変
隆々とした筋骨の躰には、至るところに文身が浮いていた。だが、どこか覇気がない。
山越の頭領である周遺は、丹陽の山中に身を潜めていた同胞に目を向けた。
どれも断髪で躰には文身があったが、意気は消沈しているようだった。
無理もない。蓄えていた穀物を食い尽くしていた。老人や子女に分け与える糧食も一切なくなっていた。特にも血気盛んな男たちは、空腹に困窮していた。
「あの丹陽太守のせいだ」
動くのも億劫そうな周遺は、地に胡座すると渋面を作って独語した。
丹陽に新たな太守が赴任してきたと耳にしてから、付近四郡の様相は一変した。郡と郡が連携して動いているようだった。
それを証拠に、四郡の新田は、既にどこも呉兵に刈り取られていた。さらに、民は屯田地に住み兵士に守られている。これまでのような略奪の余地はなかった。
「どうすんだ、周遺?」
ひとり、二人と、足元の覚束ない同胞が、周遺の周りに集うようにして胡座した。
「今から山を下りても、空腹で略奪する前に倒れちまいそうだ」
「子どもや年寄りは、もう限界だ。このままだと餓死する奴が出る」
渋面の周遺は、虚ろな目を見開いた。
「……わかった。みんなで山を下りよう。下りて、呉に投降する」
頭領の周遺が決断すると、山越の民は、最後の力を振り絞るようにして、三々五々山を下った。飢えに苦しんだ山越の民は、丹陽にもその足を向けた。
「し、諸葛太守、山越が帰順して参りましたぞ‼」
息を切らせた兵卒が、驚きの形相で諸葛恪に報せた。
落ち着いた様子でその報せを受けた諸葛恪は、乾坤一擲、かねてより準備していた布令を四郡に通達した。
「山越の民を慰撫し、周辺の県に移住させよ。彼らを疑って拘束することは固く禁ずる」
山越の異変を察した陳表と顧承、諸葛蘭も丹陽に集うと、挙ってその通達に首を傾げた。
「これって、どうなるの?」
諸葛恪は、得意げに笑ってみせただけだった。
数日後――。
諸葛恪のいる丹陽城を訪ねた者がいた。門兵に聞けば、蕪湖の県長と名乗っているという。
諸葛恪は、陳表と顧承、そして、諸葛蘭を従えると、蕪湖の県長を出迎えた。
見れば、蕪湖の県長と名乗る者は、風情ある小奇麗な白髪白髯の老夫だった。
その老夫が引き連れていた者は、躰の至るところに文身のある山越の偉丈夫だった。反骨を露にしたような眼が烱烱としている。両手を後ろ手に縛られていた。
「お目に掛かれて光栄でございます、諸葛太守。私は、蕪湖の県長、胡伉と申します」
老夫の胡伉は、慇懃に頭を垂れると、柔和な笑みを浮かせて続けた。
「諸葛太守の神算鬼謀により、これまで捕らえることに難儀しておりました山越の頭領、周遺を召し捕ることができました。こうして、悪民を諸葛太守にお届けに上がった次第」
胡伉は、顔の皺を深くし、にこにこと笑って見せた。




