賢
吹いた風が、新緑の香りを運んできた。
宮廷の庭園で池の面を静かに見遣っていたのは、二人だった。
「おめえの親父の諸葛瑾と叔父の諸葛亮とでは、一体どっちが偉いんだ、諸葛恪?」
而立の頃を幾つか過ぎていた。碧眼紫髯で顎は張り、笑うと口許が大きく歪んだ。豪奢な着物に覆われた広い背から、後方に拝跪する諸葛恪に首だけ振り返って質したのは、領主の孫権だった。
西暦二一六年――。諸葛恪が十三の頃だった。
孫権は、神童として聞こえる諸葛恪の真偽をはかるべく宮廷に招いていた。
孫権には、白髪白髯の老獪が侍っている。相貌に刻まれた皺からは、厳格さが滲み出ていた。還暦を目前に控える孫家の重鎮であり、幼馴染の張休、その父の張昭だった。張休は遅くにできた子だった。
張昭の鋭い眼光が、諸葛恪に注がれている。
それに怖じることなく、諸葛恪は不気味な笑みを浮かべた。
「当然、父上でございます」
「どうしてだ?」
「仕えるべき主君を心得ております故」
居丈高に言った諸葛恪に、孫権は呵呵と大笑した。
「おめえ、おもしれえな。家柄がいいと、賢明な子が生まれてくるってのは本当だな」
親分肌で豪快な孫権は、満悦だった。
ゆっくりとその身を翻した張昭は、冷めた眼差しを諸葛恪に向けた。
諸葛恪は、挑むような視線を張昭へ返した。




