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身を屈めた末弟の諸葛融は、興味津々だった。女物の着物を羽織った諸葛融が自邸の庭で見つけたのは、小さな青蛙だった。
「わっ!」
飛び跳ねた青蛙に仰天した諸葛融が尻餅を突いた。
その刹那――。
突進したのは、諸葛蘭だった。剣に見立てた棒で斬り下げ、薙ぎ払い、足元を蹴りで払っては、突きを繰り出した。
陳表は、それを木剣で弾き、防ぎ、宙へ飛び上がると、繰り出された突きを撥ねた。着地すると同時に、身を翻して諸葛蘭との距離を取った。一転して旋風の如く諸葛蘭に向かった。
咄嗟に待ち構えるようにした諸葛蘭は、寄せる陳表に袈裟斬りを放った。
「――――⁉」
目の前から消えたようだった。気付けば右側にいた。空いた胴に木剣の一閃が走るやに見えた。それが寸でのところで止まった。
ふうっと、深く息を吐いた陳表は、木剣を下ろすと諸葛蘭に微笑を向けた。
「また強くなったね、諸葛蘭。もう手は抜けないみたいだ」
「こ、これまで、手を抜いていたって言うの――⁉」
目を剥いた諸葛蘭が、肩をいきり立たせて陳表に詰め寄った。
「これこれ、蘭。勝負はついた。陳表に褒められたんだ。それで良しとしてはどうだ?」
「良くない!」
今度は、飄飄とした態度で対峙を眺めていた諸葛喬に、蘭の鉾先が向いた。
「恪兄は弱いし、喬兄はやる気がない。融に至ってはあんな感じじゃない。諸葛家は代を重ねるごとに豪壮になるんでしょ? 誰が諸葛家の武を盛り立てるっていうのよ⁉」
「まあまあ……」
勇んだ諸葛蘭に、兄の喬は、何とかその場を取り繕うしか術がなかった。
「弱いとは何事か! 蘭には負けたが、張休と顧譚には勝っている」
強かに額を蘭に打たれ、瘤を作った諸葛恪が腕組みして胸を張っている。
「勝ったと言っても、当たってもいないものを当たったと騒ぎ立てるから、俺たちが引いただけだろ。なあ、顧譚?」
「そうそう。どうでもいいことで、諸葛恪と論戦になる方が面倒臭いもん」
両手を頭の後ろに掲げながら言った丸顔の張休に、面長の顧譚が同調した。
「ふん。哀れな奴らめ。弱い犬ほどよく吠える」
腕組みしたままの諸葛恪は、蔑むように張休と顧譚へ言い放った。額の瘤が、先ほどより大きくなっているように見える。
「蘭に負けた奴がよく言うぜ」
「放っておこう。どうしても論戦に持ち込みたいらしい」
やれやれ顔を晒した張休と顧譚は、諸葛恪の発言には応じない態度を取った。
「稽古だからさ。日々鍛錬すれば、みんなもっと上達するよ。いざというときのために、身を守るくらいの剣術は備えておいた方がいいだろ?」
「それは陳表の言うとおりだ。納得できる。なあ、顧譚?」
肯んじた張休に、顧譚が相槌を打った。
「そうだな。だが、俺たちは所詮、文官の子だ。陳表と違って、武の天稟は持ち合わせていない。少しずつ努力するしかないな」
「ふん。哀れな奴らめ。万書に通じることはもとより、武の何たるかを知らねば、軍を率いることもできぬのだぞ」
皮肉な笑みを浮かべた諸葛恪は、高飛車だった。
「恪兄は、私に勝てるようになってから偉ぶりなさいよ」
「そうだぞ、諸葛恪」
「そうだそうだ」
呆れた調子で言った諸葛蘭に、張休と顧譚も呼応した。
額に瘤を拵え、膨れっ面を晒した諸葛恪に、陳表と喬は笑みを零した。
幼馴染のいつもの遣り取りだった。
末弟の諸葛融は、ひとり、花を愛でては無邪気に羽虫を追い回している。
縁側に佇んだ諸葛瑾は、顎先に伸びた一寸ほどの髭を撫でながら、今日も次代を担う子どもたちに目を細めていた。




