、逃げはしなかった。


 11月の空は、高く、遠い。  先輩の横顔が、急に大人びて見えた。  文化祭でのバカ騒ぎが嘘のように、静かな時間が流れる。


私は思った。  こうして隣でココアを飲む。  ただそれだけのことが、どんな珍しい変形菌を見つけるよりも、尊く感じるなんて。  私の胞子は、自分が思っているよりも深く、先輩という土壌に定着してしまったようだ。


「……さて、帰ろうか。風邪ひくといけないし」  先輩が空き缶をゴミ箱に捨てる。 「あ、先輩! 飲み口のところに私の唾液が……いえ、口内細菌がついているので、持ち帰って培養してもいいですか?」 「ダメに決まってるでしょ!! 捨てて!!」


 いつものツッコミ。  いつもの距離感。  11月の風は冷たいけれど、隣歩く先輩の肩は、ほんのりと温かかった。

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