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我に、まかせよ  作者: 熊谷 柿
第5章
16/18

 隆々とした筋骨のからだには、至るところに文身いれずみが浮いていた。だが、どこか覇気がない。

 山越さんえつの頭領である周遺しゅういは、丹陽たんようの山中に身を潜めていた同胞に目を向けた。

 どれも断髪で躰には文身があったが、意気は消沈しているようだった。

 無理もない。蓄えていた穀物を食い尽くしていた。老人や子女に分け与える糧食も一切なくなっていた。特にも血気盛んな男たちは、空腹に困窮していた。

「あの丹陽太守のせいだ」

 動くのも億劫そうな周遺は、地に胡座こざすると渋面じゅうめんを作って独語した。

 丹陽に新たな太守が赴任してきたと耳にしてから、付近四郡の様相は一変した。郡と郡が連携して動いているようだった。

 それを証拠に、四郡の新田は、既にどこも兵に刈り取られていた。さらに、民は屯田地に住み兵士に守られている。これまでのような略奪の余地はなかった。

「どうすんだ、周遺?」

 ひとり、二人と、足元の覚束ない同胞が、周遺の周りに集うようにして胡座した。

「今から山を下りても、空腹で略奪する前に倒れちまいそうだ」

「子どもや年寄りは、もう限界だ。このままだと餓死する奴が出る」

 渋面の周遺は、うつろな目を見開いた。

「……わかった。みんなで山を下りよう。下りて、呉に投降する」

 頭領の周遺が決断すると、山越の民は、最後の力を振り絞るようにして、三々五々山を下った。飢えに苦しんだ山越の民は、丹陽にもその足を向けた。

「し、諸葛しょかつ太守、山越が帰順して参りましたぞ‼」

 息を切らせた兵卒が、驚きの形相ぎょうそう諸葛恪しょかつかくしらせた。

 落ち着いた様子でその報せを受けた諸葛恪は、乾坤一擲けんこんいってき、かねてより準備していた布令を四郡に通達した。

「山越の民を慰撫いぶし、周辺の県に移住させよ。彼らを疑って拘束することは固く禁ずる」

 山越の異変を察した陳表ちんひょう顧承こしょう諸葛蘭しょかつらんも丹陽に集うと、こぞってその通達に首を傾げた。

「これって、どうなるの?」

 諸葛恪は、得意げに笑ってみせただけだった。

 数日後――。

 諸葛恪のいる丹陽城を訪ねた者がいた。門兵に聞けば、蕪湖ぶこの県長と名乗っているという。

 諸葛恪は、陳表と顧承、そして、諸葛蘭を従えると、蕪湖の県長を出迎えた。

 見れば、蕪湖の県長と名乗る者は、風情ある小奇麗な白髪白髯はくぜんはくはつの老夫だった。

 その老夫が引き連れていた者は、躰の至るところに文身のある山越の偉丈夫いじょうぶだった。反骨をあらわにしたような眼が烱烱けいけいとしている。両手を後ろ手に縛られていた。

「お目に掛かれて光栄でございます、諸葛太守。私は、蕪湖の県長、胡伉ここうと申します」

 老夫の胡伉は、慇懃いんぎんに頭を垂れると、柔和な笑みを浮かせて続けた。

「諸葛太守の神算鬼謀しんさんきぼうにより、これまで捕らえることに難儀しておりました山越の頭領、周遺を召し捕ることができました。こうして、悪民を諸葛太守にお届けに上がった次第」

 胡伉は、顔のしわを深くし、にこにこと笑って見せた。

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