俊
西暦二二〇年――。
陽射しに暑さを覚えるようになっていた。
諸葛恪は、十七になった。再び、孫権から宮廷に招かれた折だった。
宮廷の庭園で池の面を静かに見遣っていた孫権と張昭の背後で、諸葛恪は静かに拝跪している。
精悍な面持ちに静かな眼差しを携えていた。あと二、三年もすれば、不惑の頃に達しようかという戦袍を纏ったひとりの壮漢が、その様子を宮廷の一室から眺めていた。
すると、一羽の鳥が庭園に舞い降りた。頭が白い鳥だった。
「ありゃあ、何て言う鳥か知ってるか、諸葛恪?」
後方を一瞥した孫権が尋ねると、諸葛恪は即座に応じた。
「白頭翁(シロガシラ)でございます」
この答弁に疑念を抱いたのは、張昭だった。本来であれば、白頭鳥と答えるものだが、白頭翁と応じている。張昭は、孫家の家臣団の中でも最年長であり、白髪白髯だった。孫権の問いを利用し、自分を莫迦にする答弁だったのではないかと訝った。
「諸葛恪は、殿下を欺いておりますぞ」
振り返った張昭は、諸葛瑾に冷めた眼差しを据えると続けた。
「未だかつて、鳥の名で白頭翁という名は聞いたことがござらぬ。試しとして、諸葛恪に白頭母を求めさせてはいかがでしょう?」
張昭は、得意げになると北叟笑んだ。
それに負けじと、諸葛恪は張昭に好戦的な視線を返した。
「鳥には鸚母(インコ)という名がありますが、必ずしも対があるとは限りませぬ。試しに、張昭どのに鸚父を求めさせてはいかがでしょう?」
「くっ……‼」
返答に困った張昭は、忽ち面を朱にした。両の握り拳がわなわなと震えている。
二人の遣り取りに呵呵と大笑したのは、白頭鳥に目を向けたままの孫権だった。
「張昭を言いくるめるとは、大したもんだ。やっぱり、おもしれえ奴だな、諸葛恪」
諸葛恪には微笑が浮いた。張昭とは目を合わさないよう下を向いた。
用を済ませたような白頭鳥が、再び空へ羽ばたいた。
それを孫権が目で追っていた。
「頭が良すぎるな。諸葛家を栄えさせる才覚であればいいが……」
宮廷の一室から、その様子を眺めていた壮漢が独語した。智勇兼備の将軍、陸遜だった。




