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我に、まかせよ  作者: 熊谷 柿
第2章
8/18

「あの亀は、一体何だったんだい?」

 木剣を上段から勢いよく振り下ろしながら、陳表ちんひょう諸葛恪しょかつかくに尋ねた。

 この日の宮仕えを終えた諸葛恪と陳表は、諸葛家の庭園で日課である剣術の鍛錬をしていた。

「あれは、あやかしだ」

 陳表の隣で、模倣するように木剣を振り下ろした諸葛恪が、詰まらなそうに言った。

「あ、妖し……?」

 動きの止まった陳表が、目をいて首を傾げた。

「ああ。一度、古文書で読んだことがある。古来より丹陽たんようの山中には、亀と桑の妖しが住まうとあった。互いの足りないところを補填ほてんし合うようにしてな。確か、胡伉ここう施明しめい、そう呼ばれていたはずだ」

 諸葛恪は、何度も上段から木剣を振り下ろしながら陳表に説いた。

「何か、悪さをする妖しなのか?」

「…………」

 動きを止めた諸葛恪は、肩の力を抜いて木剣を下ろすと、陳表に真摯しんしな瞳を向けた。

「本来、人に悪さをする妖しなどない。人が妖しに悪さをしているようなもの。胡伉と施明は、顧譚こたんなんぞに見付かったのがわざわいしたのさ」

「じゃあ、大王に言った亀を煮る方法というのは……?」

 諸葛恪は微笑を刷くと、再び木剣を上段に構え振り下ろした。

「俺は、古文書に書かれてあったことを言ったまでだ。奴らにとって本当の禍は、俺が古文書を読んでいたということかもしれぬな」

「ふうん」

 再び、陳表も上段から勢いよく木剣を振り下ろし始めると言った。

「不思議だ」

「何がだ?」

 木剣で風を斬る音が鋭い。真顔の陳表は、思わず胸中の声が外に出た。

「一度読んだことは忘れないのに、いくら稽古しても、剣術はなかなか上達しない」

「黙れ」

 乾いた風が、二人を撫でるように吹いた。

 次の日――。

 顧兄弟は、やしきの従者を総動員し、丹陽の山中から一本の大木を伐採してきた。桑の木だった。それをたきぎにすると、孫権そんけんに献上した。

 孫権は、その薪で火を焚き、再び亀を煮るよう料理番に命じた。孫権と張昭ちょうしょう、そして、顧兄弟は、水を張った大鍋に入れられた亀を、固唾かたずを飲んで見守った。

 桑の薪の業火により、大鍋の水はたちまち熱湯となった。

 たちどころに亀の肉はただれ、遂に亀の胡伉ここうは煮殺されてしまった。

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