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我に、まかせよ  作者: 熊谷 柿
第1章
4/18

 身を屈めた末弟の諸葛融しょかつゆうは、興味津々だった。女物の着物を羽織った諸葛融が自邸じていの庭で見つけたのは、小さな青蛙あおがえるだった。

「わっ!」

 飛び跳ねた青蛙に仰天した諸葛融が尻餅しりもちを突いた。

 その刹那せつな――。

 突進したのは、諸葛蘭しょかつらんだった。剣に見立てた棒で斬り下げ、薙ぎ払い、足元を蹴りで払っては、突きを繰り出した。

 陳表ちんひょうは、それを木剣で弾き、防ぎ、宙へ飛び上がると、繰り出された突きをねた。着地すると同時に、身をひるがえして諸葛蘭との距離を取った。一転して旋風はやての如く諸葛蘭に向かった。

 咄嗟とっさに待ち構えるようにした諸葛蘭は、寄せる陳表に袈裟斬けさぎりを放った。

「――――⁉」

 目の前から消えたようだった。気付けば右側にいた。空いた胴に木剣の一閃が走るやに見えた。それが寸でのところで止まった。

 ふうっと、深く息を吐いた陳表は、木剣を下ろすと諸葛蘭に微笑を向けた。

「また強くなったね、諸葛蘭。もう手は抜けないみたいだ」

「こ、これまで、手を抜いていたって言うの――⁉」

 目をいた諸葛蘭が、肩をいきり立たせて陳表に詰め寄った。

「これこれ、蘭。勝負はついた。陳表に褒められたんだ。それで良しとしてはどうだ?」

「良くない!」

 今度は、飄飄ひょうひょうとした態度で対峙を眺めていた諸葛喬しょかつきょうに、蘭の鉾先が向いた。

「恪兄は弱いし、喬兄はやる気がない。融に至ってはあんな感じじゃない。諸葛家は代を重ねるごとに豪壮になるんでしょ? 誰が諸葛家の武を盛り立てるっていうのよ⁉」

「まあまあ……」

 勇んだ諸葛蘭に、兄の喬は、何とかその場を取りつくろうしかすべがなかった。

「弱いとは何事か! 蘭には負けたが、張休ちょうきゅう顧譚こたんには勝っている」

 したたかにひたいを蘭に打たれ、こぶを作った諸葛恪しょかつかくが腕組みして胸を張っている。

「勝ったと言っても、当たってもいないものを当たったと騒ぎ立てるから、俺たちが引いただけだろ。なあ、顧譚?」

「そうそう。どうでもいいことで、諸葛恪と論戦になる方が面倒臭いもん」

 両手を頭の後ろに掲げながら言った丸顔の張休に、面長おもながの顧譚が同調した。

「ふん。哀れな奴らめ。弱い犬ほどよく吠える」

 腕組みしたままの諸葛恪は、さげすむように張休と顧譚へ言い放った。額の瘤が、先ほどより大きくなっているように見える。

「蘭に負けた奴がよく言うぜ」

「放っておこう。どうしても論戦に持ち込みたいらしい」

 やれやれ顔をさらした張休と顧譚は、諸葛恪の発言には応じない態度を取った。

「稽古だからさ。日々鍛錬すれば、みんなもっと上達するよ。いざというときのために、身を守るくらいの剣術は備えておいた方がいいだろ?」

「それは陳表の言うとおりだ。納得できる。なあ、顧譚?」

 がえんじた張休に、顧譚が相槌あいづちを打った。

「そうだな。だが、俺たちは所詮しょせん、文官の子だ。陳表と違って、武の天稟てんぴんは持ち合わせていない。少しずつ努力するしかないな」

「ふん。哀れな奴らめ。万書に通じることはもとより、武の何たるかを知らねば、軍を率いることもできぬのだぞ」

 皮肉な笑みを浮かべた諸葛恪は、高飛車たかぴしゃだった。

「恪兄は、私に勝てるようになってから偉ぶりなさいよ」

「そうだぞ、諸葛恪」

「そうだそうだ」

 あきれた調子で言った諸葛蘭に、張休と顧譚も呼応した。

 額に瘤をこしらえ、ふくれっつらさらした諸葛恪に、陳表と喬は笑みをこぼした。

 幼馴染おさななじみのいつもの遣り取りだった。

 末弟の諸葛融は、ひとり、花をでては無邪気に羽虫を追い回している。

 縁側に佇んだ諸葛瑾しょかつきんは、顎先に伸びた一寸ほどのひげを撫でながら、今日も次代を担う子どもたちに目を細めていた。

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