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我に、まかせよ  作者: 熊谷 柿
第3章
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 諸葛恪しょかつかくが二十一を数えた頃だった。

「諸葛家は、代を重ねるごとに豪壮とならねばなりませぬのに……。武を以って豪壮となる道は、これでついえてしまいます」

「うるさい。俺がいる」

 よよと涕泣ていきゅうする素振りの手弱女たおやめを、諸葛恪は鼻で笑った。

 諸葛家の武の象徴が嫁ぐことになった。十八となった諸葛蘭しょかつらんの嫁ぎ先は、よりによってあの張昭ちょうしょうの長子、張承ちょうしょうだった。

 張承はよわい四十六、父の諸葛瑾しょかつきんの四つ下だった。弟の張休ちょうきゅうとは二十七も離れている。早くに前妻を亡くした張承は、孫権そんけんの勧めにより諸葛蘭をめとることになった。それは、諸葛瑾も快諾していた。それもそのはず、諸葛瑾と張承は、古くからの親友だった。

 諸葛蘭にしてみれば、呉の張家という名家に嫁ぐことに変わりなかった。

「じゃあね、恪兄、きょう兄、ゆう

 さっぱりしたものだった。父とさほど違わぬ年齢の男と一緒になることなど、微塵も気に留めていない。泣くふりに飽きた諸葛蘭は、近所に用足しにでも出掛けるように家を出ていった。諸葛家の武の化身が、張家に鞍替くらがえしたようなものだった。

「……寂しくなるなあ」

 末弟の諸葛融しょかつゆうが静かに独語した。肩に羽織っているのは、女物の着物だった。

 それから間もなくして、しょくにいる叔父の諸葛亮しょかつりょうから、父の諸葛瑾しょかつきんあてに手紙が届いた。子が授からない諸葛亮の元に、次男の喬か三男の融を養子に出して欲しいという。

 諸葛瑾は、二十歳になったばかりの諸葛喬しょかつきょうを指名した。

 門出を祝うような穏やかな陽射しだった。やしきの庭園でも春の息吹が感じられる。

「今でこそ、と蜀は同盟しているけど、次に会うときは戦場かもしれないね」

 清雅の気風がある。白い鶴氅かくしょうまとった諸葛喬は、白面に清清すがすがしい笑みを浮かべた。

叔父貴おじきは蜀の丞相じょうしょう。世間からは名軍師とうたわれ、今や天下の注目の的だ。学ぶことは多いだろう。行ってこい、喬」

 諸葛恪は、腕組みをして胸を張った。

「呉と蜀の違いはあれど、諸葛家は、代を重ねるごとに豪壮になる」

「ああ。そのとおりだ」

 冴えた眼差まなざしに微笑を浮かべた次弟の諸葛喬に、長兄の諸葛恪は破顔した。

 女物の着物を肩に羽織っている。諸葛恪の隣にたたずむ末弟の諸葛融もにこにことしていた。

「では、恪兄、融、さらば」

 諸葛喬はきびすを返すと旅立った。蜀にまで同道する従者を五人引き連れていた。

「何だか、寂しくなるね」

 にこにことした笑みを刷いたまま、諸葛融がぼそりと言った。

 諸葛恪は、小さくなる白い鶴氅の後ろ背をいつまでも見送っていた。

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