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我に、まかせよ  作者: 熊谷 柿
第1章
5/18

 西暦二二〇年――。

 陽射しに暑さを覚えるようになっていた。

 諸葛恪しょかつかくは、十七になった。再び、孫権そんけんから宮廷に招かれた折だった。

 宮廷の庭園で池の面を静かに見遣みやっていた孫権と張昭ちょうしょうの背後で、諸葛恪は静かに拝跪はいきしている。

 精悍せいかん面持おももちに静かな眼差まなざしを携えていた。あと二、三年もすれば、不惑の頃に達しようかという戦袍せんぽうまとったひとりの壮漢そうかんが、その様子を宮廷の一室から眺めていた。

 すると、一羽の鳥が庭園に舞い降りた。頭が白い鳥だった。

「ありゃあ、何て言う鳥か知ってるか、諸葛恪?」

 後方を一瞥いちべつした孫権が尋ねると、諸葛恪は即座に応じた。

白頭翁はくとうおう(シロガシラ)でございます」

 この答弁に疑念を抱いたのは、張昭だった。本来であれば、白頭鳥はくとうちょうと答えるものだが、白頭翁と応じている。張昭は、孫家の家臣団の中でも最年長であり、白髪白髯はくはつはくぜんだった。孫権の問いを利用し、自分を莫迦ばかにする答弁だったのではないかといぶかった。

「諸葛恪は、殿下をあざむいておりますぞ」

 振り返った張昭は、諸葛瑾に冷めた眼差まなざしを据えると続けた。

いまだかつて、鳥の名で白頭翁という名は聞いたことがござらぬ。試しとして、諸葛恪に白頭母はくとうぼを求めさせてはいかがでしょう?」

 張昭は、得意げになると北叟笑ほくそえんだ。

 それに負けじと、諸葛恪は張昭に好戦的な視線を返した。

「鳥には鸚母おうぼ(インコ)という名がありますが、必ずしも対があるとは限りませぬ。試しに、張昭どのに鸚父おうふを求めさせてはいかがでしょう?」

「くっ……‼」

 返答に困った張昭は、たちまち面を朱にした。両の握り拳がわなわなと震えている。

 二人の遣り取りに呵呵かかと大笑したのは、白頭鳥に目を向けたままの孫権だった。

「張昭を言いくるめるとは、大したもんだ。やっぱり、おもしれえ奴だな、諸葛恪」

 諸葛恪には微笑が浮いた。張昭とは目を合わさないよう下を向いた。

 用を済ませたような白頭鳥が、再び空へ羽ばたいた。

 それを孫権が目で追っていた。

「頭が良すぎるな。諸葛家を栄えさせる才覚であればいいが……」

 宮廷の一室から、その様子を眺めていた壮漢が独語した。智勇兼備の将軍、陸遜りくそんだった。

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